※会話メイン


「名前さん、ご指名です」

あと一時間で閉店だ、と思いながら待機室で客への営業メールを打っていた名前に、ボーイから声が掛かった。

「新規?」
「いえ、先日のVIPの...」
「え......まじ?」

身を整えて気合いを入れ、VIPルームへ向かった。
VIPルームに入ると、まさか本当に来るとは思っていなかったその“客”に名前は驚いたが、笑顔を作って挨拶をした。

「ご指名ありがとうございます、鬼灯さん。ご一緒してもよろしいですか?」
「どうぞ」

その返事を聞いて名前は鬼灯の隣に腰を下ろした。
きちんと相手の膝と自分の膝をくっ付けることも忘れずに。

「遅い時間にありがとうございます。まさか本当に来て下さるとは思っていませんでした。嬉しいです」
「私もまさか本当に行くとは思っていませんでした。ですが貴女を潰さなければ私の気は晴れません」
「...あらまぁ。いちキャバ嬢の一言でプライドに傷がついてしまったんですねぇ」
「.........」

鬼灯は皮肉を込めて言い返してきた名前を目を細めて睨んだ。

「とりあえず一本目は、何になさいますか?」

名前は挑発するように口角を上げてメニューを手渡した。

「...とりあえずこれを六本」

鬼灯は先日頼んだものと同じスパークリングワインを指し、そう言った。

「一本は私の分です。五本飲むごとに一本、どれでも好きなボトル入れていいですよ」
「ありがとうございます」

名前はホールにいるボーイに注文をしに行った。

「今日は部下のお二人はいらっしゃらないんですか?」
「十分楽しい経験をさせてもらった、とのことで、もういいらしいです」
「あら。残念ですね」

そう話しているとボーイがボトル五本と、一応といった表情でワイングラスを二つ差し出してきた。
それを見た名前は鬼灯に問いかけた。

「グラスはどうなさいますか?」
「私はグラスで飲みます。貴女はお好きな飲み方でどうぞ」
「では私もグラスで」

名前はボーイからグラスを受け取り、スパークリングワインの蓋を開けて注いだ。

「おや、グラスで飲むんですか?」
「一本だけグラスで頂きます。気がしっかりしているうちに鬼灯さんとお話をしておきたいんです」
「貴女にそういうの求めてません」
「まぁ良いではないですか。...では、いただきます」

グラスを掲げ、二人はそれを口にした。


「まぁ。ではほとんど毎日お仕事されてるんですねぇ。大変そうです」
「貴女、本当に私のこと知らないんですね」
「あ〜!それって「俺のこと知らないのか?ここいらじゃ有名だぞ」ってやつですか?」
「ちょいちょい皮肉ってくるの腹立ちますね」
「やっぱりお偉いさんはプライドが高いんですねぇ」
「そういう貴女はさぞプライドが低いんでしょうねぇ」

バチバチと二人の間に火花が散る。

「いいえ、私にもプライドはあります」

名前はまだ少し残っているボトルの中身を、ボトルに直接口を付けて飲み干した。

「私が潰れる前に貴方のお財布の中身を空にして差し上げますよ」
「完全に私を舐め掛かっているようですが、出来るものならばどうぞ」

名前は新しくボトルを開けてはそのまま飲み干し、また新しくボトルを開けては飲みを繰り返した。
時々仕事を忘れずに、鬼灯のグラスに鬼灯のボトル分を注ぎ足し、そしてあっという間に五本あったボトルは空になった。

「ご馳走様でした」
「お見事です」
「ではお約束通り、本日もロゼを頂きます」
「どうぞ」

ついでに御手洗いに行って来ると鬼灯に伝え、名前は注文をしにVIPルームを出て行った。
程なくしてピンク色の液体が入ったボトルがテーブルに運ばれ、その後少ししてから名前が卓に戻って来た。

「お待たせしました。では頂きます」

そう言って名前はロゼワインのボトルの蓋を開け、新しく届けられたワイングラスに中身を注いだ。

「貴女裏で吐いてるでしょう」
「まさか。吐いてませんよ。下から出してるだけです」
「下品なキャバ嬢ですね」
「貴方こそ、そこそこの職の割には品があるとは思えませんね。この店で貴方みたいな飲み方をする方はいませんよ?」
「私はキャバクラを楽しむために来てるんじゃなくて貴女を個人的に潰しに来てるんです」
「そういう所が品がないって言っているんですよ」
「先日の見送り時を考えると素面の貴女も品があるとは思えませんけどね」
「.........」
「そろそろ本性を現したらどうですか?」
「私の本性を見たいのでしたら、潰すか相当仲良くならなければ無理ですね」
「ほう。では潰しにかかりましょう」
「仲良くなる気はないという事ですか?」
「仲良くなるより潰した方が早いでしょう」
「受けて立ちましょうと言いたい所ですが、そろそろお時間のようです」

名前は腕時計を見てそう言った。
名前が次々と飲んでいたためロゼワインも気付けばあと少ししかない。

「まぁ今日は来るのが遅かったですしねぇ」
「そうですね。...では、この後アフター行きませんか?」
「自ら潰されに行くんですか?」
「まさか。鬼灯さんと一緒にいたいだけですよ」
「だから貴女にそういうの求めてません」
「それに、鬼灯さんが店外で私を潰すとは思えません」
「ほう。何故そう思うのですか?」
「だって安酒で、しかも半プライベートの私を潰しても面白くないでしょう」

鬼灯が驚いたように目を見開いた。

「私が鬼灯さんならそう思いますから」
「...よく分かってますね。いいでしょう、行きましょうか」
「やった。ではお店の外で待っててください。お見送りしますね」

名前は残っていたロゼを飲み干し、ご馳走様でしたとお礼を言って立ち上がった。
先日と違いフラフラしていない名前を見て鬼灯はつまらなく思ったが、潰すのはまた今度にしようと心に決め、外で名前を待った。


「お待たせしました」

鬼灯が振り向くと、そこには着物姿の名前が立っていた。
いつもはドレス姿なので鬼灯はギャップに驚いた。

「着物、着るんですね」
「当たり前じゃないですか。地獄ですよ?」
「イメージが湧きませんでした」
「では貴重な私が見れて良かったですね。さて、どこへ行きましょう。お腹は空いていますか?」
「...そういえば、仕事が終わってから何も食べてませんね」
「この時間ですと居酒屋になってしまいますがそれでも宜しければ」
「構いませんよ」
「では行きましょうか」

名前と鬼灯は店のすぐ近くにあった居酒屋に入った。
店内はガヤガヤとしていて、土地柄かアフターらしき客も何組かいた。

「すみません、騒がしい店を選んでしまいました」
「まぁどこもこんなものでしょう。気にしていません」

二人はおしぼりを持ってきた店員にそれぞれアルコールを頼んだ。
鬼灯は食事メニューをパラパラと見た後、何か食べますかと気を利かせて名前に渡してきた。

「お気遣いは嬉しいのですが、正直先程のスパークリングワインでお腹がいっぱいです」
「そうですか、良かったですね」
「.........。それに私、普段はあんまり食べないんです」
「そうなんですか?」
「太っちゃいますからね」
「女性は少しくらいふっくらしてた方が可愛いんですよ。貴女は痩せすぎです」
「キャバ嬢がふっくらしているのはどうなんでしょう」
「私はその方が好みです。貴女なんて胸もないじゃないですか」
「失礼な!ありますよ!」
「そうは思えませんけどねぇ」
「貴方こそチンっ.........」
「.........」
「.........ゴホン。で、何を食べますか?」
「......まぁ適当につまみましょう」

鬼灯が酒を持ってきた店員に何品か料理を頼んでいるのを見ながら、名前は話していて素が出ないか心配な気持ちになってきた。
普段指名客とアフターに行く際は細心の注意を払って接しているが、鬼灯は他の指名客と少し違う。
まだ2回しか会っていないが基本的に啀み合っている。
そして何より一度誤爆してしまったせいでお淑やかキャラが通じないし、色恋営業も通じない。
そうすると必然的に友達のような関係になってしまい、素が出てしまわないか心配になるのだ。
先程も「お前こそ人の胸の事を言える程のサイズを持っているのか」と誤爆しかけた。

「誤爆しないか心配といった顔ですね」
「......まぁまぁ、とりあえず乾杯しましょう」

二人はグラスを掲げてカチンとグラス同士を鳴らし、アルコールを喉の奥に流し込んだ。

「貴方って自分のことあまり話さないですよね」
「...まぁ、主役は私ではないですからね。話を振って話を聞いて褒め煽てるのが仕事ですから。頼まれない限り自分語りはしません」
「じゃあ自分語りしてみてください」
「えぇ...?」
「頼んだらやるんでしょう?」
「やりますけども......え、何か質問とかないんですか?面接の自己PRみたいになりますよ」

鬼灯はグラスの中身を少し飲み、しばらく考えた。
話を振ってみたはいいが特段聞きたいことがあるというわけではないようだ。

「......ないですね」
「それ、私に興味ないんじゃないですか?」
「そういうわけではないですが、特段思いつきませんでした」
「私に興味あるんですか?」
「少し」
「そうなんだ...」

名前は鬼灯の意外な言葉に驚いた。
鬼灯にとってはただ単に歯向かってきてプライドを傷付けられたから潰したいだけで、完全に自分には興味がないと思っていたのだ。

「なんか、嬉しいです」
「そうですか。では自己PRでも自分語りでも良いのでどうぞ」
「うーん...。名前は名前、地獄産の鬼で学歴も学力も並。160cm45kg、カップはC。仕事はこの業界しか経験なし、指名はそこそこ。おしとやかキャラで色恋営業が得意。好きな食べ物は甘いもの(設定)、好きなタイプは優しい人(設定)」
「突っ込みどころ満載ですね」
「...ご質問があればどうぞ」
「Cカップは嘘ですね」
「嘘じゃありません」
「じゃあ見せなさい」
「見せるわけないでしょう」
「見るまで信じません」
「じゃあ信じなくて結構です」
「.........」
「.........」

名前と鬼灯は互いを睨み合った。
ちなみにカップ数は嘘だ。本当はBしかない。

「では(設定)の項目、(設定)を外したら何になるんですか?」
「秘密です」
「はぁ?」
「ご想像にお任せします」

名前はにこっと営業スマイルを作ってそう言った。
鬼灯は目を細めて再度名前を睨んだ。

「女性で私をここまでおちょくる人は初めてですよ」
「やっぱり職業柄おモテになるんですねぇ。イエスマンな女性しか寄って来ないんでしょう」
「貴女こそまともな恋愛をしているようには見えませんけど」
「偏見ですよ。キャバ嬢だからといって」
「職業の問題ではありません。貴女の性格を見ていてそう思っただけです」
「ほぉ?」
「貴女みたいに素直じゃない女性は男に愛されないですし、自分に振り向いてくれない男をいつまでも追いかけているタイプですね」

ぎり、と名前が歯を噛んだ。
図星なのだ。
鬼灯は名前の表情を見て図星か、と確信すると、名前を黙らせた事に勝った気分になり、大層満足気な顔をした。
名前は悔しく思っていたが、これは仕事だアフターだ、と気持ちを切り替え、笑顔を作って鬼灯に言った。

「でも私、今は彼氏いませんから」
「まぁいてもいるなんて言わないでしょうね」
「まぁそうですね」
「.........」
「.........」

その後二人は沈黙し、沈黙したまま酒を飲んだり料理を食べたりしたが、互いに話しかけることはなかった。
そんな中、鬼灯が先に折れてハァと溜息をついた。

「なんでアフター来てまでこんな思いしなければならないんですか」
「鬼灯さんが喧嘩売ってくるからですよ」
「いや貴女もですよ」
「.........」
「.........」
「......やめましょうか、アフターくらい」
「......そうですね」

ハァ、と今度は二人で溜息をついた。
そして再度鬼灯が先に口を開いた。

「で、好きな食べ物と好きなタイプは何なんですか?」
「そこどうしても気になるんですね」
「本当の貴女を知らないと仲良くなれないでしょう」
「仲良くなりたいと思ってくれてるんですか。ありがとうございます」
「そうやって素直にしていれば可愛いのに」
「そればっかりはもう今更どうしようもないです。...で、好きな食べ物はお酒とおつまみ、好きなタイプは...うーん...なんでしょうね...」
「振り向いてくれない男ですか」
「たまたま好きになる人がいつもそうなだけです」
「そういうのをタイプって言うんですよ」
「......あぁ、私がいなきゃダメな人」
「リアルですね」
「本当ですもん。鬼灯さんのタイプは?」
「矯正しがいのありそうな人です」
「なんですかそれ」
「そのまんまの意味ですよ。...あと、恐れをものともしない明朗快活な人ですね」
「私じゃないですか」
「自惚れも甚だしいですね」
「矯正されるつもりはないですけど。というか彼女いないんですか?」
「いたらキャバクラになんて来ません」
「そこはしっかりしてるんですね。正直、鬼灯さんなら女性なんて選び放題じゃないですか?なんで彼女いないんですか?あぁもしかしてホ」
「仕事が忙しいのでそれどころじゃありません」
「...仕事忙しいのにキャバクラは来るんだ......」
「どうしようと私の勝手でしょう」
「はいはい。私としては鬼灯さんとお会いできるので嬉しいですよ」
「売り上げが上がりますからね」

名前はニコニコしながら営業してみたが、やはり鬼灯には通じなかったようだ。
その後も二人は時々啀み合いつつも会話を楽しみ、気付けば互いの中では「嬢と客」から「少し信頼できる友達」くらいまでレベルアップしたのだった。



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