2:嫌々他の男の血を吸うくらいなら


朝のHRの鐘が鳴る。

「はいお前ら〜今日はな、転入生がいるぞ〜」

教師がそう言うと、ザワザワとクラスは騒がしくなった。

「ほら、入って来ていいぞ」

呼ばれた女子学生がそろそろと教室に入って来て、その美貌に男子生徒が更にザワついた。

「田中 名前です。よろしくお願いします」

名前はぺこりと丁寧にお辞儀をした。

「あそこの加々知の隣が空いてるから、そこに座って。教科書まだ届いてないなら加々知に見せてもらって」
「はい。ありがとうございます」

可愛い、めっちゃ可愛い、加々知ずりぃ、なんて話し声が聞こえる中、女子生徒はいい顔はしていなかった。

「よろしくね、加々知くん」

名前がにこ、と笑ってそう話しかけると、興味なさそうに窓の外を見ていた鬼灯は名前の顔を見て驚いた顔をした。

「な...んで...」
「ん?」
「いえ...なんでもないです...」

鬼灯は何かを言いたげな顔をしつつも黙っておいた。


授業中、教科書を机と机の間に挟みながら、名前はちらりと鬼灯の顔を見た。
そしてニヤニヤしていると、鬼灯と目が合った。

「なんですか」

鬼灯が小声で話しかけてくる。

「ううん、何にも」

名前はニコニコしながらそう答えた。
そんな二人をクラスの女子生徒は妬みの目で見ていた。


そして昼の時間がやってきた。
鬼灯は名前に話しかける事なくどこかへ行ってしまった。

「(ご飯、どうしようかなぁ...まぁ一食くらいなら我慢できるけど...)」

鬼灯以外の人間に手を出して噂でも立ってしまったら大変だ。
だが肝心の鬼灯はどこかへ行ってしまった。
はぁ、と溜息をつきながら机に伏せていると、女子生徒数名が話しかけてきた。

「田中さん、一緒にご飯でもどう?」
「ごめんなさい、ダイエットしてて...」
「...そう。じゃあまたね」

女子生徒らは名前の答えを聞くとつまらなそうに何処かへ行ってしまった。

「(めんどくさそう。ご飯持っててもご一緒したくないな)」

そうして机に伏せたまま名前はお昼を過ごした。


不幸なことに、午後には体育の授業があった。
男子がバスケットボール、女子がバレーボールで、体育館の真ん中をネットで仕切っており、ネットの向こう側で鬼灯がゴールを決める度に、試合に参加していない女子から黄色い声が上がった。

「(鬼灯くんってそんな人気なんだぁ...)あいたッ」

ぼんやりそんな風景を見ていたらボールが顔に当たった。

「(もう帰りたい...)」

名前は泣きそうな顔をしながらそんな事を思った。


そうしてやっと一日を終えた。
疲れたなぁ...とトボトボと帰っていたが、家に着くとドアが開いていない事に気が付いた。

「えぇーんなんでよぉ...」

はぁ、と溜息をつきながら玄関に座り込んだ。

「お腹...空いたなぁ...」

数日間も耐えた自分を褒め称えたい、と思った。
どうにか腹を満たす方法を考えて、あ、とひとつ思い付いたのだった。


数日後。
鬼灯は最近全く家に帰って来ない名前に疑問を抱いていた。
野宿だから住まわせてくれと言った割には家に居ないし、かと言って学校に来れば普通に居るし、血をくれとも一言も言わない。
だが何をしているんだとわざわざ聞くのも自分が気に掛けているみたいで何となく嫌だった。
なので、バイトがない日に、名前の後をつけてみた。
昼はどうやら食事をしている様子がない。
だったら夜は何をしているのかと。
名前をつけて歩いていると、大きな駅前までやって来た。
そして裏路地に入り、ホテル街と言われる場所まで来てしまった。
鬼灯としては少し気まずい気持ちだ。
すると名前は近くを歩いていたスーツの男性に声を掛けた。
何と話しているかまでは聞こえない。
だが次の瞬間には、スーツの男性が名前の肩を抱き、近くにあったホテルへ入ろうとした。

「ちょっと」

鬼灯はそれを黙って見ていられず、思わず名前に声を掛けた。

「ほ...鬼灯くん...」
「貴女、何するつもりですか」
「.........」

鬼灯は何も答えない名前からスーツの男に視線を移した。
高校生とはいえ鬼灯は背が高い。
そんな睨むような鬼灯の視線に男は怯んだのか、そそくさと何処かへ行ってしまった。

「帰りますよ」
「いやだ」

グイと名前の手を引いて歩こうとしたが、名前は嫌と言って歩こうとしない。
以前もそうだったが男の力でも敵わない所に鬼灯はイラッとした。

「いやだじゃないです。貴女自分が何してるのか分かってるんですか?」
「何もしてない。血を吸ってるだけ」
「初めては好きな人じゃなきゃ嫌だったんじゃないですか?」
「っ......しては、ないもん。ちょっと裸見られたり...」

パシン、と鬼灯が軽く名前の頬を叩いた。
名前は大して痛くはないもののその事実にじわりと涙を浮かべた。

「痛い!なにすんの!」
「いいから帰りますよ」
「何怒って...っわ、」

鬼灯は油断していた名前の尻を自身の腕に乗せ、いわゆる抱っこをした。

「なにすんの!下ろして!」
「下ろしたら言う事聞かないでしょう。帰るまでこうしますよ」

名前は暫くパシパシと鬼灯の肩を叩いていたが、下ろしてくれそうにない様子を見て諦めた。
玄関の前に着いて漸く下ろされると、名前は下を向いた。
鬼灯は玄関の戸を開けても入らない名前の手を引いて、中に無理矢理入れさせた。
名前は靴を脱いで大人しく居間に座ると、膝を抱えて顔も伏せてしまった。

「ここ数日帰って来ないと思ったら、なんて事してたんですか」
「なんて事もしてないもん」
「嘘つけ」
「一緒にホテル入って、お金貰って、押し倒されたタイミングで貧血で倒れるまで血を吸って、夜明けまで眠って、素早く出てくるだけ」
「.........」

鬼灯は片手で目元を覆ってハァと溜息をついた。

「血が貰えるならなんでもいいって思ったんだもん。しょうがないじゃん。ご飯食べたいも...」
「何故私のは食さないんですか」
「.........なんか、申し訳なくなって...」
「はぁ?」
「鬼灯くん、学校で人気だし...全然帰って来ないし...あんまり近付かない方が良いし...」
「そんなしょうもない理由であんなしょうもない事をしてたんですか...?馬鹿ですか?」
「うるさいなぁ!私の気持ちも考えてよ!」

バッと顔を上げた名前は、涙目になっていた。

「だいたい、帰って来ないのはバイトしてるからですよ」

鬼灯はしゅるしゅるとネクタイを取り、ボタンを数個開けて首元をさらけ出した。

「ほら、食べなさい」

ゴクリ、と名前の喉が鳴った。
物凄く食べたそうな顔をしているが、遠慮をしているのか近付こうとしない。

「...別に、いらな...」

そう言う名前をグイッと引っ張り、鬼灯は自身の首元に名前の顔を近付けた。
すん、と名前がその匂いを嗅ぐと、美味しそうな香りに思わず涎が溢れた。

「っ......」

そしてぺろり、と首筋を舐めると、鬼灯にぞわりとした感覚が走った。

「......ごめん、なさい...」

そう言って名前は静かに歯を立てた。
こくんこくんと、名前が血を吸う度に走る快感に、鬼灯は思わず吐息を漏らした。
暫く吸った後ちゅ、と音を立てて名前が口を離すと、鬼灯はハァハァ言いながら辛そうに壁にもたれかかった。

「......ごめん、吸いすぎた...?」
「吸いすぎです」
「...ごめん...」

名前は近くにあったティッシュを数枚取り、申し訳なさそうに鬼灯の首元に押し当てた。

「やっぱりこう...若くて健康な血は美味しいっていうか...ギトギトの脂ぎったおじさんのは本当に不味くて...」
「それは良かったですね...」
「あ...ごめんね...栄養剤飲む?」
「いえ...あまり使っても勿体ないでしょう。どうせ数本しか持たされていないんでしょう?」
「...まぁ、あと2本しか」
「この前よりはマシなので何か口にすれば大丈夫です...」

そう言って鬼灯は這って冷蔵庫まで行き、たまたまあったチョコレートを口にした。

「私に遠慮なんてしなくていいですから。鍵預けておきますから、勝手に開けて入って待ってなさい」
「......うん...」
「あと昼もちゃんとあげるので、夜にたくさん吸うのはやめて下さい...」
「学校で?くれるの?」
「そんな何分もかからないでしょう。サッと済ませて下さい」
「うう...ありがとう...ごめんね...」


嫌々他の男の血を吸うくらいなら
(血のひとつやふたつくれてやりますよ)



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