「鬼灯様!キャバクラ行きたいので連れてってください!」

鬼灯がいつもと同じように淡々と業務をこなしていると、突然唐瓜と共にやって来た茄子がとんでもないことを言い出した。

「茄子さんの口からそんな言葉を聞ける日が来るとは思っていませんでした。どうしたんですか?唐突に」
「特にこれといった理由はないんですけど、行ったことないから行ってみたいなぁって」
「はぁ...はぁ...さっき突然こんなことを言い出して、鬼灯様なら連れてってくれるだろうとか言って走ってっちゃったんで追いかけて来ました...」

唐瓜は息を乱して辛そうにしながら鬼灯にそう言った。
鬼灯ははぁ、と溜息をついて茄子に視線を向けた。

「私なら連れて行ってくれるだろうって、私は普段キャバクラなんて行きませんよ」
「えぇー行かないんですか?」
「逆に私が行きそうに見えますか?」
「行かなそうに見える人が意外と行ってたりするっていうのを信じて来てみました」
「ハァ...。行った事がないわけではありませんが、そんな日常的には行きませんよ。そういうのは白豚の分野です」
「なんだァ〜」

茄子は連れて行ってくれなそうな鬼灯を見て、少ししょんぼりとした。

「そんなに行きたいですか?正直別に楽しいものではないですよ」
「そうなんですか?」
「清純な振りをして人の話をうんうんと肯定するだけのつまらない女性しかいません」
「まぁ鬼灯様からしたらそれはつまらないわな」
「まぁでも、茄子さんの好奇心を潰すのも可哀想ですし、経験として一度行ってみるのもいいかもしれませんね」
「本当ですか!?やったー!」
「えっ、本当に行くんですか!?」
「唐瓜さんも行きますか?」
「いっ...!い、...いい...行ってみたい、ですけど...!」
「じゃあ今夜三人で行きましょうか」
「やったー!仕事頑張ろう!」

茄子はそう言うと、再び唐瓜を置いて走って行ってしまった。
それを見た唐瓜は待てよー!と言いながら茄子を追いかける為に走り去って行った。
鬼灯は二人が見えなくなるまで見つめた後、手元の書類に目線を落とし、キャバクラなんていつぶりでしょうねぇ、と一人呟いた。


その夜、早めに仕事を切り上げた鬼灯は唐瓜と茄子を連れて衆合地獄へとやって来た。
茄子は天真爛漫に周辺をキョロキョロと見回し、唐瓜は同じくキョロキョロと見回しながら、周囲の煌びやかな女性に目を奪われていた。

「あぁ、お二人とも。ちょっと待ってて下さいね」

そう言うと鬼灯は懐から携帯を取り出し、電話をかけ始めた。

「もしもし、私ですけど」
『なんだよお前かよ。何?』

電話の相手は、白澤だ。

「今からキャバクラに行くのでいい店教えろ」
『ブァハハハハハ!!!いつも僕のこと淫獣とか何とか言ってるくせにお前もそういう店行くんだ!うわはははは!!!!』
「黙れ淫獣。部下二人を連れて行くんですよ。下手な店に連れて行けないでしょう」
『なんだつまんな。いっぱいあるけど女の子にハズレがないのはクラブエデンって店だよ。見た目もサービスもい、』
「どうも」

それだけ言うと鬼灯は速攻電源ボタンを押した。
沢山の店が並ぶ繁華街の中からその一店を見つけるため、鬼灯は道を進もうとした。
が、ふと見回した先に、探していた店の名前が書かれた看板が見えた。
鬼灯はそこを目指して、二人を連れて歩を進めた。


「いらっしゃいませ。三名様でよろしいでしょうか?」
「はい。白澤の紹介です」
「白澤様の...!いつもお世話になっております。ご案内します。こちらへどうぞ」

白澤の紹介だと言ったせいか、三人は問答無用でVIPルームに案内された。
VIPルームの入り口には自動ドアが付いており、通常のフロアとは完全に分断されているせいか、想像していたような煩さはほとんどなかった。
広いソファに案内され、キャバクラに行きたがっていた茄子を真ん中に挟んで唐瓜と鬼灯が左右に座った。
唐瓜と茄子は慣れない店内にキョロキョロと周りを見回している。
そしてそう経たないうちに、入り口の自動ドアが開き綺麗な女性が三人VIPルームに入って来た。
女性らは丁寧な動作で腰を折り、綺麗な笑顔で話しかけてきた。

「こんばんは。ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」

鬼灯は女性が座るスペースを少し開け、女性は礼を言ってそこに座った。

「私は名前と申します。お名前はなんとお呼びすれば良いですか?」
「鬼灯でいいです」
「鬼灯さんですね、よろしくお願いします」

名前と名乗った女性は鬼灯に笑顔を向けながらそう言ったが、鬼灯は慣れない呼び方にむず痒さを感じた。
唐瓜と茄子にもそれぞれ女性が付いているし、楽しませるためにも放っておこうと思った鬼灯は、時間を潰すために女性と話す事にした。
女性は今日はどちらからいらしたんですか、とか、お仕事は何をされているんですか、とか、典型的な話を振りながらお酒を作るための準備を始めた。
どうやら最初の一本だけ、焼酎のボトルがサービスで付いているらしい。

「お水との割合はいかがなさいますか?」
「割らなくていいですよ」
「あら、お強いんですね。素敵です」

鬼灯は表情には出さなかったが、典型的な会話や褒め言葉につまらなさを感じていた。
かといってお金を払っているのに自分から話題を提供するのもどうなのかと思い、鬼灯は女性から話しかけられない限り沈黙を貫いた。

「普段こういったお店は来られるんですか?」
「来ないですね。今日は部下が行ってみたいと言うので白澤に店を聞いてここに来てみました」
「まあ!白澤さんのご友人でいらっしゃるのですね!白澤さんにはいつもお世話になっておりますよ」
「友人ではありません。腐れ縁みたいなものです」
「うふふ。仲が良いのですね」
「.........」

そんな会話をしながら手持ち無沙汰で時々酒を呷り、なんて事をしているうちに、気付けば卓上にあったボトルは空になっていた。

「何かお好きなお酒はございますか?」

女性はそう言ってメニュー表を開いて手渡してきた。
価格はどの程度なのかと目を通してみると、流石白澤が見た目もサービスも良いと言っていただけあって、そこそこする価格が並んでいた。
別に出し惜しむ訳ではないが、正直あまり楽しんでいない鬼灯としては高いシャンパンを入れるのも癪だと思った。
かといって一番安い、先程と同じボトルを入れるのもケチ臭いと思われそうで嫌だった。
VIPルームにまで案内されているのに。
選ぶのが面倒になった鬼灯は初めて自分から女性に話を振った。

「何か好きなものありますか?」
「私ですか?そうですね、私はやっぱりロゼですね。ピンク色をしていて可愛らしいじゃありませんか」

女性はにこにこしながら鬼灯の方へ少し体を寄せ、鬼灯の膝に自分の膝をくっつけてメニューを一緒に覗いて言った。

「(この女...)」

キャバ嬢が高いボトルを強請るのは当然といえば当然なのだが、鬼灯としては楽しくもないし付き合いで来ているだけなのに高いボトルを強請られた事に少し苛ついた。
鬼灯はそこまで高くないスパークリングワインを指差し、じゃあこれを2本、と女性に伝えた。
女性はありがとうございます、と丁寧に言った後自動ドアの向こうにいるボーイに伝えに行った。
女性が戻って来ると、すぐにボーイが人数分のワイングラスとスパークリングワイン2本を持って来た。
女性はスパークリングワインの蓋を一本だけ開けてワイングラスに注いでいった。
だが最後のグラスに注ごうという所で、鬼灯は女性の手を止めた。

「?」
「貴女はこっちです」

鬼灯はその女性の分のグラスをどけて、まだ蓋の開いていないスパークリングワインを女性の目の前に置いた。

「これ一人で飲めたらロゼ入れてあげますよ」

VIPルーム内の空気が一瞬にして変わった。
唐瓜はそれを察知してオロオロしている。

「飲めないのならいいです。私が飲むので」

女性はそんなこと言われたことがないといった表情でしばらく目の前のスパークリングワインを見つめていたが、ニヤ、と口元を歪めて鬼灯を見た。

「良いですよ。飲みましょう」

女性は先程と同じようにボトルの蓋を開け、軽く振って少し炭酸を抜いた。

「どうぞご覧あれ」

そう言って女性はボトルを両手で持って口を付けると、グイっとボトルの底を天井に向けた。
こくこくと女性の喉元が上下し、ボトルの中身は徐々に減っていく。
炭酸が入っていて苦しいのであろう、時々口を離して休憩を入れながら、女性はボトルの中身を全て胃の中へ流し込んだ。
ぷは、と息継ぎをして女性は空のボトルをテーブルに置いた。
ご丁寧にラベルを鬼灯の方へ向けて。
そして先ほどと同じようにニヤリと笑って言った。

「足りないですねぇ、こんなものじゃ」
「.........」

鬼灯は全て飲みきった女性に驚いていたが、女性のそのあからさまな挑発に先程とは違う意味で苛つき、悔しそうに顔を歪めた。

「普段は絶対にこんな事しないんですから。約束はきちんと守っていただきますよ」
「...私は元来合理主義に徹していますが、ナメた態度を取られるとどうにも呵責したくなります」
「あらぁそうなんですか?」
「ロゼを入れるのは約束なので構いません。が、あまり図に乗るようであれば相手が女性でも喜んで潰しますよ」
「あらやだ。やっぱりお偉いさんってプライド高いんですねぇ?」

鬼灯はああ言えばこう言う女性に、眉根にさらに皺を刻ませ、ロゼの他に店のオリジナルシャンパンを10本持って来いと敬語も忘れて女性に言った。
女性は余裕の笑みを崩さずそれをボーイに伝え、卓上には沢山のボトルが並んだ。
唐瓜も茄子も、二人に付いている女性らも、ドン引きしている。
女性は次々とボトルを流し込み、三本ほど飲み終わった所でニヤニヤしながら鬼灯に言った。

「人には飲ませたがるのにご自身では飲まれないということは...もしかして、お酒弱いんですか?」
「はぁ?誰に向かって口利いてるんですか?」
「飲めないのでしたらご無理をなさらなくて良いですよ?」

鬼灯はカチンときて、目の前のボトルを一本手に取り蓋を開けた。

「誰が飲めないと言いましたか?」

鬼灯は安い挑発に乗る自分に呆れつつも言われ放題なのはプライドが許さない為、女性より沢山のボトルを飲もうとし、最終的には完全に二人の飲み比べになっていた。

「えげつねぇ...」
「楽しくないとか言っておきながら結局自分が一番楽しんでるよ...」

唐瓜と茄子は鬼灯に聞こえないようコソコソと話し合った。


やがて店内には閉店のアナウンスが流れ、卓上で会計が済まされた。
鬼灯も鬼灯と飲み比べしていた女性もフラフラしている。
だが二人共ボトルから手を離さない。

「名前ちゃん、もう終わりだから、ほら」
「お客様見送ろう?ね?」

唐瓜と茄子に付いていた女性二人が名前に話しかけ、名前はフラフラしながら立ち上がった。
名前は脚が覚束ないようだが、鬼灯はフラフラしながらも立ち上がり、皮肉を込めて女性に言った。

「歩けないなら見送らなくていいですよ」
「いえ...仕事なんでぇ、」
「クラブエデンの品位はどこ行ったんですか?プロ失格ですね」
「あ、あんたこそ、官吏のくせに安い挑発に乗っちゃってぇ...」

キッと鬼灯は女性を睨んだ。
なんとか全員で外に出て、女性らは感謝の気持ちを伝えた。
...一名を除いては。

「あんた、強いねぇー...!また来なよっ」
「あんたじゃありません、鬼灯です」
「はいはい鬼灯さんっ」
「今度は潰しますから」

今度があるんだ!!と唐瓜と茄子はほんのり赤い顔を青くさせたが、後が怖いので黙っておいた。



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