「男って…」
「なに?」
「脱がせ甲斐がないから、つまんねえな」
一護が言い出す事に雨竜は露骨に嫌な顔をする。
「突然何を言い出すんだ?」
「だからよ…」
一護が言うには。
女の子は勝負下着だ何だと、色々と変化があって楽しいらしい、と。
好きな男の為に努力している姿は可愛らしいものがある。そう言うのだ。
だがしかし、そう言われても雨竜にはどうしようもない。いつもの通り、眼鏡を押し上げる仕草で冷たく返すだけだ。
「それがなんだって言うんだい? 確かにそうやってる女の子は可愛いかもしれないけど、それと僕に、何の関係が?」
あくまでも冷たい雨竜に、じとっとした視線を投げて一護は一言。
「だから、脱がせ甲斐がないな、と…」
「それは聞いたよ」
「代わり映えないな、と」
「同じような意味なんだろ、それも」
くだらない、と切り捨てた雨竜に一護の呟きが聞こえてくる。
「野郎はそういう努力しねぇんだもんなぁ。
ワンパターンってのも、燃えねえなァ…」
ブチっとナニかが切れる音がした。
「だったらッ!!
いつまでもこんな事続けてないで、彼女でも作ったらどうなの?」
「ん?」
突然怒り出す雨竜に、一護は目を丸くする。自分の発言のなにが彼の逆鱗に触れたかなんて、一切解っていないのだ。
「なんだよ、お前…」
「君こそなんだよ!」
頭に血の昇ってしまった雨竜は一気に捲くし立てる。
「何の気紛れかは知らないが男の僕と関係なんて持ってみて、ダラダラと続けてるくせに女の子はどうだとか。
どこから持ってくる情報か知らないけどさ、僕と女の子を比べたってしょうがないだろう?
そうやって比べて女の子は良いっていつも言うんだったら、さっさと彼女作りなよ。何の遠慮もいらない筈だろ。
煩いんだよ。耳障りなんだ。君の言うことはいつもいつも…ッ!」
それ以上は一護に阻まれて言葉にならない。
「――黒崎っ!」
圧し掛かってきている身体を突き飛ばし、塞がれていた唇を拭う。
「だから、そういう意味のない肉体的接触は要らないって何度言ったら解るんだい?
元々非生産的な事してるんだから、愛情だとか、そういうのの確認みたいな真似事も要らない。そんなのないじゃないか。儀礼的な行動は止めろよ。
そういうことされると、なんだか…そう、吐き気がする。止めてくれ、お願いだから」
「泣くなよ」
「泣いてなんて、ない」
無闇に熱くなってくる目頭を感じ、雨竜は慌てて顔を背ける。
「あ〜ぁもう。本当にナニ言ってるんだろうな、お前」
呆れたような一護の声に、振り返りそうになってぐっと我慢。此処で振り返ってしまっては、きっと涙が零れそうになる。そんなみっともないところは見せられない。
頑なに顔を背けている雨竜の横顔をじっと見詰め、一護は大きな溜息をついて側頭部を掻く。
「お前さー、俺がただの性欲の処理の為にあんな事やってるとでも思ってるわけ?」
――他に、どう考えろと言うんだ。
言い返したい言葉を飲み込むと、一護が雨竜の横顔を覗き込んできた。
「…あのよ?」
「…なに?」
また視線をそらそうとする雨竜の顎を掴んで自分の方を向けさせ、一護は言う。
「俺は、お前じゃなきゃ嫌なワケ、解る?」
「…は?」
眉を上げた雨竜の額に軽く唇で触れ、一護は続ける。
「言わなきゃ解んねぇか?」
ぎゅっと抱き締められて、雨竜はその腕から逃れようともがいた。けれども一護に離そうとする気配はなく、力を込めて雨竜を腕の中に捉えながら耳元で言うのだ。
「これでも、選んでンだよ、オメーのことを」
「・・・・・?」
咄嗟には理解出来ず、不愉快そうな顔をする雨竜に苦笑いして一護は言う。
「だから、俺はお前が良いの。お前としかしたいと思わない。
愛情だとか、フツーの恋人同士の間にあるようなのがあるかは確証が持てねぇけど、意味なんて知らねえが、
完璧無意味にやってるわけじゃないんだぜ、ドレもコレも」
「・・・・・」
黙って聞いていた雨竜の耳が赤く染まった。
「単純に、カレシの為に努力してる女の子はカワイイよな、ってのと、どう考えても男はそんな事しないなって思ったから言っただけで、他意はない。
お前勘繰り過ぎ」
俺がそんなイミで言うとでも思ってんのか?
言われてみれば、確かに一護は遠回しに言ってくる人間じゃない。嫌ならそう言うだろうし、飽きればあっさり何処かへ行ってしまいそうな気もする。傍に居るって事は、少なくとも現段階では、彼にとってこの場所の居心地が良いのだろうとも思える。
「イヤなら触らねえし、傍にも行くもんか。
でもお前には時々無性に会いたくなるし、抱きたくなる。だからこうしてる。
それじゃいけないのか?」
「…いけないだろ、普通…――都合が良すぎるぞ、黒崎一護」
真顔で言う一護に、雨竜は呆れて顔を引き攣らせる。
それってやっぱり、都合のイイ相手だと言われているだけな気がして情けなくなった。
――僕は君にとって何なんだ?
何度も訊ねたくなって、飲み込んだ言葉。
聞かなくたって一護の返事の予想はつくのだ。
「なにって…あぁ? なんだ? わかんねェ」
きっとそう言われるに決まってる。彼は、自分の感情に名前をつけるのが非常に下手だ。
そう言う自分だって、うまく感情を乗りこなせてるとは思えない。時々、方向性を見失いそうになる。
「ンだよ。俺の事嫌いなのか?」
真顔で放たれる言葉に、雨竜は返せる言葉がない。俯き、言葉を探している間にも、額に・頬に・目尻に、優しいキスが落とされていく。それは時に言葉よりも雄弁で、雨竜は思考回路が麻痺していくのを感じた。
「……今はもう、嫌いじゃない……」
懸命に搾り出した言葉はそんな簡単なもので、本当はもっと伝えたいことがあった気がするのに全て何処かへ追いやられてしまう。
伝えなきゃ。伝えたい。募るのはそんな想いばかりで、本人に伝わることは永遠にないような気がするのだ。
「じゃぁ、良いじゃねえか」
「良くないよ」
「あ〜? じゃぁ好きだとか愛してるとか、言ってみるか?」
あっさり言う一護の考えがよく解らない。
どうしてそうなるんだ。
一体何を考えているんだ。
話せば話すほど、これほどまでに頭の中が空っぽになっていく相手も珍しい。
「言ってみてどうするんだよ」
期待したわけじゃない。けれど聞かないわけにいかなくて、つい訊ねてしまった。
「言ってみたら、なにか変わるかもしれないだろ」
「・・・・・」
一護の答えは想像通りにあっさりしていて、雨竜は絶句した。
確かに(言われてみなければ解らないとは言うものの)言葉にされたら何か変わるかも知れない予感はする。
その言葉を、彼の口から聞いてみたい誘惑にも駆られる。
けれど。
「良いよ、今のままで」
「だったら文句言うなよ」
好きだの愛してるだの言われて、その気になったら後が辛い。
だったら、そんな言葉を慰めでかけてもらっても、仕方がない。
心のない言葉など無意味だ。それは虚ろに響いて奥底を抉る。
何より、その言葉が本当だったら、自分は行き場を完全に失くす。
――それは、厭だ。
「文句なんて言ってない」
「言ってんじゃねぇか、今だって」
ヤケクソ気味に抱き締め、力を込めてくる一護の腕に手を添える。
「…文句じゃなくて」
「ぁん?」
本当は、僕だけの場所が欲しいだけなんだ。
そんなもの、君を選んだ時点でとっくに諦めた筈なのに、未だに何処かで切望してしまう自分が居る。
厭だ、厭だと繰り返すほどに欲求は膨らむのだ。だから、この感情はいつも見えない場所に隠して厳重に蓋をする。
「なんでもない。」
多分僕たちは、永遠にグルグル回って、永遠に重ならない道を歩いていく。
近付いたり離れたりしながら、惹かれ合い、反発しあいながら、ずっとこうやっていくのが似合っているのだ。
「やっぱり君なんて嫌いだよ、黒崎」
「あぁそうかい。でも俺は嫌いじゃねえ」
「…僕だって、嫌いじゃないってば」
「…どっちなんだよ」
呆れるように眉を寄せる一護に、自分の想いなど永遠に解らないのだろう。
そう考えると、雨竜は少しだけ可笑しくなった。
大丈夫、振り回されているのは自分だけじゃない。その考えはほんの僅か、雨竜を安心させるのだ。
ふつふつ笑い出した雨竜に不思議そうな顔をして、一護はほんのり赤く染まったその耳朶に噛み付いた。
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