朝登校すると、机の上には花瓶が置いてあった。
中身は世間一般に貧乏草と呼ばれている花だ。
教室の後ろの方でクスクスと笑う声が聞こえる。
名前は手慣れたように花瓶を手にし、花はゴミ箱に捨て、廊下にある流しに水を流し、持ち主のわからない花瓶はその辺にそっと置いた。

今日はいつもより酷く、散々な日だった。

休み時間にトイレに行って用を足して身を整えていると、上からバケツをひっくり返したような大量の水が降ってきた。
当然名前はびしょ濡れになった。
くすくすと笑い走り去る音が聞こえた。

髪をハンドタオルで拭き、ジャージを着て、びしょ濡れの制服は体操着袋の中へ突っ込んだ。
チャイムが鳴り教室にノリが軽い先生が入ってくると、「どうしたお前〜なんでジャージ?」と軽そうに聞いてきた。

「いえ、あの...ちょっと濡れてしまって...」
『おまんまんが』

そう誰かがひっそりと、しかし教室全体に聞こえるように言うと、先生を含めた教室にいる全員がどっと笑い始めた。
名前は何も言えなくなって俯いた。

そんな苦痛を耐えてようやく下校時間になり、下駄箱を開けると死んだネズミの死骸がぼとりと落ちてきた。

「やーいビッチ女〜!ちんこ舐めろよ!」

複数の男子生徒に囲まれた名前は恐怖感を感じ、素早くローファーに履き替えると足早に去って行った。

学校が見えなくなったところで、はあ、と息をついた。
いじめられる側にも問題があるとは言うが、名前にはその問題が何なのか全くわからなかった。
本当に何か悪いことをしてしまったのか、それとも単に歯向かってこなそうだからなのか。
考えても答えは出なかった。
名前は静かに泣きながら帰り道を歩いていたが、自宅の玄関の前に着くと丁のことを思い出し、気持ちを落ち着けてから中に入った。

「丁くん、ただいまー」

部屋に入りいつもの一言を言うと、丁がクローゼットから出てきた。

「おかえりなさい」

クローゼットから出てきてこちらを見つめる丁を見て、色々な思いが溢れて思わずバッグを放り投げて丁を抱きしめた。

「わっ...名前さん...?」
「ごめんね...ちょっとだけ、こうさせて...」

丁を抱きしめて肩を震わせる名前を、丁もぎゅっと抱きしめた。

「何かあったんですか...?」
「ん......ちょっと、ね...。もう疲れちゃったな...」

鼻をすする音が聞こえる。

「私は名前さんのことがだいすきですよ」
「っ...?どうしたの?急に...」
「だから名前さんは、ひとりじゃないです。私がついていますから、そう悲しまないでください」

不器用な丁なりの、精一杯の慰め方だった。
丁はより一層抱きしめる力を強めた。

「っうぅぅ〜〜っ......ありがとう......」

泣き止むかと思いきや名前はまたぐずぐずと泣き始めた。

「今日はご馳走作るね...っ」
「...楽しみにしています」

名前は一通り泣きスッキリすると、夕飯を作りに1階へと降りていった。

その日の夕飯はハンバーグとコンソメスープだった。
丁はハンバーグの美味しさに感動し、それはもう美味しそうに頬張ったのだった。



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