「何しにいらしたんですか?」
「腹立つ言い方だな」

裁判所で午後の裁判の準備をしていると、突然鬼灯の元にベルゼブブとリリスがやって来たのだ、アポも無しに。

「お久しぶり鬼灯様」
「リリスが地獄に行きたいとか言うから付いて来たんだ」
「それはそれはご苦労様です。ご無沙汰してますリリスさん」
「アタシはアタシで用事があるからダーリンも好きに観光してていいわよ」
「いや、俺も付いて行く」
「一人で行きたいの、お願い」
「ぐっ...」

鬼灯は目の前で広げられる夫婦のやり取りに感情を失ったような目をした。
元々感情のある顔でもないが。
リリスはきっと友人と会ったり買い物をしたりした後白澤の所にでも行くのだろう。
ベルゼブブが一緒では確かに良くないかもしれない。

「じゃあベルゼブブさん、私が楽しい所へご案内しますよ」
「お前の言う“楽しい”は嫌な予感しかしない」
「変な所ではありませんのでご安心を」
「...ま、まぁ、リリスも何処かへ行くようだし付き合ってやらん事もない」
「本当は仕事があるのですが海外のお偉いさんを放置する訳にもいきませんからね。まぁあのアホ上司一人に任せておけばいいでしょう」

アホ上司と言われた閻魔は食堂で食事を取りながら盛大なくしゃみをした。
リリスは用事を済ませるために一人で閻魔庁を出て行き、鬼灯はとある人物に電話をかけた。

『.........もしもし......』
「おはようございます。いいえ、もうこんにちはですけど」
『......私寝たの明け方なんですけど.........なに......?』

そのとある人物とは、名前だった。
名前は寝起きなのか眠そうな声をしている。

「今日突然海外のお偉いさんがいらしてですね。暇潰しの為に連れ回さなきゃいけないんですが貴女接待できますよね?」
「連れ回さなきゃいけないって言い方腹立つな」
『...まぁ普通にできるけど......貴方はともかく海外のお偉いさんが来るような店ではないと思うよ...。もっと高い店あるでしょ...』
「貴女を信頼して言ってるんですよ」
『...いや、まぁ、良いんなら良いんだけど...今日は特に来客予定もないし...。でもお店18時からだよ』
「...まぁ、それまでは適当に時間潰します。直接お店に行きますね」
『はぁい...お待ちしてまぁす...おやすみ〜』

名前はそう言って携帯の電源ボタンを押した。
まだ寝るのか、と鬼灯は思ったが、とりあえず来店の予定は伝えたので良しとした。
そして口頭では伝えづらかった事をメールを起動して打った。

“海外のお偉いさんとはEU地獄のベルゼブブです。典型的なプライドクソ高男なので煽てていれば気分を良くします。ベルゼブブは貴女に任せますので私には適当に仲良い子でも付けておいて下さい。”

そう打って送信すると、すぐに“了解”と簡素なメールが返ってきた。


そしてその日の夕方。
18時を丁度回ったくらいの頃に、鬼灯はベルゼブブを連れて名前の店にやって来た。

「こんばんは鬼灯さん、そして初めましてベルゼブブ様。名前と申します。今日はお越し頂きありがとうございます、どうぞ楽しんでいって下さいね」
「お...おう......」

ベルゼブブはまさか鬼灯にこういった店に連れて来られるとは思っておらず、若干引き気味だ。
いつものVIPルームに、名前、ベルゼブブ、鬼灯、もう一人の女の子、と続いて席に着いた。
ベルゼブブは隣に座っている鬼灯に小声で話しかけた。

「おい、こんな所に来るなんて聞いてないぞ...!」
「まぁまぁ。日本の観光だと思ってどうぞ楽しんでいって下さい」
「リリスに顔向け出来ないだろう...!お前普段こんな所来てるのか!?」
「ええ、まぁ」

リリスさんは他の男とアレコレして平気な顔で貴方の元へ帰りますけどね、と口には出さず心の中に押し留め、鬼灯は隣にいる女の子にそこそこお高めのシャンパンを持ってくるように伝えた。
今日はいつものような飲み方をするつもりもないので、良い酒を数本頼めば十分だろうと思った。
四人は鬼灯の頼んだシャンパンを頼みながらそれぞれ男女で会話した。

「こんな所に来るつもりじゃなかったんだ...」
「あら、そうなんですか?どうしてでしょうか?」
「妻がいる」
「あらまぁ...!素敵な方だとは思っていましたがやはり奥様がいらしたのですね...!」
「またそんな...」

ベルゼブブは半笑いしながら名前にそう返した。

「それに、奥様がいるからこういう所は来ないというその決意がまた素敵です。奥様はこんな素敵な旦那様とご結婚されてきっとお幸せでしょうね」
「フン。当たり前だ。リリスには何一つ不自由させていない」
「羨ましいです。とっても魅力的なベルゼブブ様のことですもの、奥様もとっても魅力的な方なんでしょうね」
「あぁ。リリスはとても魅力的で可愛いらしいぞ。写メを見せてやろうか」
「いいんですか!?是非見たいです!」

名前とベルゼブブの方ではそんなやり取りが繰り広げられ、一方の鬼灯と女の子(椿、と言うらしい)の方では、鬼灯が会話を盗み聞きしつつたまに椿から話を振られ、それに鬼灯が答えていた。
椿は名前とはまた違ったタイプの顔で、ミステリアスで色気のある雰囲気だった。
そこに上品さも追加され、年下やM男に好かれそうだなと鬼灯は見ていて思った。
鬼灯の指名は普段は名前であるし、椿はヘルプとして出過ぎた真似をしないよう程々に会話をするよう心掛けた。

「貴女は名前さんと仲が良いんですか?」
「私ですか?まぁ...程々です。悪くもないですし特別仲が良いという訳でもありません」
「正直ですね」
「嘘が通用しない方だと思っておりますので」
「私の事は煽てなくても良いんですよ」
「ふふふ、本当の事ですよ」

鬼灯の横からは名前の上品な笑い声とベルゼブブの見栄を張っているような話し声が聞こえる。
どうやら名前の方は上手くやっているようだ。
任せて正解だった、と鬼灯は思った。

「鬼灯様は...、」
「なんですか?」
「名前さんの事、どう思っていらっしゃるのですか?」
「どう思ってるか、ですか...。どうなんでしょう...」
「異性としては見られていないのですか?」
「.........」

鬼灯は顎に手を添え考えた。
好きかと言われれば嫌いではないし、そもそもどうも思っていない女の元へ高い金を払って通うわけがないし、異性として見ていなければ抱けるわけがないし、だが付き合いたいのかと聞かれれば考え込んでしまう。

「今まで私の周りにはいなかったタイプなので難しいですが、おそらく異性としては見てますね」
「そうなんですね。名前さんもきっと喜ぶと思いますよ」
「どうでしょうね。つけ上がるから本人には言わないで下さい」
「ふふふ。鬼灯様と名前さんの関係って面白いですね」

鬼灯とベルゼブブその後2時間程店にいた。
ベルゼブブは最初こそ嫌がっていたものの、名前の上手な煽てにより大層気を良くしたらしい。

「またお待ちしております」

鬼灯は見送りに来た名前と椿を振り返り、名前の事をじっと見つめたかと思うと、名前の頭をひと撫でしてきた。
名前は驚いて目を見開いた。

「お礼は今度します」
「......どうも」

そして鬼灯とベルゼブブは帰って行った。

「鬼灯様ってああいう事するんだね」
「ね......いやびっくりした」

椿と名前はしばらくそのまま呆然と立ちつくしていた。


後日。
ある日鬼灯は、突然名前に“今日同伴大丈夫ですか?”と連絡をしてきた。
名前はいつも仕事終わりの遅い時間に来る鬼灯が同伴なんて珍しい、と思いつつ、予定もないので“大丈夫だよ”と返しておいた。


「同伴、ありがとうございます」
「いいえ」

店前で待ち合わせをしましょうと言われたので、名前は一瞬店前同伴か...?と思ったが、時間的にどうやらそうではないらしい。
開店時間は18時、現在の時刻はまだ16時だ。

「今日仕事は?」
「今日は休みです」
「鬼灯さんにも一応お休みというものがあるんだね」
「上司が休みを取らないと部下も真似してしまうでしょう。そもそも好きで休日出勤をしている訳ではありません。私の上司が無能なせいです」
「お...おん...」
「では行きましょうか」

そう言って鬼灯は歩き出した。
それを慌てて名前が追いかける。

「ど、どこ行くの?」
「どこが良いですか?」
「えぇ?どこ...ご飯とか?」
「ご飯は後で行きます。好きなブランドとかないんですか?」
「ぶ...ぶらんど...?えっ...?」

名前はもしかして、と思って鬼灯を驚いた目で見つめた。
そんな鬼灯は、名前の動揺の声を聞いて沈黙し、目を逸らした。

「えっ...」
「.........」
「お礼ってもしかして...」
「それくらいしか思い浮かばなかったんです。何か?」
「何か?って...」
「何でも好きなもの一つ、買って差し上げます」
「えっ、いや、そんな...ねぇ?」
「とりあえずそういう店が立ち並ぶとこ行きますか」
「いやちょ、待ってってば...!」

名前は鬼灯に連れられて、お高いブランド店が何件か建っている街中までやって来た。

「さぁ、どれでも好きな所へどうぞ」
「いいよ、そんな...ご飯奢ってくれるくらいでいいって...」
「希望が無いのであればどこでも良いですよね。さあ行きますよ」
「いいって、いつもお金使わせてるんだし!店で使って?ね?」
「キャバ嬢が何謙遜してるんですか。貴女が何と言おうが私が買いたいんです。あぁご安心を、ちゃんと店でも使いますよ。貴女よりもお給料貰ってますので」
「さりげないマウンティング...」
「事実ですから」

名前は引きそうにもない鬼灯を見て、買わせないよう努力する事を諦めた。

「...じゃあ、腕時計欲しい」
「いいですよ。どこに入りますか?」
「そこのお店」

名前は自分が好きなブランド店を指し、鬼灯と一緒にそこへ入った。
店内は何人か客がいたが、値段が値段なだけあって雰囲気も高級感が出ており、うるさい客は一人もいなかった。
名前は時計が飾られているコーナーへ行き、一通り見て回った。
そしてある時計を見た時、あ、と声を出してしまった。

「あ?」
「(やば、思わず声を出してしまった)」
「どれですか?」
「いやいい」

名前が気に入ったその時計はシンプルながら上品な可愛さがあり、しかし他の時計と比べてお値段も少し高めに設定されていた。

「そちらの時計、可愛いですよね。とっても人気な商品なんですよ〜」

店員は二人がきちんと買いそうな客だと判断したのか、にこにこと笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

「ほう。確かに。上品さが滲み出ていますね」
「でしょう?」
「いやでも...他のでい」
「これください」
「ええええ」
「かしこまりました。ありがとうございます。在庫を確認して参りますね」

店員が去って行った隙に、名前は小声で鬼灯に話し掛けた。

「いやほら、これ高いから...別のにしよう?ね?」
「大丈夫です。全然足ります」
「そういう問題じゃないって...!」
「それとも、謙遜している貴女に合わせて安い物に変更するような男だと思われているんですか?私は」
「いや...そういう訳じゃないけどさ...」
「お待たせ致しました」

店員が戻って来て、在庫がある旨を伝えてきた。
一応着けてみて下さいと言われ着けてみると、確かにそれは可愛くて名前はやっぱり欲しい、と思ったのだった。

「では会計でお願いします」
「かしこまりました。此方へどうぞ」
「あ、ちょ、」

鬼灯は名前が何かを言う間も無くさっさと会計を済ませ、名前に腕時計が入った紙袋を渡した。

「あの...ありがとうございます...」
「大事にして下さいね」
「も、もちろんデス...」

その日から何故か鬼灯は名前に無理に飲ませる事をやめ、今までよりも高い酒を数本入れるだけで帰るようになった。
そして貰った腕時計を仕事で着けているのを見るたび、誇らしげな顔をしていた。
名前は意外と単純なのかもなぁ、とそんな鬼灯を見ていて思ったのだった。



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