Because
I love U



 今日は金曜日で、その次は土曜日だ。
 週末がやってくる。
 一護は、前の方の席で俯いて集中している雨竜のうなじを見詰めながら、険しい顔をしていた。

 ――どうしよう。
 情けない話だが、一護は雨竜にゾッコンだ。表現が古いといわれようと、他に的確な言葉も見つからない。
 夢中とか、骨抜きとか、そういう単語も浮かぶけれども、やっぱりしっくりくるのは「ゾッコン」だ。
 ソレはともかく。
 ――こんなフツーのデートっぽいの、誘ったら怒る、かな。
 一応雨竜に自分の気持ちは伝えてある。
「好きだ」
 と言ったらとても珍妙な顔をされたが、断られたわけじゃない。
 嫌な顔もされていない。
 世紀の大告白の後、心臓が張り裂ける思いをしながらデートに誘ったが、それにも(妙な顔をしながら)雨竜は付いてきた。
 多分、嫌がられてはいないのだ。きっと、意味が解らない、と思ってはいるだろうけれども。
 でも、確認をしてこないところを見ると、現在のままで良いと思っているのかもしれない。
 つまり、黒崎一護が自分を好きだということは認識していて、でも適当な距離感は変わらないまま。時折外出に誘われてジュースなんかを奢ってもらえる、体の良い暇潰しの相手だと思われているのかもしれない。
 そう思うと少し寂しくもなるが、全力で拒絶されているよりはなんぼかマシだ。

 今までは、遊子に頼まれた、だの理由をこじつけてデートに誘っていた。
 例えば、妹たちの髪留めを買いたい、だとか、手芸道具が買いたい、だとか。勿論、それは妹たちに無理やり用事を作らせていたのだ。兄貴遣いの荒い妹たちではない。
 1人で行くのは恥ずかしいからついてきてくれ、と雨竜に頼み込む。
「……男2人で、女の子のものを物色している方がよほど恥ずかしいと思うけど」
 渋い顔をしながらも、雑貨を見るのは作品作りの参考になるのだろう。最終的には、黙って5歩ほど後ろをついてくる。
 はっきりとデートとは言えないかも知れない。でも、一護はしっかりとカレンダーに予定を書き込む程度には楽しみにしていたし、いつもよりも気合を入れて服を選んでいた。
 さて、そこで今週末の話。
 どんなに粘っても、妹たちから用事なんて聞き出せなかった。
「もう良いよぉ」
 と遊子に苦笑いされ
「一兄、なにかあたしたちをダシにしてるんでしょう」
 なんて、夏梨に鋭いことを言われてしまった。これ以上、粘るわけにもいかなかった。
 しかも、月曜か火曜に用事を捻出させておいて、それをやってくるのは毎週土日だ。怪しまれるのも当然か。
 しかしどうしよう。雨竜を誘うネタがない。全くない。何もないのに約束なんて取り付けられない。
 呆然と青い顔をしている一護を不思議そうに、心配そうに、そして僅かばかり気持ち悪そうに妹たちは遠巻きに見ている。そんな時、珍しく父親がなにか紙切れをヒラヒラさせながらリビングへとやってきた。
「なぁに? それ?」
 遊子が首を傾げながら尋ねると、一心は下唇を突き出した。
「これなぁ貰ったんだが俺の趣味じゃないんだなぁ。どうだ? 一護。カノジョでも誘って見てこないか」
「なんだよ」
「タダ券。映画の」
「――ッ!!」
 映画だと?
 それは、今までにないネタだ。
 しかも、なんてデートっぽい。
「行く」
 ドきっぱり答えると一心はにんまり笑った。
「ほぉ。彼女いるのか。一人前にも」
「そんなんじゃねーよ!」
 男2人のそんな会話の影で、妹たちが「映画ー? ずるーい!」なんて抗議しているのが聞こえたが、今回に限ってはスルーだ。父親の手から奪うようにチケットを受け取って自室へ駆け込む。改めて確認した映画のタイトルは、そこそこに評判の良いらしい映画だった。
「……あー?」
 しかし。歴史ロマンと言うのだろうか。歴史系、かつ恋愛系。どうなんだ、これ。かなり好みが分かれるんじゃないだろうか。成績が良いからといって歴史が好きとは限らないし、例え時代劇が好きだったとしても、恋愛メインのストーリーってどうなんだ?
 ――だから、カノジョと見て来い、なのか。
 唸る。唸る。唸る。
 そうこうしながら、火曜日の夜に受け取ったチケットは僅かなシワをつけたまま一護のサイフに突っ込まれていた。切り出せないままに水曜日・木曜日は終わり、金曜の授業ももう終わる。
 ――どうしよう。
 険しい顔の一護は、そのまま放課後を迎えたのであった。

「ねぇ。石田クンの背中になにかついてたの?」
「なんだ、それ」
 放課後、まだ自分の席に張り付いている一護の前に来た水色は言う。
「だってさぁ、今日の一護は石田クンのことばっかり見てたじゃない」
「そんなコトねぇよ」
「あるよね? 啓吾」
 話を振られて、ウンウンと頷いた啓吾は手を振る。
「オレさっき石田の背中見てきたけど、なんもついてなかった」
 触ってみたけど、なーんも異常はなかった、と言う啓吾に殺気立ちそうになる自分を抑えて一護は笑顔を作った。
「いや、ちょっと用があったんだけどよ。もう、ベツに良いや」
 別に、睨んでいたわけでも見詰めていたわけでもないぞ、と暗にほのめかせば、水色は含むところありそうな顔で笑った。
「ほんとーにぃ?」
「本当だって」
 しつこいな、と水色から視線を外した先に雨竜が立っていた。しかも明らかに怒っている。顔色を変える一護に気付いてその視線を追った水色は、にたりと唇を歪めて笑い啓吾を引っ張った。
「先、帰ろう。一護はまだ用事があるみたいだからさ」
「水色、ちょっと待っ」
「じゃぁねぇ」
 オレは一護と遊びたいーという叫びを残して啓吾は水色に襟首を引かれて消えていった。
「あー石田。おはよ、じゃねーな、えーと、ご機嫌……」
「ご機嫌は、麗しくない」
 物凄く不機嫌な表情で見下ろされているのが嫌で立ち上がる。雨竜との視線の高さはほぼ変わらない。忌々しそうな顔をして表情を歪め、雨竜は腕を組んだ。
「黒崎、君、僕に言うことがあるんじゃないのか?」
「いや、別に――」
「だったら! 何か言いたげにこっちを見るのは止めてくれるかな?!」
 気分が悪い。
 雨竜は苛苛とした様子で、組んだ腕の上の指をトントンさせている。
「君の視線を1週間感じ続けなきゃいけなかった僕の身にもなってくれ。気持ちが悪くてしょうがない」
 仮にも付き合っている相手になんて言い草だ。反論したいが気持ちが悪かっただろう事も十分に想像できて申し訳なくなってくる。
 何も言えないでいると、はぁ、とわざとらしい大きな溜息を吐いた雨竜は、自分の席に戻っていく。様子を眺めていると鞄を持ってまた戻ってきた。
「黒崎、今日はこの後なにか用事でもあるのかい?」
「いや。ねーけど」
「だったら、僕の家に来るか?」
「へっ?!」
 あ、行く! 一瞬の驚いた声に、雨竜は酷く嫌そうな顔をする。慌てて意思を伝えると満足したように頷いて先を歩き出した。
 そのまま、たいした会話もなく雨竜の家に着く。もう何度か来たことがある場所なのだけれども、家が近付くとドキドキ・ソワソワした。
「落ち着けよ、黒崎」
 雨竜は少しだけ笑いを含んだ声で言って鍵を開ける。カチャリ、という音に心臓が跳ね上がる気がした。
「お邪魔しまーす」
 小さく言って靴を脱ぐ。洗面所はあっち、君の席はそこ、と言われ鞄を置いて洗面所に向かう。すると薄いブルーのタオルがかかっている下にオレンジ色の小さなタオルが畳んで置かれていた。
 ――もしかして、俺の?
 より一層胸が高鳴ってしまう。これは多分、そういう意味だろう。ときめきながら手を洗っている一護の目に、今度は二つ並んだプラスティックのカップが飛び込んできた。
 ――これもまた、白とオレンジって……!!
 オレンジの方を使えってことか。それとも、逆? そこまで考えて、一護は1人赤面する。
 多分コレは、それぞれのイメージカラーなのだろう。雨竜からは能天気な髪の色、とよく言われる。つまり、石田雨竜にとって黒崎一護のイメージはこの髪の色――オレンジということになる。そして、自分はブルーか白。確かに一護の持っている雨竜のイメージはまさしくその色だ。
 各々のイメージカラーのものを配置しておいて「お互いのカラーを使おう」だなんて恥ずかしい提案、雨竜がするとは思えない。そもそもオレンジのタオルの方が小さかった。こちらが客の自分用のだとすれば、カップもオレンジの方を使うべきだろう。なにやら長時間自己問答した一護はやっと洗面所から出て、そこで雨竜と鉢合わせした。
「ずいぶん時間かかったじゃないか。そんなに丁寧に洗ってたのか?」
「あー、いや、ちょっとな」
 先程鏡で確認した自分の頬がかすかに赤みを持っていたことを思い出して、一護は顔を見られまいとそっぽを向く。ふぅん、と小さく呟いた雨竜は入れ違いに洗面所に入っていった。

 石田雨竜の生活スペースに自分用の物が置いてあることが、とても嬉しい。舞い上がる。これは、尋常じゃないテンションの上がり方だ。
 指定された場所に座り、雨竜が戻ってくるのを待っていると背後から「何を飲む?」なんて聞かれた。
「何でも良い」
「そういう答えは良くないな」
 なんて言いながらも、気付けば目の前に薫り高い紅茶が置かれていた。何もかもが嬉しくて上機嫌になる。
「で、ここならどんな話でもしやすいかと思ったんだけど」
 うはうはしている一護を複雑そうな顔で見ながら雨竜は言った。
「ん? どんな話でも、ってなんだ?」
 満面の笑みで見返せば、雨竜はより複雑そうな顔になる。なんでそんな顔をするのだ、と首を傾げる一護に、すこし蒸気で曇った眼鏡を押し上げた雨竜はまたしてもの大きな溜息を吐いたのだった。

 なんだか歯車が噛み合っていないようなギクシャクした空気が流れる。
 ――なんだ?
 首を捻りかけた一護は、はたと思い立って財布を出した。
「なんだ、いきなり」
「代金払おうとしてるわけじゃねーよ、ってもしかして食費キツい? とか?」
 そういえば、なんだかんだいってデートの後は雨竜の家に寄ることが多い。食べていけばどうだ、という言葉に甘えて夕食をご馳走になることもある。控えめに食べていたつもりなのだけど、やはり負担だっただろうか。ちょっと外でお茶をおごっているくらいではプラマイゼロにはならないか。でもここで現金を渡すのはどうにも……
 当初の目的を忘れて財布の中身を睨んでいると、またしても雨竜に怒られた。
「誰がそんなことを言ったんだ! 失礼だぞ、君ッ」
 石田雨竜、冷静そうに見えて沸点が低いのが玉に瑕だ。
「だ、だからそういうつもりじゃね、って」
 勢いに圧倒されつつシワだらけのチケットを取り出す。一護の手元を見て動きを止めた雨竜は、怒りの形相のまま、ボッ、と音を立てて赤面した。
 ――な、なんだ?
 怒りのあまりの赤面、ではなさそうだ。と、いうことは。
「石田、映画……一緒に行く、か?」
 恐る恐るチケットを差し出すと、雨竜はすぐさま手を伸ばしてきた。
「い……行く……」
 内容も確認しないで即答だなんて、雨竜らしくもない。四の五のゴチャゴチャと文句をつけなければ一護の誘いに乗れなかったのではないのか。一体どんな心境の変化だ。
「なんだ……そういうのも、誘えるんじゃないか」
 雨竜はカップの中に呟く。その顔はまだ赤かった。
「そういうの、ってなんだよ」
「だから、さ――」
 その、デートらしい、ものにもさ。
 デートらしい? と首を傾げている一護に、雨竜は言った。
「黒崎、いつだって他の人から頼まれた用事みたいなのに付き合わせるだけで、好き……だなんて言った割にはいつもそんな感じで、何したいのか良く解らないだろう」
「そんなつもりは! 全然、なかったんだけど」
 雨竜の拗ねた様子に、一護はなんともいえない気分になる。
「からかってるのかなんなのか、疑心暗鬼になる」
 しかも、今週はそういう用事で誘ってくることもしなければただ見てくるだけで。
「てっきり、やっぱり違ったって言われるのかと思って」
「石田。石田オメー、もしかして」 
「タオルとかコップとか、勝手に用意したのを迷惑がるのかと思えば嬉しそうだし。君の事なんてさっぱり解らないよ」

 ――こんの大馬鹿野郎。

 なに勝手に不安になってやがるんだ。
 こっちだって凄ェ心臓バクバクさせながら毎回誘ってるってんだ。 
 どんなに勇気出して告白したかも知らないくせに。
 好きだ、なんて改めて意識しただけで眩暈がするくらいだっていうのに。

「解らないのはお互い様だろ」
 一護は笑顔で、でも険しい顔を作ってみようとして失敗する。
「なに笑ってるんだ」
「笑ってねーよ」
「笑ってるじゃないか」
 でも、そういう雨竜も確かに表情は緩んでいて。
「心配すんじゃねーよ。俺は間違いなくオメーのことが好きだっての」
「それは僕だって――」
 冗談めかして緊張を隠し伝えた一護に、ホッとした様子の雨竜は釣られたように返す。言ってから、我に返って表情を強張らせた。

 僕だって、なんなんだ?
 本当は続きを問いつめて、多分今なら怒られないだろう恋人らしいことっていうのにもチャレンジしてみたいところではあるけれど。
 あまり多くを求めすぎてはいけないのだろう。もっとゆっくり、距離を縮めていかれたら良い。
 でも少しだけ。
 ちょっとだけ強欲になってみても良いだろうか。

「キス、しても良いか?」
 声が掠れている。 たったこれしきのことで。こんなに緊張して掌に汗をかいている。
 雨竜はちらりと視線を寄越して。
「その距離で出来ると思ってるのか?」
 阿呆じゃないのか、君。
 そう言いながら、一護の方へ身を乗り出した。


++++++++++++++++++++++

ちょっと不安になる石田さん。
テーブル越しのキスってカワイイなァと思います。




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