名前は一週間に一度しか休みがない。
名前にとってその貴重な休日は、本来朝から晩まで眠って過ごしたい一日だ。
だが災難な事に、昨夜名前の使っているマットレスの一部分が破れてバネが出てしまい、買いに行く事になってしまったのだ。
重ねて言うが、貴重な休日なのに。
ネットで買って届くまで数日我慢するという手もあったのだが、どうにも寝心地が悪いので諦めた。

「なんで私がマットレス二つも抱えて帰らなきゃいけないんだ......」

妥協して三つ折りのマットレスを二枚分買ったのだがやはり重いし嵩張るし、名前は一緒に付いてきてくれない同居人に対して文句を呟いた。

「はぁ......」
「溜息をつくと幸せが逃げますよ」
「うわぁ!!」

名前は突然後ろから聞こえた声に驚いた。
後ろを向くと声の主である鬼灯がそこに立っていた。
大きな金棒を肩に担いでいる。

「...なんでこんな所にいるの...?そんな物騒な物持って...」
「視察の帰りでたまたま見掛けたので声を掛けただけです。ストーカーじゃありません」
「自らそういう事言うと余計怪しいぞ」
「自惚れないで下さい。...そういえば、ヘアセットしていない貴女を初めて見ました」
「ブスですいませんね」
「ブスとは言っていません。今の方が清楚で可愛らしいですよ」
「かわっ......!?」

鬼灯は最近、時々こうして不意打ちに名前を褒めてくる。
他の客なら「色恋が効いているぞしめしめ」なんて心の中でガッツポーズをして終わりなのだが、基本的に啀み合っている関係を考えると名前としては驚きだ。

「照れました?」
「照れてない。言われ慣れてます」
「そうですか。良かったですね」
「なんでちょっとムクれた?」
「ムクれてません。そしてその荷物は何ですか」
「マットレス壊れた」
「お可哀想に」
「そう思うなら家まで持って行ってくれ」
「いいですよ」
「えっ」

鬼灯はそう言うと名前が持っている二つのマットレスを奪い取った。

「いやいいって、冗談だよ」

名前はまさか本当に持ってくれるなんて思わず、鬼灯が持っているマットレスを奪い返そうとした。
だがそれは叶わず、あっさりと躱されてしまった。

「家はどこですか?」
「いやいやいや怖い。それこそストーカー」
「貴女の家を知ったところでどうも思いませんしどうもしません。別に近所まででもいいですよ」
「いやほら申し訳ないしさ...」
「あまり嫌がられると傷付くんですけど」
「鬼灯さんでも傷付くとかあるの?」
「私だって人の子ですよ」
「あ〜もう...わかったよ、じゃあお願いします。ついてきて」

名前は諦めて鬼灯にマットレスを任せる事にした。
前を名前が歩き、その後ろから鬼灯が付いてくる。
何か話をした方が良いか、と思い、名前は鬼灯に振り向きながら話しかけた。

「鬼灯さんはさ、引きが悪いよね。むしろグイグイ来るよね」
「そうですか?」
「いいよって言ってるのに引かないところとか。時計もそうだし」
「迷惑なら迷惑って言ってください。言わないからこうなるんです」
「ぐぐ...」
「迷惑ですか?」
「そういう訳ではないけど...」
「貴女こそ謙遜が凄いですよね。キャバ嬢ってもっと傲慢なものかと思ってましたけど」
「偏見ですよ」
「いえ、キャバではないですけどそっち系の知り合いの女性がそういう方が多いように見受けられるので」
「私は仕事で高いお酒強請ってるだけで元々悪女ではないし」
「どうですかね」
「ムカつくなぁ...」
「もしかしたらその謙遜も計算かもしれません」
「そんな疑り深い性格なのになんでキャバクラ来るの?」
「貴女が面白いからですよ」
「あ...そう...」

存外鬼灯は自分にゾッコンなのだろうか、と名前は考えた。
どこにゾッコンになる要素があったのかよく分からないのだが。

「(こう、反発するタイプが好きなんだろうか。だとしたら尚更家来てほしくないんだけど)」

名前は心の中で同居人の顔を浮かべた。
名前の家にはもうすぐで着く。

「ねぇ」
「はい?」
「鬼灯さんって私のこと好きなの?」
「...はぁ?」
「えぇ...?」
「自惚れないで下さい」
「...だよねぇ(自分で気付いてないパターンなのか、単にツンデレなのか、もしくは本当にどうも思っていないのか...)」
「どこを見てそんな事思えるんですか?」
「え...いや、最初に比べて優しくなったなぁって」
「優しくない方がいいんですか?」
「いえ、そんなことないです」
「じゃあ黙って優しくされてなさい」
「...はぁい」

名前は納得がいっていないかのように渋々と返事をした。
そこで名前の住むマンションの下へと着いた。

「ありがとう。ここまででいいよ」
「部屋まで運びますよ?」
「いや大丈夫。お気遣いをどうも」
「...頑なに部屋を見せたがらないですけど部屋汚いんですか?」
「はぁー?綺麗だし!一緒にすんな!」
「何で私が部屋汚いって知ってるんですか」
「見てれば何となくわかるわ。ほらちょうだい、どうもありがとう」

名前はオートロックの鍵を開け、鬼灯からマットレス二つを受け取った。
やはり重い。

「ほらやっぱり重いんじゃないですか」
「だ、大丈夫だもん...!」
「あぁ分かった、実は彼氏いるんですね?だから部屋を見せたくないと」
「いません〜!」

同居人がバレる前に早く帰ろうと名前が鬼灯を振り切って中に入ろうとした。

「あ、名前お帰りー」

そこに鬼灯の後ろから一人の男が近付いて来て名前に声を掛けた。

「お前このタイミングで登場するかーー!!」

名前の盛大なツッコミに男も鬼灯もキョトンとした。
鬼灯は後ろを振り返り、名前に声を掛けた男を見た。
茶髪(プリン頭)に呑気そうな顔(しかしイケメンだ)、そして着崩れた部屋着を着たいかにもヒモという感じの男がそこに立っていた。
見た感じ鬼ではなく野干のようだ。

「あれ?お兄さんどっかで見たことある。あ、テレビだ。あのーあれ...ほ、ほ...なんだっけ」
「...鬼灯ですけど」
「あーそうそう鬼灯様!...え、なんでこんなとこにいんの?てかなんで睨んでくんの?」
「失礼ですが名前さんとの関係は?」
「えー俺?名前のかれ」
「お、弟!」
「はい?」
「弟です!!」
「貴女野干だったんですか?」
「い、いや、義弟!血は繋がってないの!」
「名前ひどーい」
「ちょっとアンタは黙ってて」
「おにーさん。俺名前の彼氏だから」
「.........」

鬼灯は男を見ながら軽く目を見開き、名前は頭を抱えた。

「俺のこと養ってくれてるんだから、名前の事取らないで?」
「...なるほど」
「まって、誤解だって...!」
「いいじゃないですか別に隠さなくとも。まぁお幸せなようで何より。部屋にお邪魔するのもアレなようなので、私はこれで失礼しますね」
「ちょ、」

鬼灯は名前の話を聞こうともせずその場から去っていった。
名前はマットレスを置いてはぁぁと溜息をつきながらしゃがんで頭を抱えた。

「なにしてんの?」
「......貴重な資金源を...」
「そうなの?」
「そうだよ...一番売上良いよ...」
「まぁでも名前取られるのヤダし?」
「はぁ...」

名前は立ち上がってマットレスを持ち、トボトボとエレベーターに向かって歩いて行った。
それを後ろから名前の彼氏が追いかけて来る。

「だって俺とあいつどっちが大事なの?」
「...どっちも違う意味で大事だ」
「恋人でいたいのはどっち?」
「...言わなくても分かるでしょ」
「だよね〜」

男はマットレスを一つ持ち、名前にいい男アピールをしてから、仲良く二人で部屋に入った。


その日以来、鬼灯は名前の店に来なくなった。
いつもは一週間に一、二回来るが、二週間経つのに一度も来ないどころか連絡もない。
こちらから連絡をしてみてもまるで無視だ。
そんな名前を見兼ねて、店長は煙草を吸いながら世間話でもするかのように、名前に声をかけた。

「最近あの人来ないねぇ」
「...ですねぇ。やらかしましたもん」
「何したの?」
「彼氏いるのバレた...」
「それはダメだわ」
「ですよねぇ...」
「大事な売上を逃しちゃったね」
「ほんとそれです...」
「ていうか彼、そんなガチ恋だったの?名前ちゃん潰しが面白くて来てるんだと思ってた」
「んー...私もそう思ってたんですけど...そうは見えないだけで案外ガチ恋だったのかも...」
「あるある。まぁいつかフラッと来るかもよ。ガンバレ」
「(慰めたかった割にはノリが軽いな...)」

名前は今後の売上のことに考えをシフトして、鬼灯の事はあまり考えないようにした。



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