先日のアフター以来、鬼灯は度々名前の元へ訪れるようになった。
だが大体が仕事終わりに行くため来店時間がどうしても遅くなってしまい、大して名前に飲ませる事もできず、未だ名前を潰せないままでいた。
名前は名前で、“潰れてしまったらきっと満足してもう来ないであろう”と思い、必死に鬼灯による酒攻撃に耐え、売り上げに繋げる努力をしていた。

度重なる来店で“鬼灯様がキャバクラ遊びにハマっている”とすぐに噂が広まったが、本人は気にも留めず、きっかけを知っている唐瓜と茄子は驚きつつもハラハラしながら鬼灯を見守っていた。
鬼灯に想いを寄せる女性らは、鬼灯が熱中している相手がキャバ嬢だと知って怒り狂い激しく嫉妬したが、鬼灯を見送る名前を目にして容姿では勝てないと諦めた者もいるらしい。
それでも諦めず名前を憎む女性は大勢いたが、名前は危害を加えられていないため自分が憎まれている事など全く知らなかった。

そんなある日。

檎と立ち話をしていた鬼灯は、檎にキャバクラ遊びの噂について問い掛けられた。

「兄さんよぅ...風の噂で聞いたんじゃが...キャバクラ遊びにハマってるとかなんとか」
「あぁ...またその話ですか」
「みんなその話しかしとらんですぜ。で、どうなんじゃ、実際のところ」
「...まぁ、傍から見ればそうなるんでしょうねぇ」
「マ...マジか...」
「何か?」
「い、いや...なんでもねェですわ」
「キャバクラ遊びにハマっているというよりかは、個人的にとある嬢が面白いので潰そうとしているだけです」
「それをキャバクラ遊びにハマってるって言うんじゃ...」
「まぁお好きに取ってもらって結構です」

檎は絶対に夜の遊びにハマらなそうな鬼灯が実際にハマっていると本人の口から聞いて、驚いてフラフラと店の外にあるベンチに腰を下ろした。
はぁぁ、と顔を片手で覆って溜息をつく檎に、鬼灯は不機嫌そうに何ですかと問いかけた。

「いやァ、しかもその嬢ってのも、あれじゃろ、クラブエデンの名前じゃろ」
「よくご存知で」
「まぁこの界隈の事じゃからのう。兄さん、アイツには気をつけた方がええぞ」
「何か問題でも?」
「太客には鬼枕と有名じゃ」
「鬼枕とは何ですか?」
「枕営業を頻繁にする事じゃよ」
「ほう...」
「兄さん、悪いことは言わんからアイツの色恋にハマる前に身を引いた方がええぞ...アイツは色恋がエグいと有名じゃ」
「大丈夫です。名前さん個人に熱中しているわけではないので」
「ならええんじゃが...」

まぁ鬼灯も太客だろうしヤりたいならヤれるとは思うが、と檎は心の中で思いながら、口に出すのはやめておいた。
鬼灯は懐から時計を取り出して確認すると、そろそろ行きますねと檎に告げてその場を去った。

「(熱中していないとは言っとるが、どうじゃかのう...)」


「あらぁ鬼灯さん!いらっしゃい。今日も来て下さって嬉しいです」

名前はいつも通り閉店の一時間前にやって来た鬼灯に対し、笑顔を浮かべて挨拶をした。

「今日もいつものになさいますか?」
「たまには違うのが飲みたいですねぇ。日本酒とかないんですか?」
「あぁ、ありますよ。沢山あるので別のメニュー表になってしまうんですけれど」

そう言って名前はメニュースタンドに挟まれているもう一枚のメニュー表を鬼灯に渡した。
じゃあこれ、と指差したものを名前がボーイに伝え、冷えた日本酒の瓶と枡とグラスが運ばれてきた。

「私も頂いていいですか?」
「どうぞ」

一応許可も得て、名前は枡に入ったグラスに日本酒をなみなみと注いだ。

「ではいただきます」
「ええどうぞ」

名前は友達と飲むのならそのまま口を付けてしまうが、一応仕事中なので溢れないように気を付けながら指先でグラスを持ち、こくこくとお酒を飲んだ。

「はぁぁ...おいしいぃ...」

名前は久々に日本酒を飲んだせいかその美味しさに仕事も忘れ、素直に感想を言ってしまった。

「あ、いえ。大変美味しゅうございます」
「そんなとろけたような顔初めて見ましたよ」
「見なかった事にして下さい」
「そうやって素直でいればいいんですよ」
「今のは不意打ちですもん。普段は絶対にこんなことしません。余程気の知れた仲でなければ」
「では私と貴女はまだそこまでの関係ではないということですね」
「残念ながら」
「そこは営業しないんですね、どうでもいい所で色恋かけるクセに」
「あら、かかっちゃいました?色恋に」

鬼灯は名前のおちょくるような言い方に眉根を寄せた。

「自惚れないで下さい」
「いいんですよぉ素直になっても」
「また飲まされたいんですか?」
「飲まされたいも何も、私のこと潰したいんでしょう?」
「潰したいのは山々ですが、この時間に来ても潰せないという事は理解していますので。無駄金は使いません」
「潰せないって分かってるのに来てくれるの?」

名前の敬語を敢えて失くした甘えるような声に、鬼灯は墓穴を掘ったと思った。

「ん?」

名前はにこにこと楽しそうにしながら鬼灯ににじり寄った。

「寄るな」

鬼灯はそんな名前を煙たがるように、横にずれて名前から一人分離れた所へ座り直した。

「そんなこと言わないで?」

名前が負けじと鬼灯にまた近付く。
そんな攻防を繰り返しているうちに、鬼灯と名前はソファの端まで来てしまった。
鬼灯はそれ以上逃げられず、名前は鬼灯の膝と自分の膝をいつも以上に密着させた。

「なんなんですか」
「だって鬼灯さんが逃げるから」
「逃げたから追うって獣ですか」
「獣は鬼灯さんでしょ?」
「はぁ?」
「鬼灯さん、すました顔してるけど実はムッツリスケベでしょう」
「失礼ですね」
「私にはよく分かりますよ」
「...そうやっていつも太客を誘っているんですか?」
「え......?」

鬼灯は追い詰められていた分を反撃するかのように、名前の露出している太股に手を置いて言葉を続けた。

「貴女、太客には鬼枕なんですって?」
「......どこで聞いたの、それ」

名前はあまりの衝撃に敬語で上品に話すことも忘れ、目を見開いた。

「ちょっとそっち関係の知り合いがいまして。信頼できるツテではあるんですけど」
「.........」

鬼灯は名前の目をじっと見つめながら、太股の内側へ手を滑らせた。

「おっ...お触り、禁止ですよ!」
「それは失礼」

名前が焦ったようにそう言うと、鬼灯はすんなり手を自分の方へ戻した。

「あの白豚ともヤッたんですか?」
「白豚...?」
「白澤です」
「白豚て...。やってないですよ、白澤さんは他の女の子ご指名されてますから」
「ほう。では自分の指名客はどうなんですか?」
「さぁ、どうでしょう」
「はぐらかすという事は、しているんですね」
「ご想像にお任せします」

名前はにこ、と笑っていつもの台詞を口にした。
鬼灯はそんな名前を見てハァ、と溜息をつき、一旦席を立って反対側の元いた位置に座り直した。
それを名前も追いかけて座る。
グラスに残っていた日本酒を呷り、鬼灯は黙ってこちらを見ている名前に視線を合わせた。

「太客なら誰とでもするんですよね?じゃあなぜ私とはしてくれないんでしょうか?」
「.........」

名前の瞳が揺れた、気がした。
そして今までの名前からは想像できないような冷たい声で鬼灯に言った。

「......いいですよ、します?」
「.........」

鬼灯は何とも言えない目で名前を見つめた。
名前は顔を笑顔に戻して問いかけた。

「何ですか、その不満そうな目は」
「...いえ、本当にするんだなと思いまして」
「鬼灯さんがしたいと思うのならお付き合いしますよ」
「って、皆に言ってるんでしょう」
「皆ではないですよ。やったらもっと通ってくれそうな方にしか言いません」
「ほう。私はヤッたらもっと通うように見えましたか?」
「ええ。典型的な」
「...いいでしょう。その挑発乗りますよ」
「ではこの後楽しみにしていますね。外で待っていて下さい」

鬼灯は卓で会計を済ませ、名前に見送られて外へ出た。
まさかこんな展開になるとは思っておらず、鬼灯は名前を待つ間がいつもと違い何となく手持ち無沙汰で、煙管に火をつけた。



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