「名前ちゃん、今年も忘年会あるみたいなんだけど、どうする?」
「本当ですか。ありがたいことに毎年誘って頂いてるんですが...今年も私は行っていいのでしょうか?」
「もちろんよォ。鬼灯様も来るし。参加するって伝えておくわね」
「ほっ...あ、はい...よろしくお願いします...」

現在衆合地獄にて研修中で、年末が近くなってきた頃。
名前は今年も忘年会のお誘いを受けた。
あまりワイワイしている宴会等は好きではないが、地獄の人と少しでも繋がりを持つため、仲を深めておくため、名前は毎年参加していた。
年末に在籍している部署に誘われるため毎年誘ってくる人は違うのだが。

「(お香さんは、私と鬼灯くんが不仲なこと知らないんだろうか...)」

衆合地獄に来てお香によく面倒を見てもらい、気が合うのか名前とお香はすぐに仲が良くなった。
名前は前にお香から“鬼灯とは幼馴染だ”といったことを聞いていた。

「(幼馴染でもそういう話はあんまりしないのかなぁ)」

結論から言うと、お香は鬼灯から相談されて当たり前のように不仲なことは知っているのだが、二人に仲直りしてほしいと思っているためきっかけ作りに頑張っている。
名前が衆合地獄に来てから鬼灯に会う回数が増えたのもそのせいだ。
会う回数が増えようが相変わらず名前の鬼灯への態度は事務的なのだが。

「名前ちゃん、ご飯でもどう?」

名前が帰り支度をしているとお香がそう声をかけてきた。

「私でよければ、是非」
「名前ちゃんだからいいのよォ。行きましょ」

お香はこうしてよく名前を気にかけてくれる。
こんなお姉さんほしかったなぁ、と名前はぼんやり思った。

「最近鬼灯様とはどうなの?」

お香はこうして名前を食事に誘う度、いや暇さえあれば同じ台詞を投げてくる。

「またその話ですか...」
「だって...ねェ?気になるじゃない」
「何もありませんよ。ご期待に添えられず申し訳ないですが」
「そう...残念ねェ」

お香は本当に残念そうにしてお茶を一口飲んだ。

「お香さんこそ、鬼灯様とどうなんですか?」
「え?アタシ?なんでアタシと鬼灯様?」
「だって仲良いし...お似合いですし...」
「嫌ねェ鬼灯様はただの幼馴染であり上司よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「せっかく美男美女でお似合いなのに...」

名前は口を尖らせた。
早く誰かと鬼灯がくっついてしまえばいいのに、と思いながら。
そうすればまだ心の奥底で燻っている期待の心を完全に捨てられるからだ。
上司として接しているとはいえ、やはり鬼灯を目の前にすると昔の想いを思い出してしまう。
だが今は上司と部下だ、と自分に言い聞かせ、毎度悲しい気持ちになるのだ。
目の前にいるのに、まるで鬼灯が遠くへ行ってしまったかのような。

「名前ちゃんは鬼灯様のことどう思ってるの?」
「お香さんと同じようなものですよ。ただの上司です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「昔は?」
「え?」
「上司じゃなかった頃はどうだったの?」
「......なんで、知って...」
「黙っててごめんなさいね。貴女がこちらに来る前から鬼灯様から貴女のことは聞いていたの」
「...そうです、か...」

名前はテーブルに置かれている湯のみに視線を落とした。
今まで亡者から獄卒になったと嘘をついていたが全て見透かされていたのだ。
名前は異端視されたような気持ちになって思わず謝罪の言葉を口にした。

「...ごめんなさい、ぽっと出の得体の知れない女が重要な位置に付くなんて、やっぱり...」
「あ、違うのよ、変な目で見てるわけじゃないの。ただ貴女の気持ちが知りたいだけなのよ」
「私の...気持ち?」
「鬼灯様のことをどう思ってるのか」
「......内緒に、してくれるなら」
「もちろんよ」

名前はお香に自身の気持ちを全て打ち明けた。
本当はまだ心の奥底では好きだと思っていること、でもこの世界での鬼灯の立場を知って砕けた態度を取れなくなってしまったこと、鬼灯から寄ってこられても立場を考えて身を引いてしまうこと。

「好きで、悲しくて、つらくて、でも前みたいに接することができなくて、上司として接して自分の気持ちを誤魔化そうと、諦めさせようと頑張って、それでも忘れられなくて...」
「うんうん」
「っ......すみません、取り乱してしまいました...」
「いいのよォ。今までどこにも吐き出すことができなかったんだから」

要は両片思いなわけね、とお香は嬉しくなった。

「名前ちゃんは真面目だから、つらくなってしまうのよ」
「......そう、なんでしょうか...」
「鬼灯様はかなり上の立場にあるし、お顔も整っててお強いわ。だから自分の立場なんて考えずその隣を狙う女の人はたくさんいるのよ」
「...まぁ、そうですよね...」
「そんな中、立場をわきまえて身を引くなんてとっても謙虚で相手のことを思いやれる素敵な女性だと思うわよ?真面目な子じゃなきゃそういう考えにはならないわ」
「...、はい...」
「でも、相手の気持ちを無視するのは良くないわ」
「相手の気持ち...?」
「鬼灯様、貴女に何か言ってこなかった?」
「......いえ、特には...」

お香はドテ、と転びたい気持ちになった。
鬼灯が告白どころか事務的な行動を咎めるようなことすら言っていないということに。

「...でも、私今お付き合いしてる方がいるんです」
「...え!?」
「獄卒の方ではないんですけど...他の人と付き合ったら、忘れられるかなって」

お香は額に手を当てて項垂れた。
鬼灯が知ったらどう思うだろうかとか、このまま名前が今彼を好きになってしまったら鬼灯が報われなさすぎるとか、色々なことを考えた。
しかし別れなさいと言える立場にもないお香は、そうなのね、と認めてあげることで精一杯だった。


そして忘年会の日がやってきた。
毎年名前は色々な鬼から引っ張り凧になる。
各部署を点々と歩いて来た名前は、可愛くて愛嬌があってでも謙虚で真面目な気持ちを忘れない姿勢が大人気なのだ。...特に男性の間で。
そして酒を気持ち良く飲ませてくれるところも評判だ。
相手を立て、軽い冗談を交わしながら場を盛り上げる。
飲酒を強要されても、快く引き受けるか無理なようであれば上手く躱す。
なので今日もあちこちに引っ張られては接待のように場を盛り上げた。

一通り席を回った後、名前はトイレへ行く振りをして外へ出た。
少し飲みすぎて風に当たりたかったからだ。

「(水...飲まなきゃ...明日に響いてしまう...)」

だが体が重く、そのままずるずると外のベンチに座り込んだ。
ぐるぐるする視界を手で覆い項垂れていると、隣に誰かが座る気配がした。
隣を見ると、いつも忘年会ではそんなに絡まない鬼灯が座っていた。

「貴女は酒が弱いんですから、無理はいけませんよ」

そう言って鬼灯はミネラルウォーターのボトルを手渡してきた。

「...ありがとう」
「どういたしまして」
「、っあ......ありがとうございます、」
「.........」

感謝の言葉を敬語に言い換えた名前に鬼灯は心が痛んだが、気にしていないような素振りで煙管を蒸し始めた。
名前は血中のアルコール濃度を薄めようと、ゴクゴクと水を飲んだ。

「研修はどうですか?」
「はい。おかげさまで楽しくやらせて頂いてます。どこに行っても皆さん優しいですし...」
「...そうですか、良かったです」

店の中からはワイワイガヤガヤと宴会を楽しむ声が聞こえる。
店の外は暮れのせいかほとんど人が歩いておらず、静かだ。
名前は何か気を遣って話をしなければ、と思うが、酔っているせいか中々話題が出てこない。

「...ほ、鬼灯様は、お酒はお強いんですか?」
「私に限らずですが、鬼は皆強いんですよ」
「そうなんですか、初耳です。羨ましいですね、私も強くなりたいです」
「女性はちょっと弱いくらいの方が可愛いんですよ」
「そういうものなんでしょうか」
「そういうものです。お持ち帰りしたくなります」
「、......あ、あはは...」

昔の名前なら「何言ってんのスケベ!」なんて言い返しができたかもしれないが、適切に距離を保つようになってしまった今、どう返せばいいのか分からなくなってしまいとりあえず笑っておいた。

「何言ってんのスケベ、って言わないんですか?」
「あはは、ま、まさかぁ...鬼灯様はそんなこと軽率にされないでしょうし...」
「分かりませんよ?なんなら今から貴女をお持ち帰りしましょうか?」
「、ほ、鬼灯様は私なんかのこと持ち帰りませんよ...」
「何言ってるんですか?」
「私なんてただの部下ですし、もっと適任の女性がいます」
「さっきから聞いていれば...そういうテンプレの答えが聞きたいわけじゃないんですよこっちは!」

あまり怒らない鬼灯が怒っているのを初めて目にして、名前は驚いて目を見開いた。

「いい加減にしてください。ナメてるんですか?」
「...め、滅相もございません...」
「だからそういうとこですよ!」
「えぇ...」

店内からは先程より盛り上がっている声が聞こえた。
このままここで会話を続けるべきではないと判断した鬼灯は、場所を変えましょうと名前を誘って移動した。

名前が連れてこられたのは閻魔庁の金魚草畑だった。
名前は昔まだ閻魔庁にいた頃通るたびに気持ち悪いなぁ、と思っていたが、今見てもやはり気持ち悪かった。
二人で階段へ腰を下ろすと、鬼灯は気を落ち着かせるために再び煙管を蒸した。
煙が風に乗って名前の方へふわりと流れ、名前は一緒に寝ていた頃の懐かしい香りに胸が甘く疼いた。

「(もうそこまで近付くことも、なくなったもんなぁ)」

鬼灯にとっては何千年も生きている中のほんの数年距離が離れただけだが、何十年しか生きていない名前にとっては長い数年だった。
未だに酔いが醒めない名前は回らない頭でぼんやりと昔のことを思い出した。

「(あの頃は楽しかったなぁ...。どうしてこうなってしまったんだろう...。あ、私のせいか...)」

名前は自身の自業自得さを嘲笑うかのように小さく笑った。

「(寂しいけど、いいんだ、これで)」

いつか鬼灯を完全に忘れて私のことを考えてくれる優しい男性と結婚して、引退しよう、そんなことを考えていると。
いつの間にか煙管を片した鬼灯が階段の上に置かれていた名前の手に上から手を重ね、軽く握った。

「っ......」

名前は一瞬ドキッとしたが流されることなくバッと手を引くと、鬼灯が眉根を寄せて名前を見た。

「なんで拒否るんですか」
「......手を繋ぐ理由が見当たりません」
「はぁ?昔散々、」
「私と鬼灯様はもうただの上司と部下です。それ以外のなんでもありません」
「誰がそんなことを言ったんですか?」
「言ってません。私が決めたことです」
「.........」

鬼灯はその言葉に呆れ、溜息をついた。
そんなことだろうと思った、と思いながら。

「確かに貴女は私の部下です。ですがそれ以外のなんでもないということはないでしょう」
「なんでも、ないですよ...」
「忘れてしまったんですか?昔のこと」
「......忘れるわけ、ありません」
「.........」
「忘れられたら、こんな苦しい思いはしてません」

名前は懐から茶封筒を取り出した。
いつか鬼灯に渡そうと思っていた物だ。

「...これをお受け取りください」
「なんですかこれは」
「こちらに来た時に買って頂いた分をお返しします」

鬼灯がバシッとその封筒を手で払った。
封筒は階段の下まで落ちていった。

「おちょくってるんですか?誰が返せと言いました?」
「.........」
「そうすることによって私の気持ちを踏み躙ってることに気が付かないんですか?」
「.........、」
「貴女は全然分かってないです、私がどういう気持ちで面倒を見ると言ったか。見返りなんて求めてないんですよこちらは」
「...では、どうしたらいいんですか、私は...」
「黙って面倒を見られてろと言いましたよね」
「そういうわけにも...」
「あぁ、それとも面倒を見てくれる男性が見つかりましたか?」
「っ...!?」
「風の噂で聞いていますよ。休日貴女が男と歩いているとか、仕事終わりに食事に行ってるとか。だからネックレスも付けてくれないんですね」
「...ごめんなさい、」
「収入がどんなものか知らないですけど、良かったですね面倒を見てくれてしかも気長に待ってくれる男が見つかって」
「っ...そんな言い方...!」
「貴女のことですからどうせ寂しくて付き合ったとかそんな所なんでしょうけど」
「.........」
「貴女は寂しいからって誰とでも付き合うような女なんですね、見損ないました」

鬼灯は寂しいのなら何故私と付き合ってくれないのか、と思いつつも、口から出てくるのは彼女を責める言葉ばかり。
ふと名前を見ると目に涙を浮かべながら泣くまいと必死に堪えていた。

「私の、気持ちも知らないで...っ!」
「そっちこそ」
「鬼灯くんなんて嫌い!大嫌い!もう知らない!」

鬼灯は昔のような話し方をされたことに驚いたが、その間に名前は走ってどこかへ行ってしまった。
地面に払い捨てられた茶封筒を拾い、懐に入れて鬼灯は自分の部屋へと戻った。

数日後、名前が寮に帰ると扉の下の隙間から入れられたのか、茶封筒が部屋に落ちていた。
それを見て名前はなんとも言えない気持ちになり、はぁと溜息をついてベッドに寝転んだ。



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