6:これからの為に


「クラミジアですねぇ」
「えっ...」
「お仕事は治るまで...そうだねぇ大体一週間くらい休めば治ると思いますよ。感染拡大させない為にもお仕事は絶対しないで下さいね。コンドーム付けてようが移る時は移ります」

名前は病院に来ていた。
最近どうにも膣の調子がおかしかったのだ。
先日無理矢理生で入れてきた客がおり、それから痒みやニオイが酷くなった。
そして検査してみればこの有様だ。
一週間もあるという事で、名前は実家で療養する事にした。
地獄で鬼灯くんに会いませんように、と願いながら。

名前にはホストで働いている兄が一人いる。
売上はそこそこらしい。
名前が実家に帰ると兄は嬉しそうな顔をした。

「ごめんね、寝てたのに」
「いや全然!可愛い妹が帰ってきたんだからそりゃ起きるでしょ!」
「ははは、いいよぉ寝てて」
「名前」
「ん?」
「...ごめんな、こんな事させて」
「ううん。お兄ちゃんだって頑張ってるんだから。お互い様だよ」
「...ごめんな」
「いいって。私、買い物行ってくるね」
「おう。気を付けてな」
「うん。行ってきます」

名前は基本的に休ませてもらえず、本当にたまにしか日本に帰ることができない。
そのため日本に帰ると大体買い物へ行っている。
今日もわざわざ高天原ショッピングモールまで赴き、ショッピングを楽しみ、美味しい物を食べ、映画まで見て、夕方過ぎくらいまで楽しんだ。
上機嫌で自宅への道を歩いていると、突然トントンと肩を叩かれた。
名前は何かと思い後ろを振り向くと...

「こんばんは」

そこには鬼灯が立っていた。

「こっ...こんばん、は...」
「日本に帰って来てたんですね。お仕事はお休みですか?」
「な...なんの、話かな〜?」
「ここまできてまだしらばっくれますか?」
「お、名前!お帰り!」

名前と鬼灯が話していると、名前の後ろから別の声が掛かった。
振り向くと予想通り名前の兄がいた。
おそらくこれから仕事へ行くのだろう。

「何ですかアレ?彼氏ですか?」
「ちっ、ちがうよ...!」
「うわ、鬼灯様...!?」
「え?鬼灯“様”...?」
「え?...ってそうか、小さい頃からずっと海外暮らしだったもんな。鬼灯様は地獄の偉い人なんだよ」
「ばっ...!」
「え?なんかマズイ事言った?」
「......やはり貴女は、名前さんだったんですね」

そう言う鬼灯に、名前の兄は?マークを浮かべた。
名前は冷や汗をかき、一刻も早くここから逃げ出したいと思った。

「お兄さん、ちょっと名前さん借りますね」

鬼灯はそう言って名前の手を掴み、手を引いてずんずんと先に向かっていった。

「ま、ちょ、どこ行くの...!」
「二人っきりで話せる所です」

鬼灯は黙ってそのまま進んでいき、閻魔庁へ入り、途中で「鬼灯くんその子は?」なんて閻魔大王から声が掛かったが、鬼灯はそれを無視して自身の部屋までやってきた。
部屋に入った瞬間、ドアを閉めて名前を抱き締めた。
そしてゆっくりと慈しむように、名前の髪を撫でた。
名前は今すぐにここから逃げ出したいと思った。
今まで黙っていた事を怒られるんじゃないか。
あんな仕事をしていたことを気持ち悪いと思っているんじゃないか。
そんな気持ちばかりが溢れてくる。

「どうして、言ってくれなかったんですか...」
「っ離して...!」

名前は鬼灯から離れようと鬼灯の胸板を押したが、男の力には叶わず離れる事ができない。

「こんな...こんな汚い事してる女だって、知られたくなかった...!」

名前は目に涙を溢れさせながらそう言った。

「汚いなんて...そんな事言わないで下さい」
「もう私に関わらないでっ...住む世界が違すぎるの...!」
「どうしてそんな事言うんですか」
「貴女の好きだった名前はもういないの!」
「います!目の前に!」

鬼灯は名前を離して肩を掴み、眉を寄せて言った。

「いない!もう違う!あの頃の私はいないの!汚れたの私は!」
「汚れていると思う女を何度も何度も抱きません!!」
「性欲を満たしたいから抱いてただけでしょ!」
「違います!...最初は名前さんに似ていたから抱いていました。でも先日確信した時、間違いなく私は名前さん自身を抱きました」
「綺麗事、言わないで...」

名前は目元を両手で覆ってボロボロと涙を流した。
手では抑えきれない雫が頬を伝って落ちてくる。
鬼灯はそんな名前を再び抱き締めた。

「好きなんです、貴女の事が。他の女性じゃ埋められないんです。私と一緒になって下さい。今度こそ私を置いていかないでください」
「ダメだよ...釣り合わない」
「付き合ってくれるまで離しません。...それとも、私のこと嫌いですか?」

名前はふるふると首を横に振った。

「では好きですか?」

名前は今度はしばらく経ってから、こくりと小さく首を縦に振った。

「じゃあ付き合ってくれるまで離しません」
「っ...ずるい...」
「ずるいのは貴女ですよ。ずっと私の事を騙して知らない振りして」
「...ごめん...」

二人はしばらくそのまま抱き合っていたが、名前はその沈黙が耐えられなくなり口を開いた。
名前の中に、鬼灯への想いが広がる。

「...ずっとずっと、好きだった。あの頃から。優しくてかっこよくて頭のいい鬼灯くんが。...でも、だからこそダメなの。私なんかじゃ。鬼灯くんは私の憧れなの。そんな人が私なんて...」

鬼灯は体を離して名前の目をしっかりと見つめて言った。

「私の好きな人を卑下しないで下さい」
「......。鬼灯くんは、それなりの女性とくっつかなきゃダメだよ...」
「それって他人が決める事ですか?私の意思は無視ですか?」
「.........」
「私はもう貴女を失いたくないんです」
「...地獄の偉い人が、娼婦と一緒になるなんて...」
「またそれですか。何か問題あります?貴女私の為だと思って言っているようですけど全部自分の事しか考えてないじゃないですか。私は世間体とかどうでもいいんですよ」
「.........。そ、それに...好きな人と付き合っちゃったら...そういう仕事したくなくなっちゃうよ...」
「続けなきゃいけない理由があるんですか?」
「...借金、かな」
「あとどれくらい残ってるんですか?」
「...死ぬまで、だよ」
「...はぁ?どうしたらそんな額背負わされるんですか?」
「いくらというより、契約なの。死ぬまで毎月納めないといけないっていう。親がお金持ちの人にちょっと粗相をして...そうじゃないと相手の気が済まないみたいで」
「それってEUのですか?」
「いえ、日本です」
「...ほう。私がこらしめてやりましょう」
「え...!?いや、いいよ...!」
「粗相をしたから賠償金云々は分かります。何をしたか知りませんが。でも一生払わせるなんて可笑しい事じゃないですか」
「...そう、だけど...」
「その代わり約束して下さい。それが解決したら私と付き合って下さい」
「......考えとく」
「そこは素直に「はい」でいいんですよ」

鬼灯は後日、その相手の元へ行った。
相手は有名な地主だったが、鬼灯が少し怖い顔をして少し脅したらすぐに謝り、鬼灯はもう金は取らないという誓約書まで書かせた。
その事を名前に伝えると、名前は涙を流して礼を言った。

「それで、約束通り私と付き合ってくれるんですよね?」
「...私なんかで、いいの?」
「貴女がいいんです。あともう働かなくていいですから。家買うので専業主婦にでもなりなさい」
「えっ...!?いやいや、せめてパートくらい...ていうか家って...」

鬼灯はむにっと名前の両頬を片手で掴んだ。
名前の口が窄む。

「貴女は今まで死ぬような思いをしながら働いたんですから、もういいんです。心と体を癒しながらいつか子供が出来た時のために栄養を蓄えておきなさい」
「子供っ...!?展開が早すぎる...!」
「私と付き合うという事はそういう覚悟でいていただかないと」
「...肝に命じておきます...」


これからの為に
(おわり)



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