きみからの
おくりもの。



 世の中がピンクとハートに彩られていた季節が終わった。
 つまり、今年のバレンタインが終わってしまったのだった。

 黒崎一護の今年の収穫は4つだった。
 1つ目は遊子と夏梨からの手作りトリュフ。一護と父親用に、かなりビターなものを作ってくれた。苦かった。2つ入っていた物の内1つは形良く、もう1つは不恰好だったところを見ると、ちゃんとそれぞれが作ってくれたようだった。
 2つ目は井上織姫からの爆弾トリュフ。拳大のそのサイズと、中に練りこまれたモノが危険そうだ、という理由で竜貴が命名したらしいそのチョコは、なんとも嬉しそうに受け取ってその場で食べたあの啓吾が複雑そうな顔をしていたので、まだ食べていない。
 3つ目は朽木ルキアからの怪しいチョコレートケーキ。どうやら恋次にあげるものの毒見役を兼ねさせられていたらしく、すぐに食べろとラッピングもしていないものをタッパーに入れてやってきて口に押し込んで去っていった。味は良かったが、形が悪い。それにチョコペンで変な絵が書いてあったのも気になった。
 そして最後、4つ目は……浦原喜助から。
「なんで浦原さんからチョコもらわなきゃならねーんだっ?!」
 と言った一護に、口元を扇子で隠したポーズの喜助は首を傾げた。
「いやぁ、これからもご縁がありますように、って5円チョコっス。それに変な意味は欠片も含まれてないんで安心してください♪」
 それに、最近は友チョコとかって言うのもあるらしいじゃないスか。
 そういう問題じゃないような気がする、とか、ご縁はなくて結構です、と突っ込む前に、傍に居た石田雨竜にもチョコを渡すと喜助は帰っていった。

「今年のチョコは、コレで終わり……?」
 呟いた一護に、掌の5円チョコを眺めながら雨竜は言う。
「さぁ? これから君が家に帰るまでの間に、奇特な女子が待ち伏せしてるかもしれない。それがなくても、なにかの間違いで奇矯な女子が夜渡しに来るかもしれないしね。まだまだ期待していても良いんじゃないか? そして数が増えなかったことにショックを受けるんだな、黒崎一護」
「…………なんでそんなに喧嘩腰なんだお前」
 一気に捲くし立て、チョコを鞄に仕舞った雨竜は冷たい視線で一護を見る。
「別に怒ってないよ」
「いや、俺が言うよりも先にそう言うってことは、やっぱり怒ってるんだろオメー」
 指摘して見れば、久しく見ていなかった怖い顔で睨まれた。
「怒ってない」
「怒ってるだろ」
 なんで雨竜が不機嫌なのか解らない一護は肩を竦める。いくら欲しいと言っても付き合っている相手にチョコなんか渡すものか、とムキになっていたのは雨竜で、バレンタインを憎む、とまでは言ってはいなかったから、自分には関係のないイベントとしてスルーすれば良いだけの話だ。
 すると、カッと頬を赤くした雨竜は棘のある声を出す。
「怒ってないよ。あんなに僕からのじゃなきゃ意味がないとか言ってた男が鼻の下伸ばして可愛い女の子たちからのチョコ受け取っていたとしてもね」
 これまた息継ぎなしの捲くし立てだ。
 明らかに怒っている。
 不機嫌だ。
 でも、その言葉を投げられた一護の機嫌は一気に良くなる。
「なぁなぁ石田」
 上機嫌な声と表情で肩を叩かれた雨竜は不可解そうな顔をする。
「それってさ、嫉妬だよな?」
「……は?」
「俺が女の子からチョコもらってるの見ると、ムッとするんだろ?」
「………………」
 露骨に呆れた顔をした雨竜は
「頭の中まで能天気なんだな、君は」
 そう言うとさっさと歩き出す。
 チョコは貰えなかったまでも、雨竜が嫉妬してくれた、という事実にご機嫌な一護は、今年のバレンタインの収穫は想像以上だ――そう思っていたのだった。

 そして日は流れ3月。
 バレンタインほど派手ではないが、ホワイトデーの宣伝などを見かける季節になった。
 三倍返しだの十倍返しだの、まぁこちらも女の子が美味い汁を吸うイベントなわけだが、日ごろお世話になっている女の子たち相手だ。多少財布が傷むのはしょうがないか、と一護はお返しの品を探そうと思っていた。
 ――いや、でも。
 そこで、一護の頭はまた沸く。
 ――お礼の品を渡している場面なんて見られたら、石田はもっと不機嫌になるだろうか。
 それだったら嬉しい、と勝手に幸せになって、怒られついでにお礼を買うのを口実にデートでもお願いできないだろうか、都合の良い事を考えてみる始末だ。
 そして、思い立ったが吉日。
 相手にされないのを覚悟の上でお誘いの電話を掛けてみた。
「今度の日曜、ヒマ?」
『まぁ、予定はないけどね』
 雨竜は相変わらず素っ気無い。
「だったらさ、ホワイトデーのお返し、一緒に買いに行かねぇ?」
 ダメ元で誘ってみると、雨竜は間髪入れずに返してきた。
『お返しは、クッキーを自作する予定でね』
「なにっ、石田の手作りッ!?」
『……君にはあげない』
 それはうらやましい、と色めきたつ一護に、またもや素っ気無い声を出した雨竜は、暫くなにかを考えるように間を取ってから、こう言った。
『いや、予定がないわけじゃないな。その日に焼くつもりだから長時間は無理だけど、少しだけなら良いよ。付き合える』
「マジで?!」
 やった! 石田とデートだ!
 ベッドの上で小躍りする一護を、コンが哀れみのこもった目で見ていた。

 約束の日曜日。
 気合入れすぎて待ち合わせ時間の30分前には駅前に到着していた一護の目の前に、時間ぴったりで雨竜が現れた。
「とりあえず、先に買い物を済ませてしまおうか」
「でも、どこに買いに行けば良いんだかサッパリだぞ」
 どうしよう、と眉を寄せた一護に、雨竜はジト目になった。
「君、自分の買い物なのになにもリサーチしてなかったのかい?」
 有り得ない。
 雨竜は眉間を揉み、何も言わずに歩き出す。小走りで後を追った一護は駅ビルに連れて行かれた。
「ここなら、輸入のお菓子も売ってるし、可愛い焼き菓子もある。輸入物に関しては多少味の好みがあるだろうけどね。見た目は可愛いのが多いよ」
 はい、ここ。
 と言われた先はなにやら可愛らしい色合いメインのお店で入るのを躊躇ってしまう。ちょっと見る限り、店内は圧倒的な女子率だった。ところが雨竜はなんの戸惑いもなくお店に足を踏み入れようとするじゃないか。
 慌てた一護は雨竜の腕を掴んで引き戻した。
「ちょっと待てって」
「なんだよ。君の買い物だろう」
「いや、でもコレは……」
 有り得ない。
 今度は一護が眉間を揉む番だ。
「男がこういう店に入るって、かなり勇気が要らないか?」
「別に」
 そう言って、雨竜はやっぱり躊躇なく店に入っていく。
 ――物凄く恥ずかしい。
 わずかに頬を染めつつ、一護は深呼吸をすると険しい顔で足を踏み入れた。
「あのさ黒崎」
 雨竜は漠然と全体を見回しながら言う。
「何度も言うようだけど、これは君の買い物だ。僕は付き合っているだけ。君、恥ずかしいの難しいのなんのと言って僕を無駄に連れまわすつもりなら、大迷惑だ。帰るよ」
 まだお返しのクッキー全部焼き終えてないんだし。
 雨竜の声は平坦だが、それだけに本気度が窺えた。
「わ、悪ぃ。すぐ、すぐに選ぶ」
 なにが良いか迷う。全く何も考えてなかったわけではない。ちょっと美味しいお菓子でも、とは思っていた。だがこれだけ色々な種類を一度に目の前に出されると目が滑る。どこを見ていいのか解らなくなる。困惑していると、雨竜は溜息を吐いた。
「黒崎、予算は?」
「え? えーと……一応――」
 額を聞いて、雨竜は指差す。だったらこっちは違う、あっちの方が選びやすいだろう。それに、どう見たって今目の前にあるのはばら撒き用のもので、一護の性格上そういうものは選ばないだろう。と言うことだった。言われて改めてみれば大きな袋に小分けのものがたくさん入っているものばかりだ。
 ――うぅむ。
 君の性格上、なんて理解したようなことを言われて頬が緩みそうになる。ホワイトデー前にこのような店に男2人で来た挙句、片方がデレていたらめちゃくちゃ怪しい。ホモを疑われる。疑われるというか否定は出来ないのだけれども、かと言って世間様に堂々と公表するつもりもない。
 雨竜に促されて行った先には、程好いサイズのものが並んでいた。確かに、これなら各々に渡すのにも良さそうな大きさと値段だ。あまり大きくては学校に持っていくのに嵩張る。渡された方も困るだろう。
 どれにしよう、と陳列棚を睨み、また悩む。
 全員一緒というのは、どう考えても思慮が足りない。そんなに面倒臭がるほどたくさんは貰っていない。
 妹達へのお返しはすぐに決まった。可愛いくまの絵の缶に入ったクッキーを遊子に、黒猫の絵のついた缶に入ったキャンディを夏梨に。
「井上……」
 一護は唸る。普通に可愛いの、は違う気がする。かと言って、本当に可愛いのか? コレ?? と悩むようなキャラクターのものは一護のセンスにかけて渡したくはない。2・3分唸ったところで雨竜が声をかけてきた。
「井上さんの分?」
「おう。どうしようかなぁ」
 コレか、コレか。といくつかに絞った商品を指差せば、雨竜は表情を全く変えないままに呟いた。
「あぁ、良いね。良いんじゃないかな。どれも、後に形が残るもので」
「…………」
 要するに、気に入らないらしい。パッケージが缶だったりすると後でそれも使えて良いのかと思っていたが、形に残るもの、ということは取っておけるということだ。女の子の部屋に、一護が選んだ物・プレゼントしたものが置かれるという事実が許せないのだ。
 ――嫉妬してやがる。
 明らかに嫉妬してやがる、この男。
 だからバレンタインからここ、ずっと機嫌が悪かったのか。
 にやける一護の爪先を踏みつけて雨竜は何処かに行ってしまう。織姫とルキアには形の残らないもの、と考えると選択肢はぐっと減った。ある意味ラッキー。
 コレとコレ、と色違いのパッケージのマシュマロを選んで籠に入れる。喜助には、あそこは子供が多いから、と駄菓子を貰った割にはキツい出費になる。でも喜助だけにお返しを、と考えるよりよっぽど気持ち悪くない。
 全て選び終えて、雨竜はどこにいるのだろう、と店内を探す。見つけたのは文具が置かれているスペースだった。手持ち無沙汰な様子でペンやらノートやらを手にとっては戻す。しばらく様子を見ていると、雨竜は一本のペンを手に取り動きを止めた。銀色の本体に細いロイヤルブルーの飾り模様が入っている。
 持って、試し書き用の紙になにやら書き込んで、ペンを眺める。
 ――気に入ったのか?
 手に馴染んだ、とか。
 背後から音もなく近付いて雨竜の手からペンを取り上げる。温もりの移ったそれは程好い重さで、確かに手に馴染む。見れば色違いのデザインも何種類か並んでいた。
 ――お。
 同じ模様で黒とオレンジのラインのものがある。どちらにするか一瞬迷ってオレンジを取り、さり気なく一緒に籠に入れレジへ向かった。後ろで雨竜がなにやら言っているようだったが無視。
 青い模様のペンだけ有料ラッピングをお願いして雨竜のところに戻ると、やっぱり不機嫌そうな顔で立っていた。
「ごめん、もうちょい待ってくれるか?」
 番号札を見せると一瞥してプイと横を向く。もう何も話すつもりはないらしい。
 相変わらず可愛いことだ。嫉妬している自分も許せないのだろう。で、結局怒りを一護にぶつけてくる。甘えられているのだと自惚れたくなる。
 番号を呼ばれてレジに戻る。ラッピングされたそれを受け取り振り向くと、雨竜はもう店を出て行くところだった。
「買い物は済んだね。じゃぁ僕はもう帰るよ」
 さようなら、と手を振って行こうとする雨竜の袖を掴んで引き戻す。
「放せよ、黒崎」
「放すから、ちょっと待て」
 店の袋からラッピング済のペンを取り出して押し付ける。
「なに?」
 訝しげな顔をする雨竜に、一護は満面の笑みで応えた。
「お礼。今日付き合ってもらった分の」
「いや、お礼って君。なにもしてないよ、僕は」
 困った様子の雨竜はプレゼントを返してこようとする。
「返すなよ。傷つくじゃねえか」
「…………」
 困っている雨竜に笑って返して、一護はさっさと帰路に着く。ここでゴネたところでデートを引き伸ばせるわけじゃないし、長いこと一緒にいたらきっとプレゼントも突っ返される。それよりはさっさと逃げるに限る。
「黒崎!」
 雨竜の声が追いかけてきたような気はしたのだが、一護は珍しく振り返らなかった。

 そしてホワイトデー。
 朝から順調に女の子たちにお返しを渡した一護は、習性で雨竜の机の前に立つ。
「なんだい? 因縁でもつけに来たのか、君」
 広げたノートにデザイン画を書いていたらしい雨竜は、手を止めて見上げてくる。黙って見下ろしていると、ちょっと思案するように目を細めた雨竜は書いていたペンを口唇に当てた。
「……っ」
 盛大に頬が緩みそうになるのを押さえようとして険しい顔になった一護は何も言わずに席に戻ろうとする。
「黒崎! 無視か?!」
 振り返った雨竜の手には、一護のプレゼントしたペンが握られていた。
 ――使ってんじゃねーか。大事そうに。気に入ってるんじゃねーか。それ。
 口唇になんて当てるんじゃない。思いっきり反応しそうになるじゃないか大馬鹿者。こんなに人が一杯いる教室で発情なんてして堪るかってんだ。
 今年のバレンタインとホワイトデーは、なんて収穫の多かったことだろう。
 落ち込みもしたが、その分気持ちの上昇っぷりも半端じゃない。

 石田雨竜は、確実に黒崎一護のことが好きだ。
 バレンタインのチョコを渡してくる女の子たちに嫉妬してしまうくらい――一護の気持ちがどこにあるのかを知っていても尚、だ。女の子たちに気持ちが向くんじゃないか、とそんなことまで思ってくれていたら、どれだけ嬉しいだろう。こんな些細なことが心配になるくらいに、好きでいてくれるということじゃないか。
 そして、ホワイトデーのお返しにまでジェラシーを感じている。多分、雨竜はそんな自分を許せていないはずだ。認めたくない、と思っているかもしれない。
 自分がどれだけ黒崎一護を想っているのか、嫌というほど痛感させられているかもしれない。今まで気付かない振りですまし顔をしてき続けた雨竜だけに、これからどう変わるのだろう、と想像すると楽しくなる。
 いや、変わらないかもしれない。
 表面上はいつも通りの雨竜かもしれない。
 でも内心は、今までのように穏やかではいられないはずだ。
 だって、雨竜は一護のことが好きなのだ。
 自分でも否定しようがないくらいに。

 それが確認できただけで十分すぎるほどだ。なんて幸せなんだろう。
 ただ黙って、今度は笑い返した一護の顔に一瞬で頬を真っ赤に染めた雨竜は、誤魔化すように眼鏡を押し上げて正面に向き直る。その背中を数秒見詰めて、一護は満足して目を細めるのだった。
 放課後、一護の妹たちからもらったチョコのお返しをしたい、と家まで付いてきた雨竜に、辛抱堪らなくなった一護が色々とやらかして数日間口を利いてもらえなかったのは、また別のお話。




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