・・・みにみに・・・



 またいつものように我が物顔で部屋に居座っていた黒崎の唐突な台詞に吃驚するのは今に始まったことではない。
 ではない、のだけれども、今回は少々参った。

 今日の黒崎一護の一言。
「あ、俺高校卒業したらあの家出ることにした」

「…………」
 その言葉を聞いた時の僕は余程複雑そうな顔をしていたのだろう。黒崎は眉間のしわを深くする。
「なんだよ、石田。文句でもあるんのかよ」
 僕は即答できずに口篭る。一瞬、だからここに住まわせろ、などという言葉が続くかと思ったのだ。でも、とりあえずそんな要求が続く様子はない。
 だったら、どこに住むというのか。
 いや、単純に独り暮らしをはじめるという宣言なのか。
 色々考えて言葉が出なくなる。
「……そう……」
 一言を捻り出すだけでずいぶんと時間を要した。
「なぁんか不満げだな、石田」
「不満なんてないよ」
 ない、はずだ。
 別に黒崎がここに転がり込みたいと言うのでなければ、それはそれで僕にとっても都合が良い筈だ。部屋だって狭くならないし。
「ははぁん?」
「な、なんだよ、その顔は」
 にやぁっといやらしく笑う黒崎に、嫌な予感がした。案の定、次の瞬間にはローテーブルを越えて飛び掛ってきた。
 ゴツン! と派手な音を立てて頭をぶつける。痛い、と呻く間もなく口唇を塞がれた。
「んーっんーっっ!!」
 放せ、ともがきまくって圧し掛かってくる身体を押し返せば、なにやら発情した様子の男は舌なめずりしそうな顔で僕を見下ろす。
「俺がこの部屋に住まわせろ、って言い出さないんで――拗ねたな、石田」
「拗ねるかッ!!」
 どうして僕が、そんなことで拗ねなきゃいけないんだ。意味が解らない。
「寂しいんだろ。ハッキリそう言えよ」
 可愛い可愛いと阿呆のように繰り返しながら首筋に顔をうずめてくる。そんな言葉、全然嬉しくない。
 乱暴に払ってもどうせ嬉しそうにまた飛びついてくるだけだ。諦めて脱力した僕の顔を覗いた黒崎は、不意に真面目な顔になった。
「俺も考えたんだよ。ここに居候させてもらったらどうかなーって」
「どうかなーって、って君」
 どう考えたってこの部屋は手狭だ。今だってさり気なく持ち込まれる黒崎の私服やら何やらが収納ケースに押し込まれてベッド下に置かれているくらいだ。本格的に生活を始めるのだとしたら、きっともっと場所を取る。
「でもなぁ、この部屋じゃ狭いだろ」
 よいしょ、と身体を起こした黒崎は胡坐をかいて腕を組む。僕も座り直して乱れた襟元を正した。
「まぁ、基本は1人暮らしの学生用アパートだからね」
 自分の家を狭いと言われると微妙にむかっ腹立つのだが、そこはそれ、大人の対応というヤツだ。
「それに、壁も薄いし」
「? そんなに気になるかな」
 生活音はお互い様だ。お互いに気をつけていればそんなに気になるほどでもあるまい。それに、趣味に没頭し始めると周囲の音が聞こえなくなるタイプだ。手芸に勤しんでいる分には隣がドラムを叩いていようとなんだろうと、気にならないだけの自信がある。
「なる! なるだろ、フツー」
「ならないけどなぁ。黒崎、一軒家に住み慣れすぎてそう思うだけじゃないのかい?」
「ちっがっっっっ!!」
 盛大に噛んだんだか言葉に詰まったんだか、そこで奇怪な表情をして固まった黒崎は数秒後深く息をして僕の肩に手を乗せてきた。
「俺は、オメーの声が聞きたいわけだ」
「?? 話してるじゃないか、今」
「そういう声じゃなくて」
 もっと、色っぽい声っつーのを聞きたい。
 言いながら、さり気なくシャツの下に手を滑り込ませようとする。どっちの方が色っぽい声なんだか――そう思いつつ手をつねった。
「痛ッ」
 爪を立てた甲斐もあって、慌てて手を引っ込めた黒崎はちょっとだけ真面目な顔になる。
「そこで提案だ」
「なんだよ」
「一緒に住もう。ここじゃなくて、もっと広いところで」
「はぁ?!」
「もっと防音がしっかりしていて、お互いの進学先にもほど良い距離の物件。探そうぜ」
「うーん」
 確かに、悪い話じゃない。進学先へ通うにはちょっと交通の便が良くない。それに、2人で出し合えば今より安い家賃で広い部屋に住めるだろう。まぁ、路線を考えれば、という話にはなるだろうけれども。
 でもきっと、2人して納得できる物件なんてそうは見つからないのだろう。1人で探すのだって大変だったのだ。

 これが恋人やら夫婦ならどちらかが主導権をとって選んでも――いや、恋人なのか。でもお互いの立場があくまで平等である限りは、どちらかが折れなければ話なんてまとまらない。部屋に関して僕には条件を甘くするつもりはないし、黒崎だってきっとそれは一緒だろう。
 それに黒崎のことだ、もしもリビング以外に2部屋あるところを見つけられたとして、その広さが違っていても一向に構わない、なんて言うのだろう。石田が広い部屋を使えば良い、なんて平然と言いそうだ。それは嫌だった。対等でなくなる。
 今のように転がり込んできている状態ではなくて生活を共にするのであれば、家事の分担だって必要だ。実は黒崎が家事に関してかなりレベルが高いことは既にリサーチ済だ。何を任せても問題はない。黒崎の手料理は本当のところかなり僕のハートをがっちり捕らえているのだけれども、そんなこと本人に教えるつもりはない。
 ――ああ、だけど。悪いな、なんて思わずに黒崎に料理を作ってもらえるのか。
 アイロン掛けも僕より上手だ。細かい、というか。家事が嫌いじゃないのだろう。
 あれもこれも、分担できるとなると趣味に割ける時間が増える。良い。それはかなり良い。
 想像して愉しくなってくる。

「いしだー、おーい石田ー」
「ハッ」
 楽しく妄想しているうちに自分の世界に入り込んでしまったようだ。軽い咳払いで誤魔化して、真面目な顔を作る。
「そうだな。君の言うことにも一理ある。2人で折半できるのであれば広い部屋に住めるってことだしね。予算があれば条件の良い物件だって選べるだろうし」
「今から探すのじゃ遅くないか?」
 時期的に、出遅れたような気がする。黒崎は渋い顔をする。
「大丈夫じゃないかな。多分」
 僕がこの部屋に決めたのはかなりギリギリになってからだったし。
 探せばどこかに希望に近いものは見つかるだろう。
 最低2LDKで、お互いに通学に便利な場所で――部屋の壁が厚いところ。……壁って、防音か? そんなに必要かな。
 ――そんな、声なんて出さないよ。
 たとえどんなにしっかりと防音された部屋だとしても。声なんて、聞かせてなるものか。
 そんなことを考えていたら悶々としてくる。そして、思考はあるところに到達する。

 脳裏に浮かんだのは、狭い部屋にドーンと置かれたクイーンサイズのベッド。
 なんていやらしいんだ。

「……それぞれの部屋は、必要ない・のか……?」
 ボソリと漏れた言葉は運悪く黒崎の耳にダイレクトだった。
「ふっ、ふふふ。石田お前も解ってきたじゃねーか」
 どうせ俺の部屋があったところで、俺はオメーの部屋に通いつめるわけだし。
 あぁ、語尾にハートマークが見える。なんだろう。薄気味悪い。
「でも、どーしてもたまには別の雰囲気の部屋でヤりたいって言うならそりゃ話がベツ――ぶッ!」
 ごす、と音を立てて僕の拳が黒崎の脳天にクリーンヒット。本当、この男時たま下品で嫌になる。
 本当、嫌になる。
 何で僕は、黒崎との生活を想像してこんなに楽しくなってるんだろう。
 そんなに、好きなつもりはなかったのだけど。

 どんなに鈍い黒崎でも、そろそろ全てに気付いてしまうのではないかと思って、僕は嫌になった。


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多分とっくにバレてるよ。というツッコミが適格かと思います。
なんだかんだ言って感化されちゃうのよ、コレ。




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