「私は学校に行ってくるから、誰かが来たらクローゼットに隠れて扉を閉めて。絶対に開けちゃダメよ」

名前は丁にそう言い残して学校へと行ってしまった。

「(暇ですねぇ...)」

余計な家事をして名前の両親とやらにバレてしまってはどうしようもない、と思い、丁はひたすらゴロゴロしていた。
昼食は名前がお弁当を作ってくれたので問題はない。
丁はしばらくゴロゴロしていたが、あまりにも暇なので部屋を物色することにした。
まず目をつけたのは大量に本がしまってある本棚だった。

「(...なんですかこの字は...読めない...)」

ぱらぱらと数冊捲り、時々描いてある精密な絵に驚いた。
だが読めない文字を見るのも飽きてしまい、本棚を物色するのはやめた。
次に目をつけたのは丁の身長くらいの高さのある机だ。
机の上は整頓されており、机に付いている本棚には先程より大きめの冊子が何冊も入っていた。
読めないとわかりつつも、椅子によじ登りそれを手にとってみた。
三角の図形が描かれているものや、やたらとリアルな地図が描かれているもの、本物のような絵が描かれているものなどを珍しげに見つめた。
他にも部屋にあるありとあらゆるものを物色し、見つけては好奇心を抱き、そうやって時間を潰しているうちにあっという間に夕方になっていた。
1階でドアが開く音がして、丁は名前と違う人だったらマズイと思いクローゼットに隠れて扉をそっと閉めた。
息を潜めて様子を伺っていると、トントンと人が2階に上がってくる足音がする。
名前の部屋のドアがガチャリと開いた。

「丁くん、ただいまー」

名前の声を確認しほっとすると、丁はクローゼットの扉を開けて外に出た。

「えらいね、ちゃんと隠れて」
「人に見られてはたいへんですから」

名前はバッグを置くと丁の頭をひと撫でして、部屋着に着替えようと制服を脱ぎ始めた。

「!!」

丁は恥ずかしくなりくるりと後ろを向いたが、名前はそれには気付かず呑気に着替えた。

「よしっ。ご飯作っちゃうね。あ、お風呂先に入っちゃおうか」

丁はお風呂のお湯が溜まるまでの間、部屋にあった奇妙なものたちの説明を求めた。
これはなに、あれはなに、と興味津々に聞いてくる丁に、名前は微笑んで答えてあげた。

「今度、文字を教えてあげようか」
「本当ですか!?」
「うん。読めれば暇つぶしにもなるかなーって」
「ありがとうございます!」

丁はそれが楽しみなのか目をキラキラと輝かせ、それを見て名前は再び微笑んだ。
と、そこにお風呂が湧いた合図の音が聞こえた。

「さ、お風呂入ろっか」

にこにこと笑う名前を目にして丁は逃げたかったが、力でも口でも勝てないことを昨日身をもって知ってしまったため、諦めて一緒に入ることにした。
今日は名前も一緒に体を洗うつもりなのか、堂々と裸になった名前に丁は目のやり場に困った。
黙って全身を洗われ、初めて浴槽というものに入れられて感動した。
横で体を洗う名前は見ないようにして。

「さ、お邪魔しまーす」
「うぇえっ!?一緒に入るんですか!?」
「いいじゃない」

わーっと丁が目を覆うと、名前が浴槽に入ってきてザバァとお湯が溢れた。

「丁くんって、年齢の割にマセてるよね」
「ませてるとは、どういう意味ですか?」
「大人びてるね、ってことだよ」
「そうでしょうか...」
「兄弟とかもいないの?」
「はい。一人です」
「そっかぁ...」

名前は何も言えなくなってうーんと考え込んでしまったが、あっと何かを閃いたように丁に向き直った。

「じゃあ、私がお姉さんになってあげるよ!」
「ええぇ...」
「ええぇってなにさ...ダメ?せめてこっちにいる間だけでもさ!」
「家族というものが、どんなものなのかわかりません」
「これから知ったらいいよ」

名前はにこ、と微笑んで丁の頭を撫でた。
10数えたら出ようね、と声をかけてきっちり10を数えた後、二人で浴室を出た。
ドライヤーをつけて髪を乾かすと、やはり初めてのことなのかとてもびっくりしていた。
丁の髪を乾かすと先に部屋に戻るよう伝え、名前も自分の髪を乾かした。

「さてと、なに作ろっかなー」

名前はキッチンに行くと、冷蔵庫の中を見てメニューを考えた。
料理は好きだが、あまり凝ったものを作っても食べなかったら意味がないし、無難に子供が好きそうなオムライスを作ることにした。


「ご飯できたよ〜」

2階に出来上がった食事を持って行くと、復習のために出しておいた教科書とノートを読んでいた。

「今日のご飯はオムライスでーす」
「おむらいす?」
「ご飯の上に卵が乗ってるんだよ」

丁は得体の知れない食べ物をじっと見ていたが、いただきます、と名前が言い食べ始めると、丁も恐る恐る食べ始めた。

「...!」
「どう?」
「おいしいです...!」
「よかったー」

丁は美味しいと分かるとばくばくとそれはもう美味しそうに食べるのだった。
そんな丁を見て名前は可愛いなぁと思いながら自分も食を進めた。


「ごちそうさまー」
「...その、いただきますとごちそうさまってどういう意味なんですか?」
「うーんとね、色々な意味があるんだけど...いただきますもごちそうさまも、自然の恵みに感謝したり、材料を作ってくれた人に感謝する気持ちで言う挨拶、っていうのかな...難しいな...」
「なるほど...」
「(伝わったのか...な...?)ま、まぁほら、大人になったらわかるよ!たぶん!」
「勉強になります」
「明日からもっと色んなこと教えてあげるからね〜」

丁は名前のその言葉に期待が膨らみ、明日を迎えるのが楽しみになった。
そして思いを馳せながら少し狭めのクローゼットで眠るのだった。



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