1:菊


EU地獄へ外交の為に訪れた帰りの事だった。
気が向いたので少し観光をして帰ろうと決め、鬼灯はEU地獄の繁華街と呼ばれる所に赴いた。
そこには土産屋、食事処、飲み屋等色々な店が並んでいた。

「お兄サン〜一発どうデスか?可愛い子いっぱいイマスヨ〜!」

英語が飛び交う中、外国語訛りの日本語が聞こえた。
おそらく自分に話しかけたのであろうと思い振り向くと、そこにはブロンドの髪で顔が整っている、スーツ姿の男が立っていた。

「一発どうですかってよくそんな日本語覚えましたね」
「一番分かりやすい表現だって前お客サンに言われマシタ〜」
「残念ですけど、今お腹空いてるので」
「アー!待って待って!」

男は背を向けて去ろうとする鬼灯を追いかけ、鬼灯の目の前にまた姿を現した。

「ご飯!アリマス!飯も女も!好きなだけ!メッチャサービスします!!」
「グイグイきますね...」
「ウチの店、ここらで一番有名なお店なんデスヨ!絶対!後悔!させないカラ〜!!オンナノコの顔見るだけでもイイカラ〜!!」

日本人は押しに弱い、そう言ったのは誰だっただろうか。
鬼灯はあまりの押しに折れてしまった。
女性を見て「気に入った子がいなかった」と言って適当に帰ろう、と思い、男の言う事を承諾した。

「分かりました。見るだけですよ」
「アリガトウゴザイマス!!こちらデス!」

案内されたのは、すぐ近くにあったギラギラとした店だった。
いかにもな外観だ。
店内に入ると、ガラス張りで中が見える狭い個室がいくつかあり、それぞれ一人ずつ女性が中にいた。
ガラス越しに女性らと目が合い、色っぽい目で誘惑してくる。
鬼灯はまるでペットショップにでもいるような気分だ、と思った。
店内をぐるりと見回り、そろそろ言い訳をして帰ろうと思ったその時。
最後の個室に、黒髪ロングで鬼のような角が生えた、いかにも日本人といった見た目の女性がいるのを目にして、思わず足を止めた。
その女性は他の外国人女性と違っていやらしく誘惑する事なく、目が合うとにこりと笑うだけだった。

「.........」

似ている、そう思った。
大昔、まだ小さかった頃に、引越しでどこか遠くへ行ってしまった女の子の事を思い出したのだ。
当時思いを寄せていた子だ。
いやまさかこんな所に居る訳が無い、他人の空似だ、そう思おうとしたが、見れば見るほど懐かしい気持ちにさせられている事に気が付いた。

「お兄さん、その子気に入りマシタ?」

先程のキャッチの男が鬼灯に話しかけてきた。

「なぜこんな所に日本人が?鬼ですよね、この子」
「さァ〜ワタシが入る前からずっとイマスヨ。この子にスル?」
「.........」

鬼灯は眉根を寄せてガラス越しの女性を見ながら考えた。
ほとんどそういう店を利用しない鬼灯にとっては気が引けるのだ。

「今ならコスチュームもアリマス」
「乗った」
「アリガトウゴザイマース!!」

ぼそっと呟いた男の言葉に鬼灯はつい承諾してしまい、その直後に何を言っているんだ自分はと溜息をついた。

案内された部屋に入ると、先程ガラス越しに見ていた彼女が立っており、日本人らしく丁寧にお辞儀をした。

「アー...こんにちは?ニーハオ?アンニョンハセヨ?」
「こんにちは」
「!こんにちは。ご指名ありがとうございます、菊と申します。よろしくお願い致します」
「ご丁寧にどうも」
「なんとお呼びすれば良いですか?」
「...鬼灯です。お好きに呼んで下さい」
「では鬼灯様」
「...ちょっとそれはやめて下さい。仕事をしている気分になります」
「...では鬼灯さんでどうでしょうか?」
「...まぁ、いいです。とりあえずお腹空いてるのでご飯が食べたいです」
「はい、こちらにメニューがございますよ」

海外らしいハイカロリーな物しか載っていないメニューを見て、鬼灯はこれ、と無難な物を選んだ。
料理はすぐに届き、貴女もお腹が空いているならどうぞと勧めて鬼灯は食事をとった。
一通り食べ終わった後、鬼灯はどうすべきか迷って帰ろうかと考え始めた。
据え膳食わぬはなんとやら、と言うが、興味があって指名をしただけで別に性欲が溜まっている訳では無いのだ。

「そろそろ帰ります」
「えっ...!」
「ああ気にしないで下さい。元々ヤりたくて来た訳じゃないんです」
「で、でも...!...すみません、何かお気に召さなかったですか?」
「いえそういう訳では...」
「ではどうして私を選んでくださったのですか...?」
「...笑わないですか?」
「笑いません!」
「...昔、好きだった子に似てて指名してしまいました」
「...そう、なんですね。では尚更した方が良いのでは...?」

鬼灯はそう言う菊の頭を優しく撫でた。

「無理に自分を売る必要はありません。もう少しご自身を大切になさい」
「っ......」
「可愛らしいので、またこちらに来る事があれば指名しますよ」
「...あ、ありがとうございます...」

菊は演技なのか素なのか分からないが、頬を赤く染めた。



(頬を赤らめたその表情がまた可愛らしくて)




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