名前は恐る恐る、鬼灯の骨張った手に触れてみた。

「っ......」

だが少し触れたところで、以前のようにパッと手を引いてしまった。

「......はぁぁ...」

名前は自分の行動に自分で溜息をついた。
今日は鬼灯に「少しでも男性に慣れるために練習をしましょう」と誘われて鬼灯の部屋へと招かれた。
名前からは誘いづらい内容だったので、誘ってくれたことにとても感謝し喜んで部屋へ行った。
そして鬼灯に「私からは握らないので手に触れてみてください」と言われたのだが、実際に触れてみるとやはり鬼灯に出会う前の状態に戻っていた。
鬼灯は警戒する猫を待つような気分で臨んでいたので、それはそれで面白かったようだが。

「以前は手を握っても平気でしたよね」
「いやなんか...暫くしないうちに元に戻っちゃったというか...」

うーん、と名前は考えながら鬼灯の手を見つめた。

「...というか下心を感じる、部屋に招いた時点で」
「だから下心のない男なんていないですって」
「ヒェッ...上手いこと言っておいてあわよくばとか考えてるんだ...!?」
「考えてますよ」
「ひぃぃ〜〜!」

ベッドから逃げようとする名前の腕を鬼灯が掴んだ。

「離してよ!!」
「離しません。これも練習です」
「鬼畜...!」
「鬼ですから」

鬼灯は名前を引っ張り再度ベッドの上に座らせた。

「昔の感覚を思い出してください」
「それができたら難なくクリアしてるって...」

鬼灯はそう思い悩む名前の手に、指と指を絡めるようにして手を繋いだ。

「な、ちょっ...!」

名前は驚いて離そうとしたが、鬼灯がギュッと掴んでいるため手は離れない。

「恥ずかしいんですか?怖いんですか?」

鬼灯が名前の顔をじっと見た。
名前はオロオロした後、鬼灯の顔を見て頬を染めて言った。

「......恥ずかしい...」
「.........」

名前は心臓が高鳴って困っていた。
鬼灯の男らしい手に包まれる感覚。
暖かい体温。
じっと見つめてくる鬼灯。

「し、しにそう!!勘弁しておくんなまし!」
「キャラ大丈夫ですか?」
「とりあえず離して!心臓がはち切れそう!」
「はち切れないので大丈夫ですよ」

鬼灯は反対側の手で名前の頭を撫でた。

「以前白豚に触られた時のような恐怖感がないのであれば良いです」
「白豚...?あ、白澤さん?それはない...かな...」
「まぁアレに慣れる必要はないですが」

その日はそのまま、二人で手を絡めあったまま眠った。


最後の研修も終え本格的に鬼灯の兼務秘書として働くことになってから数週間が経った。
鬼灯の仕事を手伝いながら鬼灯のサポート的なことをするのが名前の仕事だ。
つまり鬼灯が忙しければ忙しいほど名前も忙しくなり、男慣れのことなどほとんど考えている暇がなかった。

そんなある日、本屋に立ち寄った時のことだ。
店頭には恋愛ハウツー本がずらりと並んでいた。

「(恋愛...かぁ...)」

名前は鬼灯に対して思い悩んでいたことを思い出した。
ここの所業務が忙しくて全くそういったことは考えていなかったが、そういえばそうだった、と思いながら一冊の本を手に取ってみた。

「(...ふむふむ。ちょっとこれ買ってみようかな。面白そう)」

そう思い、恥ずかしいのでブックカバーもかけてもらい、本を購入した。
今日はオフなので一日中読むことができる(鬼灯は当たり前のように休日出勤だが)。
それで少し心の中の整理をつけてみようと名前は思った。
そして名前は部屋に帰った途端ベッドに座りその本を読み始めた。

「付き合いたい、好きという感情とは...
“(1)他の女と会ってほしくない”...うーん...どうだろう...」

他の女といえばお香と会っているところくらいしか見たことがない。
だが鬼灯とお香が会っていても何とも思わないし、鬼灯とお香がくっつけばいいのにと思っていたことすらある。

「これはちょっと保留かな。次。
“(2)かなりのレベルでイケメンだ”...うん、まぁ、そうだね...」

だからと言って一目惚れかと問われれば違うのだが。

「“(3)私にはこの人が必要!と思う”...うーん...思うっちゃ思う...」

名前の世界にいた時、かなり世話をかけた自覚がある。
酔って介抱してくれたり、逆上せて介抱してくれたり、風邪をひいて面倒を見てくれたり、励ましてくれたり、家事をやってくれたり...。

「“(4)一緒にいたら楽しそうだなと思う”...うん、それはまぁわかる」

鬼灯は名前を扱うのが上手いし、一緒にいても楽しいと思うことが多かった、というより楽しいとしか思っていなかったと思う。

「“(5)相手をもっと知りたいと思う”...んんー...?」

例えば、今何してるのかなとか何が好きなのかなとか、なんて補足が書いてある。
名前は考えたこともなかった、と思った。
ただ一緒にいて楽しいなということくらいしか。

「よくわかんないなー...。次。
“(6)離れたくないと思う”...それは思うな...」

実際名前の世界から鬼灯が消える時も、研修で閻魔庁を離れる時も死ぬほど感じた思いだ。

「“(7)優しくしてくれる”...?...うん、まぁ優しい」

ワガママを聞いてくれたり自分にだけ優しいと特にキュンとしてしまいますね!なんて補足を読んで?マークを浮かべた。
鬼灯はみんなに優しいのではないだろうか、と。

「“(8)リードしてくれる”...まぁまぁ、いい大人だし、上の立場の人だし...
“(9)連絡をマメにとってくれる”...仕事以外で連絡とらないからわからん...」

ふぅ、と息をついて次のページを捲った。

「えっと最後か...“(10)エッチが上手い、もしくは上手そうだと思う”.........えぇぇっ......!?」

付き合うということにおいて体の相性は大事、下手くそな人と付き合っていくのはつらいものがありますよね!と小さく補足が書かれている。

「え......えぇぇ...知らん......上手そう...なのか...?」

名前は思わず鬼灯のそういう姿を想像してしまい、ボボっと顔を赤く染めた。

「(あ、でも別に怖くない...とても恥ずかしい妄想だけど)」

結局自分が付き合いたいのかどうなのか全然わからない、と寝転がって溜息をついた。


次の日から、名前はやたらと鬼灯を見つめるようになった。
目が合えばすぐ逸らしてしまうのだが。

「(鬼灯くんがそういうことするのってイメージないんだけど、そういう店とか行ったりするのかな...むしろそういうセフレ的なのいるのかな...)」
「なんですか?」
「あっいえ、何でもありません」
「.........」
「(いやでも前私がそういう仕事しようとした時「私が先に抱きます」とか言って胸揉んできたし首とか胸元も舐め...イカンイカン仕事中に考えることじゃない...っ!)」

名前は邪心を払うようにして首を振り、目の前の仕事に集中した。

「(だいたい、いざしてみたところで比べる対象が父親しかいないとか...ないわ...上手いかどうかわかんないわ...)」

しかしすぐに集中力は途切れ、またすぐに考えモードに入ってしまう。
そんな名前を見兼ねた鬼灯が名前に話しかけた。

「何か悩み事でもあるんですか?」
「えっ...あぁ...いや、ないと言えばないですしあると言えばあると言いますか...」
「仕事に集中できない程悩んでいるようですが?」

名前はハッとして手元を見た。先程から全然書類が捌けていない。

「すみません。集中します」
「悩み事があるなら言ってくださいね」
「お気遣いありがとうございます」

打ち明けるにしても仕事中に話すような内容ではない、仕事が終わったら話そう、そう思い今度こそ書類捌きに集中した。


名前は仕事を終わらせ、今日部屋で待っていてもいいですかと鬼灯に聞いた。
鬼灯は一瞬驚いたような顔をして、いいですよと素直に鍵を渡してきた。
最近仕事が忙しくてなかなか夜に会う時間がなかったせいか、少し緊張する。
しっかりとお風呂に入って身を綺麗にし、しかしメイクは落とさず、なんとなく可愛い下着をつけて、なんでこんなに気合い入れてるんだ自分、と思いながら鬼灯の部屋へ入った。
そして以前と同じように布団に潜ってみた。

「(あー...鬼灯くんの匂い...)」

鬼灯の香りに包まれながら目を閉じ、あちこちを触られる想像をしてみた。

「ん...んん...いや、いかん!だめだ!」
「何がダメなんですか」
「うわぁ!!」

一人だと思って呟いた独り言は突然入ってきた鬼灯が聞いていたらしく、名前は飛び起きた。

「人の布団に潜りながら顔を赤くしてブツブツと...ナニをしているんですか?」
「貴方の想像するようなことは何もありません。ていうか、早くない?」
「早く終わらせたんです、貴女の様子が気になったので」

そう言って鬼灯は名前の隣に腰掛けた。

「最近の熱い視線はなんなんですか?」
「熱くしたつもりはない」
「熱いですよ」
「そりゃ失礼しましたー」
「で、何に悩んでるんですか?」
「.........」

名前は答えようとしたが、どう言えばいいのか分からず言葉に詰まってしまった。
二人の間に沈黙が続く。

「えー...っと、ですね...」
「はい」
「悩んでるというか、疑問なんですけど」
「はい」
「...鬼灯くんって、エッチ上手いの...?」
「.........はぁ?」

鬼灯は突然訳の分からないことを言い出した名前を訝しげな目で見た。

「何言ってるんですか?」
「いやちょっと、なぜそう思ったのかは聞かないほしいんですけど、とりあえず上手いか下手かだけ教えてください」
「.........。試してみますか?」
「いややっぱそうなるよねーーー!!」
「何言ってるんですか貴女」

当たり前の展開に突っ込む名前を鬼灯は再び訝しげな目で見つめた。

「何が言いたいのか分かりませんけど、上手い下手は体の相性にもよりますし、体の相性なんてしてみないと分かりません」
「......ほほぉ...」
「単純に型の問題もありますし、どっちがSかMか、互いの願望が一致しているか、等...言葉で簡単に言える話じゃないんですよ」
「あー...じゃあ鬼灯くんは上手いタイプの部類か」
「人の話聞いてました?」
「いや、だってさ...多分下手くそな人ってそういうの考えてないじゃん...?俺上手いよ!みたいなさ...いや知らないけど」
「...確かに男の「俺上手いよ」は信用しない方がいいかもしれませんね」
「でしょ?」
「...でも、」

鬼灯は名前の手を握り顔を覗き込んだ。

「...私は、上手いですよ」
「へ......」

ごくり、と名前の喉が鳴った。

「貴女が相手なら、の話ですけど」

名前は一瞬で顔が熱くなった。
男の「俺上手いよ」は信用しない方がいいと言われたばかりなのに、もうこれだ。
本気にしてしまっている。
名前は恥ずかしくなり掴まれている手を引こうとしたが、ぎゅっと掴まれ逃げる事はできなかった。

「本気にしましたね、今」
「からかわないでよ!バーカバーカ!」
「だいたい貴女、比較するほどの人数としてないでしょう」
「ぐっ...」
「まぁそういうこと含めて教えて差し上げてもいいですけど?」
「ほん...いや、まてまてまて、ダメだそれは」
「どうしてですか?」
「付き合ってない人とそんなことしちゃダメでしょ...!」
「じゃあ付き合いますか?」
「そういう問題じゃなーい!!」

名前は繋がれていない方の手で顔を覆って赤い顔を隠した。

「あー、あともういっこ、ずっと気になってて聞きたかったことがある」
「何ですか?」
「向こうの世界でバイバイする時にさ、ていうかこっち来てからもだけど、」
「はい」
「...なんで、キスするの?」
「......そんな貴女こそ、なんで別れる時キスしてきたんですか?」
「...質問に質問で返さないでよ。私、キスしていいなんて言ってない」
「私も言ってませんが?」
「ぐぐっ...ああ言えばこう言う...!」
「では当時の気持ちを思い出すためにももう一回してみますね」
「えっ」

そう言って名前が抗議する間も無く鬼灯は名前の額に唇を押し当てた。
名前は何も言えなくなって、俯いて顔を更に赤く染めた。
鬼灯はそのまま瞼や頬にも唇を押し当てた。

「...鬼灯くんってなんでそうやって当たり前のようにキスできるの...?プレイボーイなの?」
「私がそんな節操のない鬼だと?」
「じゃあどうしてよ、私をからかって遊んでるの...?」
「......貴女が好きだからですよ、名前さん」

名前は目を見開いた。

「.........え......」

思わず顔を上げて鬼灯の顔を見た。
鬼灯はまっすぐ名前を見つめていて、からかっている様子や嘘をついている様子はない。

「え......本気...なの...?」
「本気です。誰がこんな嘘をつきますか」
「.........」

名前はどう答えたらいいのか分からなくなり、オロオロとし始めた。

「好きだから、手も繋ぎたいしキスもしたいしその先もしたいです。いけませんか?」
「い......いけなくは...ないですけど......」
「名前さんはどうなんですか?」

名前はもう一度鬼灯の顔を見た。
名前と違い全然恥ずかしがっている様子がない。
ぎゅ、と繋がれている手を握って口を開いた。

「...昔は、好きだった。だからキスした。」
「今は?」
「...好き、多分」
「多分」
「でも付き合いたいのかって言われたらよく分からなくて...それでずっと悩んでて...。...鬼灯くんは付き合いたいと思ってるの?」
「ええ、付き合いたいです」
「......そ、か...」
「でもそういう感情が分からないなら無理に付き合う必要はありません」
「えっ...」
「言ったでしょう、ゆっくりでいいと」
「っ......」

名前は何度も言ってくれる鬼灯のその言葉にうるっと目に涙が浮かんだ。
やはり自分を大事にしてくれる鬼灯のことが好きだ、と。

「うう...すき...」
「それはどうも。私も好きですよ」

好き合っているのに付き合っていないとは面白い話だ、と鬼灯は思った。
だが付き合うということがどういうことかわからないのなら、これから教えていけばいい、とも。

「では想いが通じ合ったということで、名前さんからキスしてください」
「えぇっ!?」
「こちらに来てから名前さんからはされてないんですけど」
「えぇ...そんなぁ...」
「ほら早く」
「せ、せめて目閉じてよ...!」
「嫌です。可愛い名前さんが見たいので」

名前そう言われて恥ずかしくてオロオロしていたが、拒否できなそうな空気に抗議することを諦め、鬼灯の髪を手で避けて意を決して頬に唇を押し当てた。

「足りません。もっとしてください」
「えぇぇっ...?もう無理、恥ずかしい死ぬ」
「もう死んでます」
「そうだった」
「ほら、」

鬼灯が名前の肩を掴んで顔を近付けた。
名前は先程からずっと顔が赤い。

「っ......」

名前はじっと見つめてくる鬼灯の視線に耐えかね、目を瞑って鬼灯の唇、の横あたりに口付けた。

「...今はこれが限界です...」
「...よくできました」

その後鬼灯から顔中にキスの雨が降らされ、名前はどうすることもできなくて顔を赤くしたまま身を任せた。



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