春咲センチメンタル



「今から?」
『そう、今から』
「…今・何時だと思ってるんだい?」
『21時36分』
「…そういう問題じゃないんだけど」
『あ? ま、イイじゃねえの。今から迎えに行くからな』
「来るなって言っても…あぁ、うん。待ってる」

 +

「寒…」
 いくら春で温かくなってきたとは言え、夜は流石に冷え込む。
 ――全く、どうしてこんな夜中に公園になんて…
 雨竜は内心不満で一杯だった。
 が、隣を歩く男がそんな雨竜の感情に気付くことがないだろうことも、長年の付き合いから知っている。露骨に不満を表情にしても全く気にする様子はない。

 今日まで何かと忙しくしていて、折角の春休みにも会う事は滅多になかった。桜が咲き「花見に行こう」としつこく誘われ、行く気はあったものの時間が合わず…今夜何故か、突然夜桜を見に来ることになってしまった。
「もう桜は散ってしまうね」
 何気なく口にした自分がいけなかった。
『まだ花見に行ってねぇ』
 電話越しに一護が不満げな声を漏らす。
「しょうがないじゃないか。桜が咲き始めてからこっち、お互いの都合が合わなかったんだから」
 手元の刺繍を続けながら雨竜は答える。
『…つまらん』
「そうは言ってもね」
 拗ねたような口調の一護に、雨竜は苦笑いする。彼此5年にもなる付き合いの中、彼は全く変わっていないように思えた。相変わらず、邪気がない。無邪気と言うか、真っ直ぐ正直だ。
『石田に弁当作らせて行こうと思ってたのに』
 不服そうに唇を尖らせているのであろう一護を想像して、雨竜は微笑む。本人を前にしなければ、こうやって笑うことも出来るようになっていた。これは、かなりの成長だと自分でも思う。
「君、勝手に決めないでくれ」
 わざと冷たく言ってみるが
『でも作ってくれるだろ?』
 一護にそんなものは通用しない。
「…君のそういう所、嫌いだ」
『俺は、お前のそういう所好きだぜ』
「そりゃ、どうも」
 一護の気紛れにも思える発言を、いちいち深く考えずに受け流せるようになったのも、かなりの成長だ。始めは全て真剣に受け止めてしまっていて、非常に疲れたのだ。直に深い考えもなく口にされている事に気付き愕然としたが、それだけ。本人に深い思慮のないものを、詮索しても無駄に疲労するだけだ。
『……弁当は諦めるか』
「うん?」
『お前さえ居ればイイや』
「なに、言ってるの?」
 相変わらず、意味深な発言を無遠慮にしてくれるものだ。呆れながら、最後の一針を縫い終えた雨竜は
『今なら時間あるんだろ。夜桜でも見に行こうぜ』
 タイミング良く言われた言葉を、断わりきれなかった。

「お〜人全然いねェな」
 一護は見回して暢気な声を上げる。
「あのね黒崎。君、非常識にも程があるよ。こんな時間に人が居る訳ないじゃないか」
 見上げる桜に、もうライトは当たっていない。それでも月明かりで仄かに蒼く染められた桜は充分に綺麗で、雨竜は目を細めた。
「人が一杯な場所、お前苦手だろ」
「え?」
「昼間誘っても、出てきてくれなかっただろ。丁度良いってコトにしようぜ」
 もしかして、気を使ってくれたのか?
 ――いや、多分偶然だ。
 一瞬期待しかけて、そんな事ある筈がない、と首を振る。
「…うん…君の暴挙は、この桜に免じて許してあげるよ」
「おぅ」
「それにしても…」
 雨竜は足元を見て眉を寄せた。
「ゴミ、どうして捨ててくんだろう。折角の桜が台無しだ」
 不愉快そうに呟いた雨竜に、一護はふむ、と頷いて
「片付けるか?」
 桜の周囲に散らされた、カン・発泡スチロール、その他諸々を指差す。
「君が?」
 返事を待たずに見える範囲のゴミを集めだす一護の背中に、雨竜は訊ねた。
「オメーも一緒に」
「…僕もか」
 振り返らずに拾ったのであろう手元の袋にゴミを突っ込んでいく一護を見て、雨竜は溜息をつく。
「あぁ黒崎、それじゃダメだって。分別しないと」
「大丈夫だって」
「ダメだよ。はい、君は空き缶だけ集めて」
 一護の手からごっちゃにゴミの入ったビニール袋を奪ってゴミ箱へ向かい、分別していく。
「了解」
 空き缶を拾い集めてゴミ箱に捨て、雨竜の手を見た一護は顔を顰めた。雨竜の白くて長い指は、泥と食べかすから零れる液体で汚れてしまっている。
「あぁっ! 手ッ汚れちまってるじゃないか」
「そうだね」
 非難めいた声を上げる一護に対する雨竜はいつもと変わらぬ態度。
「俺がやれば良かったな」
「だから、君じゃ分別できてないからダメだって」
 雨竜は表情一つ変えず、通常なら触りたくもないだろうゴミを集めては捨てていっていた。
「言ってくれればやるのに」
「指示するより、自分で動く方が早い」
「・・・・・」
 出来ればその指は、綺麗なままでいておいて欲しいんだけど。
 黙ってしまった一護に気付いて、雨竜は視線だけよこして言う。
「終わったの?」 
「あ、一応」
「ん。こっちはもう少しかかるから。待ってて」
 雨竜の指は更に汚れていく。

 あぁクソ。ゴミなんて捨てていきやがって。汚いモノ石田に触らせやがって。
 自分の好きなものが他人のせいで汚されていくのを見るのは、気分が悪い。
 一護は苛苛していた。
 じっと指を見つめていると
「黒崎」
 声をかけられた。
「終わったよ。
 あんまり見るもんだから、やりにくかったけどね」
 ふと気付けば、自分達から見える範囲のゴミは、殆どなくなっていた。
「ごめん。手、汚れちゃったから洗ってくるね」
「俺も行く」
「うん」
 水道を見つけて手を洗う。さして汚れていもせず軽く洗っただけの一護に対し、雨竜はゆっくりと手を洗っていた。爪の間に入った泥を取ろうと真剣な表情をしている。
「…ダメだな水だけじゃ。石鹸あるところ、探してくるよ」
 自分の爪をじっと見て雨竜が言う。
「じゃ、そこら辺に座ってるわ」
 あごでベンチをしゃくる一護に、雨竜は小さく頷いた。

 ――石田、遅ぇな…
 座って、ぼうっとしていると、ヒヤリとした手が首に当てられる。
「ぬぁ!?」
「……ただいま」
 驚いて悲鳴を上げた一護に、微かに笑った雨竜が言った。
「冷たい手しやがって」
 自分の首にかけられている手を剥がして、両手で包み込む。近くで見ると指先が赤くなっていて、余程念入りに洗ったのだろう事が解る。
 ――やっぱり気持ち悪かったのか。
「悪かったな。俺が片付けるなんて言い出したから」
「良いよ。ゴミだらけじゃ、気になって桜も楽しめない」
 温めるようにぎゅっと握ると、雨竜の手が僅かに動かされた。その動きは決して拒絶するようなものではなく、一護はもう一度力を込めてから手を離した。
「座れよ」
 一護は自分の隣を示す。ベンチの上に置かれたビニール袋を雨竜は覗き込んで首を傾げた。
「ソレは?」
「今買ってきた」
「お酒…?」
「おうよ。花見と言ったら酒だろう」
「そういう人多いみたいだけどね。でも君、あんまり強くないじゃないか」
 座った雨竜は一護を見て言う。
「ま、気分だな」
 答えた一護に苦笑いして、雨竜は桜を見上げた。横顔を眺めていた一護は、はたと我に返り
「なにか飲むか?」
 買ってきた物を並べだす。あれやこれや、二人だけだというのにこんなに買ってきてどうするのだろう。呆れるほどに各種取り揃え、ついでにつまみもちらほら見える。
「僕、アルコールは飲まないよ」
「…つまんねぇヤツ」
 ちらりと一瞥して答えた雨竜に一護は顔を顰めて言い、ペットボトルのお茶を差し出す。
「ンなこったろうと思ってお茶買っておいた。俺偉い。褒めろ」
「もう酔ってるのか?」
「ん〜?」
 鼻に抜けるような声で、隣に置いていたらしいビールの缶を持ち上げて振り、一護はにやりと笑った。
「桜とお前に、な」
 振られた缶の中身は殆ど空で、雨竜は呆れて眉を寄せる。
「…寒いよ黒崎。完全に酔ってるね、君」
「可愛くねえ」
「可愛くなくて結構だって、何度も言ってるじゃないか」
 渡されたお茶を飲んで、雨竜は一護を見る。なにやら愉しげに物色している様子は、可愛らしすぎて笑いそうになる。そして同時に思う。
 男に対して可愛いって思うなんて、やっぱりどうかしてる。
 ソレくらいに、末期って事かな。
 何度考えてみてもよく解らない。珍しく答えが見つからない。

 ――どうして僕は黒崎が好きなんだろう。
 ――どうして黒崎は、当然って顔で隣に居るんだろう。
 ――何故彼は僕に触れたがるんだろう。
 ――こういう関係を、なんて言うんだろう。

 恋人?

 いや、多分違う。何だか違う気がする。
 堂々巡り・終わらない思考・エンドレスループ。

 そうしている間にも、一護は缶を空にしていく。
「弱いくせに、好きだね。そろそろヤバイんじゃない?」
 飲んでいるものはビールだとか軽いカクテルだから、あまり飲んでるとは言えないのかも知れないけれど、いつもよりも明らかに飲みすぎに思える一護を嗜めるように言えば、一護はムッと唇を尖らせる。
「そうでもねえよ」
「そう? 僕、君のこと背負ってなんて帰れないからね。」
「解ってる」
「なら、良いんだけど」
 酔っている頭で素面の人間を相手にするのは疲れる。相手も同じように思っているだろうけど、こちらだって冷静なのを相手にしてると高揚した気分も萎えてくる。
 ただ、酔っている事にすれば、色々都合が良い。酔ってしでかした事になら、雨竜は妙に寛大なのだ。
 それが、多少度が過ぎたことであっても。
 自分がさして強くない事は自覚しているが、それでも雨竜の家にアルコールを持ち込んでみたりするのはそんな下心があるから。雨竜は気付いているのだろうか。
 
 あぁ、いくら軽くても…チャンポンは良くないか。
 唐突に思いついて、一護にそう言おうと口を開きかけたところで自分を呼ぶ声に気付く。
「だ…石田!」
 返事をするより早く、無理矢理に顔を向かせられて唇を塞がれる。
 いつもより冷たい舌を差し込まれて、少し驚く。そうか、冷えた酒飲んでいたからか。僅かにアルコールを伴った滑りに眩暈がした。
「無視すんなって」
 軽く下唇を噛んで離すと、なにをするんだ、とでも言いた気に雨竜は不機嫌そうな顔をする。
「一体なんだよ」
 身体を離して眉間のシワを深める雨竜に、一護は詰め寄る。
「なあ、俺と一緒に居てつまらないか?」
「どうしてだい?」
「質問に質問で返すなよ。つまんねぇの? お前。」
「イヤ、ベツに」
「だったら、もっと愉しそうな顔しろっての」
「…出来ません。モトからこんな顔です」
「ムカつく…」
「お褒めのお言葉ありがとう」
 その遣り取りはいつもしているもので、雨竜の態度はなんら変わることはない。それなのに、今日の一護は少しおかしかった。
 もしかして、ずっと逢いたかったのは自分だけなのだろうか。
 そう思うと、苛々してしまう。八つ当たりなのは解っていても、どうにかしてやりたくなる。一護はビニール袋の中身を横目で見て、不意に思いつきにんまりと笑った。
 一護から視線を外している雨竜に気付く気配はない。
 カタリ、と自分の隣にソレを取り出して、一護は雨竜の肩に手をかけた。

「石田」
「…何してるんだい…?」
 一護のし始めた事に、雨竜の端正な顔が引き攣った。
「脱衣」
 都合が良い事に今日も雨竜の服はジップアップで、ボタンと違って脱がせるのも楽だ。いい加減学習したら良いのに。一護はチロリと舌舐めずりする。
「させてるんじゃないか! 止めろ黒崎ッ」
 暴れる雨竜を押さえながらファスナーを下ろしていくと、やたら白い肌が見えて、それだけで堪らなくなる。
 が、湧き上がる欲をグッと押さえて片方の肩だけ曝け出させた。
「ヤだ。止めない。
 これ以上飲んでも一緒だし、ソレになるのもアレだし。だったら普通に飲んでもつまらねぇ。
 だから、これから先は…杯で楽しむ。」
「…は? 何言ってるんだ、君…」
 言われた言葉の意味が解らず動きが止まったのを良い事に、一護は雨竜の肩を掴んで手前に引く。細い肩、鎖骨のラインには思った通りの窪みが出来た。
「だから、ココ」
 相変わらず引き攣った表情の雨竜の鼻先に軽くキスして、一護は笑いながら鎖骨をなぞる。
「知らない? 鎖骨酒v」
「――っ…」
 それだけで過敏に反応して揺れる肩に、一護は満足してにやりと笑う。
 普段可愛くなかろうが、こういう時は(少なくとも身体だけでも)正直だ。それが嬉しくて色々やりたくなってしまう。

 自分の行動が一護を煽っている事になど気付かず、雨竜は諦めの溜息をついた。

「君ってば余計な知識ばかり仕込んで来るんだな…」
「そうでもないぜ?」
「余計な事ばかりだよ」
 ――そうやって、人の事をからかうような真似ばかりするんだから。
 遊ばれている、思うと気分は良くない。けれど、同じような事を他の輩にしている所なんて、もっと気分が悪い、想像したくもない。これは独占欲と言うのだろうか。
 頭に過ぎるそれは…あまりに下らなくて腐らせたくなった。

「他人に、見られるよ」
 囁くようにして言われる言葉は甘く響いて、もう雨竜に抵抗の意思がない事が見て取れる。
「大丈夫だって。こんな奥にまで来ないだろ。時間も時間だし…」
「だからこそ、来る人は来るんじゃないの?」
 周囲を気にする素振りで、雨竜はさり気なく服を持ち上げようとする。けれど一護がそんな事を許す筈もない。
「今日まで予定合わせなかった罰だ。大人しくしてろっての。零れたら、冷たいぞ」
 予定が会わなかったのは僕一人のせいじゃない。
 抗議しかけて下から睨まれ、雨竜はまた、溜息をついた。
「早くしてくれよ」
「杯は黙ってろ」
「・・・・・」
 一護は買ってきてあった日本酒のカップの蓋を開けて持ち上げる。
「動くなよ」
 慎重に注がれる液体は冷たくて、ビクンと身体が反応してしまう。けれど、此処で服を濡らす訳にはいかない。雨竜は僅かに協力的に肩を差し出した。
「やっぱり大して入らないか…」
 ふむ、と注がれた酒を眺めて言う一護に、雨竜は嫌な顔をする。
「それは良いから、早く飲めって!」
「俺が好きな時に飲むんだから、おめぇは黙ってろよ」
「!!」
 あ、怒った。
 自分の状況を解って居なさそうな雨竜の態度が可笑しい。
 カッと染められた頬の赤みは羞恥心ではなく怒りから。そんな所も雨竜らしくて好きだ。

 自分がどんな格好だか解ってるのかね。

 一護は苦笑いして、顔を近づけていった。
 ゆっくりとした動作に、雨竜が息を呑むのが解る。
 だからワザと鎖骨の下のラインに舌を伸ばしてみた。
「あ…っ、ヤ・そこ違…」
 甘ったるい声が、耳に心地好い。
「おやぁ?」
「黒崎ッ、君ワザと…!!」
 これだけで息が上がっているように思えるのは気のせいだろうか。
「ほら、動くと零れるぜ」
 舌だけで掬い取るように舐め、ついでに雨竜の肌にも舌を滑らせる。酒を零せない、と必死で耐える様子に加虐心を煽られる。本人が抵抗出来ないのを好い事に一護は胸元に手を伸ばした。
「ちょ…っと、そこっ、は! …関係ないだろ…ッ」
 淡い桜色に色付いている部分を弄れば、クン、と喉が鳴った。脇腹も、耐えるように力の入っている手の指も、少し触れるだけで切ない吐息が漏れる。唇を噛んでみても溢れてしまう声に、雨竜は微かに涙を浮かべた。
「黒崎…僕、も…う」
「ん? ガマン出来ない?」
 コクン、と頷かれて、一護は雨竜の耳元で囁く。
「此処でシて…って?」
「――ゃ…」
「良いぜ、俺は」
「違…う。も・腕痺れて…」
 困ったように眉を寄せて緩々首を振る雨竜の鎖骨に溜まっている酒を全て飲み干した一護は、空になった其処に薄っすらと赤い跡を残す。
「まだ、こっちは空になってないぞ」
 日本酒のカップを揺すって見せれば、雨竜は益々泣きそうな顔をする。
「二杯目」
 躊躇なく注ぐ一護に、雨竜は顔を顰めて上を向いた。
「あ、やっぱり桜の花弁浮かべたみてぇだな」
「…なに?」
「コレ」
 舌先で先ほどつけた痕を突付く。揺れる水面から覗く仄かに赤いそれは綺麗で、一護は今度は一度に飲み干した。
「こうやってちゃ飲み終わるのは何時だろうなぁ」
 ちゃぽん、とカップを振ってみた一護に
「自分でやっといて何言ってるの?!」
 漸く体勢を戻せた雨竜は非難がましく睨みつけて、痺れる腕を揉む。
「ダレも止めて良いなんて言ってねえぞ」
「どうしてそこまで君の言うこと聞かなきゃいけないんだよ」
 睨み付けられても、潤んだ瞳と上気した頬を伴われては、誘われているようにしか思えない。
「お前さ、もう少し自覚しよう。な?」
 剥き出しの肩に手を置いて言う一護に、雨竜は不可解そうな表情を見せた。
「何言ってるんだい? 黒崎」
「だからお前は……」
 凄く、ソソられるんだって。
 見てると、触りたくなる――抱きたくなる。
 本人には言わないけれど。
「はっきり言えよ。何?」
 自覚のない雨竜はまだ肌蹴たままで一護に半身を寄せてくる。

 これ以上は、理性が持ちそうにない。
 アルコールなんて摂取するんじゃなかった。この場で、問答無用で押し倒したくなるじゃないか。
 一護は舌打ちして、残りの酒をカップから飲む。
「終わり? 服、着ても良いかな」
「ダメ」
「意地悪」
 不満げな雨竜は、それでも一護の言う通り服を直そうとはしないで待っていた。
「石田」
「うん? ――ぁん…は・ぁ」
 名前を呼ばれて首を傾げた雨竜の頬を包んで口付け、口に含んだ酒を流し込む。
 飲みきれない液体は溢れて、雨竜の唇の端から輪郭を伝って滴り落ちた。
「な、にするんだ黒崎。僕はお酒飲まないって…」
 拭おうとする手を止めて、一護は雨竜の肌に残る水跡を舐め取る。液体の残る肌の上を余さず舐ると、甘い嬌声が小さく響いた。

 肩を竦め小さく身体を折った雨竜の唇にもう一度吸い付き、服を直してやってから一護は立ち上がった。
「寒いな」
「…最初からそう言ってるじゃない」
 ファスナーを上げながら雨竜は言う。
「帰ろうぜ。お前ン家に」
「え?」
 当然のように言われた言葉に、雨竜は目を丸くする。
 もう帰るんだと思った。ここでお別れだと思った。
 ――ちょっとだけ嬉しい。でも。
「今日は泊まってく」
 続けて言われた言葉に、雨竜は思わず口を開ける。
「は?」
 何を当然のように言っているんだろう。
 帰ろうと思えば何時だって帰れる距離なのに…泊まっていく?

 もしかして…その先を想像すると、気付かないようにしていた腰の辺りの痺れが思い起こされてくる。喉が渇く。
 これは、きっとアルコールのせいだ。

「俺、明日暇だし」
 帰る、と言ってゴミを捨てに行った一護が戻ってきて手を差し伸べた。
「僕の予定は…?」
 パシン、と出された手を叩き落として言う雨竜に、一護は諦めずにもう一度手を差し伸べて一言
「知らん。」
 と言う。
 ――知らんじゃないだろう…
 呆れた雨竜には言葉もなかった。

 本当は、やりたいことがあったのだけど。(まだ作品に手を加えたいところもあるし、読もうと思ってた本も読めていない。)
 買い物にも行くつもりだったのだけど。(これは言えばくっついてくるかもしれない。でも黒崎が一緒じゃ気になってマトモに選べやしない。)
 でも、それは先に延ばしてしまおう。一護が居なくても出来る事ばかりだから。明後日にやっても遅くはない。
「…僕も暇だよ…」
 間を開けて言われた言葉に、一護は嬉しそうに笑った。

「じゃぁ、ゆっくりできるよな?」
 耳元に囁きかけられ、雨竜の頬が染まる。
「どういう意味だよ…」
「言わせたい?」
 笑いを含んだ一護の声に
「聞かないでおくよ」
 雨竜は一応、嫌そうに答えた。




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