2:変化


初めて菊と会った日から半年が経った。
鬼灯は菊と会ってから数日はずっと菊の事を考えていたが、日々の激務に追われるうちに自然と頭の中から抜けていった。
そして久々にまたEU地獄に訪れる用事ができ、そこでふと菊の事を思い出したのだ。
当日用事を済ませた後、菊に会うためにあの時訪れた繁華街に足を運んだ。
半年程度では全く風景が変わっておらず、菊のいるであろう店も相変わらずギラギラと輝いていた。
相変わらず入るのに気が引ける外観だが、鬼灯は気にせず堂々と入って行った。
しかし店内を一通り回って見てみたが、菊はいなかった。
休みなのか、辞めたのか、もしくは接客中なのか。

「すみません、菊さんはいないんですか?」

鬼灯は近くにいたスタッフにそう声を掛けた。

「アー...菊さん今接客中デスネ...」
「...そうですか。どれくらい待ちます?」
「あと30分くらいデス」
「じゃあ待ちます」

日本語が通じるか不安だったが、さすがこの近辺で有名な店と言っていただけあって、どうやら一通り言語が話せるようだ。


それから30分程度待っていると、どうやら菊の接客が終わったようで、スタッフがとある部屋まで案内してくれた。
扉を開けるとそこには相変わらず可愛らしい菊が立っていて、また丁寧にお辞儀をした。

「もういないかと不安に思いましたが、いて良かったです」
「こちらこそ、覚えていてくださってとても嬉しいです」

広いベッドに二人で腰掛けると、菊は早速鬼灯にキスをしようと近付いてきたが、鬼灯はそれを避けて菊を元の位置に戻した。

「今日はお土産があります」
「えっ...!」

鬼灯は自身の荷物の中から綺麗にラッピングされた袋を取り出し、菊に渡した。
菊が礼を言って封を開けると、中には紅が入っていた。

「わぁ...!こんなに高そうなもの...!」
「貴女に似合うかと思いまして」
「...いるかも分からない、私のために...?」
「そうですよ」
「...嬉しいです、本当に。ありがとうございます。大切に使います」

そう言って菊は隅にあるテーブルにそれを置き、ベッドに戻ってきて鬼灯に再度キスをしようとした。
だが再び鬼灯はそれを避ける。

「なんで避けるんですか...?そんなに嫌ですか...?」
「いえそういうわけでは...」
「では何故」
「私は貴女に会いに来ただけで、性欲を満たしに来た訳ではないので」
「どうせいらっしゃったのなら性欲を満たして行っても良いのではないでしょうか...?」
「...いえ、すみません。ダメなんです、何か。男として情けないですけど、貴女には触れてはいけないような気がして」
「何を仰いますか。私はそんなに高貴な者ではありません」
「私が個人的に高貴な方だと思っているだけなのでお気になさらず」
「えぇ...?...それって、前言っていた好きだった女性に似ているからですか?」
「...まぁ、そうですね」
「...可愛らしいお方ですね、鬼灯さんは」
「可愛らしいなんて長年生きてきて初めて言われましたよ」
「その大切に想われている女性の方が羨ましいです」
「......そうでしょうか」
「はい。幸せ者ですよ、こんなに鬼灯さんに想ってもらえるなんて」
「...私を置いて、行ってしまいましたけどね」
「え...?」
「なんでもないです。まぁ今日も何もするつもりないのでゆっくりして下さい」

その後鬼灯は、一ヶ月に一度くらいのペースで菊の元へ通い続けた。
そして毎度毎度何もせず、ただ話すか寝るか食べるか、くらいしかしない。
菊はそんな鬼灯に申し訳なさを感じていたが、誘おうとしても拒否するので手の出しようがなかった。


鬼灯が通い始めて半年くらい経った頃。
鬼灯は初めて菊に触れた。
いつものように帰ろうとすると、いつも身を引いて触れてこない菊が後ろから鬼灯に抱き付いたのだ。
鬼灯はピタリと止まり、自分の腹にある菊の手に自身の手を重ねた。
鬼灯が今まで菊に触れなかったのには理由がある。
簡単に触れてはいけない気がするというのが建前で、本音は好きになってしまうのが怖いからだった。
好きになった所で相手はEU地獄に住んでいる上、付き合って貰えるかも微妙な関係で、そもそも相手は想いを寄せていた幼馴染ではなく菊なのに、似ているからという理由で好きになるのはどうなのか。
だがそんな気持ちは触れられた衝撃で何処かへ行ってしまい、鬼灯は自身の気持ちが求めるがままに、振り返って菊を抱き締めた。
二人はそのまま互いに何も言葉を発さずずっと抱き合っていたが、終了時間の催促を知らせるコール音が部屋に響いてそっと離れた。


変化
(また、来ます)
(はい、お待ちしてますね)



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