鬼灯が名前の世界に来てもうそろそろ一ケ月になる。
最近鬼灯はそのことばかり考えていた。
時期で言えばもう少しで元の世界に帰ることになる。
たった3日とはいえ、業務が心配だ。
しかしようやく会えた名前と離れるのも心残りだった。
仕事は心配、でも帰りたくない。
矛盾した思いに鬼灯は困惑していた。

「(いっそ連れて帰りたいですねぇ...)」

そんなことを考えながら壁を見ていると、ふとあることに気付いた。
月が変わり捲られたカレンダーには、ある日付が赤いハートマークで囲われていた。

「これ、なんですか?」
「え?どれ?」

お風呂から出てきた名前にそれを訊くと、名前はあぁ、と苦笑いした。

「私の誕生日だよ」
「自分大好きなんですねぇ」
「違うわい!デートの約束してたの。元彼と。別れちゃったからもうハートマークも関係ないかな」

鬼灯は顎に手を当て考えた。
その名前の誕生日まではあと10日ほどある。
何か祝ってやりたいが、その日までいられるかどうかわからない。
プレゼントだけ買っておいて帰る兆候が現れたら渡すのもアリかと考えた。

「あーなんか暑くてアイス食べたくなってきちゃったなぁ。コンビニ行かない?」
「太りますよ」
「女の子はちょっと太ってるくらいのがかわいいんです〜!」

そう言って名前は出掛ける(といってもラフな)格好に着替え、財布と携帯だけ持って出掛けようとした。

「こんな夜中に一人で出歩くつもりですか。私も行きます」
「大丈夫だよーいつもそうだし」
「そういう危機感の無さがダメなんです。着替えるのでちょっと待ってなさい」

鬼灯はすぐに着替えて財布を持って出てきた。
二人で他愛ない話をしながら歩いて10分弱の距離にあるコンビニへと向かった。
コンビニに着くと、アイスを買いに来たはずの名前はあれもこれもと酒やツマミなども買い始めた。

「アイスを買いに来たんじゃなかったんですか?」
「コンビニ来ちゃうとついね...」

名前は鬼灯と店内を回り、最後に雑誌コーナーを見た。
特に気になる雑誌はないと思いレジに行こうとしたが、ふとその隣にある成人雑誌のコーナーが目に入り、鬼灯をからかってやろうなどという考えが浮かんだ。

「買ってあげよっかァ〜?」

親指で成人雑誌コーナーを指し、からかうような笑顔で鬼灯にそう言った。

「買ってくださるのは有難いですが、その後の責任もきちんと取ってくれるんでしょうねぇ?」

名前は言葉の意味を理解すると顔を赤らめてサッと身を引き、すいませんでしたと素直に謝った。
会計を済ませ、二人は家に向かって歩き始めた。
名前は先程のやり取りを思い出し、疑問を鬼灯にぶつけた。

「鬼灯くんって、性欲ないの?」
「はぁ?キレますよ」
「こわっ。だってエロ本欲しいとか言わないし私と一緒に寝ても何もしてこな...んぐ」

鬼灯は名前が全てを言い切る前に片手で名前の両頬を掴んだ。

「それ以上言うとマジで犯しますよ」
「ふ、ふみまへんへひは...っはぁ...」

名前は鬼灯に解放されて頬をさすった。

「いたいなぁもう...」

我慢しているこっちの身にもなれ、と鬼灯は思いながら足早に歩いた。

「まってよ〜」
「...あれ?名前?」

名前が鬼灯を追いかけて隣に並ぶと、前方から自分の名前を呼ぶ声がした。

「......だいちゃん...」

だいちゃんと呼ばれたその男は名前の隣にいる鬼灯に気付いた。

「え?それお前の彼氏?」
「いや......」
「今彼さん、そいつなんもさせてくれねーだろ、つまんなくない?」
「っ......」
「お前もお前でよく誰かと付き合う気になるよな、相手に申し訳ないとか...」

男が最後まで話し切る前に、鬼灯が思い切りその男を殴った。

「ほっ鬼灯くん!」
「名前に触れてもらえなかった可哀想な男のくせにどの口を叩いてるんですか?」

鬼灯は倒れた男の胸倉を掴みながらそう言った。

「なんだよじゃあお前はよろしくやってんのか?」
「ええおかげさまで。触りまくってますよ」
「ちょっ、鬼灯くんてば...!」

名前に止められて、鬼灯は悔しそうな顔をしている男を道に放り投げ、名前の手を引いて足早にそこを後にした。
名前も鬼灯も家に帰るまで黙って歩いた。
名前は先程言われた言葉を心の中で繰り返し、だんだんと悲しい気持ちになってきた。
家に着くと名前は買ってきたものを冷蔵庫と冷凍庫にしまい、アルコール度数の強いチューハイ缶をテーブルに置いた。
そして鬼灯が何かを言う間もなく蓋を開けてグビグビと飲み始めた。
半分ほど飲んだ頃、息ができずに苦しくなったのか缶を置いて一息つき、鬼灯はすかさずその缶を取り上げた。

「うっうっ...」

そして名前は椅子に座り机に突っ伏して泣き始めた。

「どうせっ...どうせ私なんて...っ」
「あんな男の言葉なんて真に受けなくていいんですよ」
「どうせ私はっ...つまんねー女ですよー、だ...」

わんわん泣く名前の頭を鬼灯は撫でたが、がばりと名前は起き上がって感情をぶつけた。

「どうせ鬼灯くんも私のことつまんないとか思ってるんでしょぉっ...!」
「どうせどうせうるさいですよ。そもそも私は貴女と付き合っていません」
「付き合ったらつまんないって言うんでしょぉ...!」
「言いませんよ」
「嘘だぁ......」

名前はしくしくと泣きながら顔を覆った。

「私ならじわじわと慣れさせて自分好みに染め上げます」
「............ええ...?」

鬼灯の思わぬ言葉にぴたりと泣くのをやめ、名前は顔を上げて潤んだ瞳で鬼灯を見つめた。

「頼んだらなんでもすぐやってくれるような、他人の色に染まった聞き分けのいい女こそつまらないですよ」
「.........え...」

名前は頭の整理がつかず、鬼灯を見つめたまま黙ってしまった。
鬼灯は名前に手を伸ばし頬を流れる涙を指で拭った。

「...染めて差し上げましょうか?」
「っ......」

その言葉を聞いて名前はじわじわと頬を染めた。

「そしたら今よりもっと面白い女になれますよ」

鬼灯は両手で名前の涙を拭ってやった。

「貴女は本当によく泣きますねぇ」
「......鬼灯くんの前でだけだもん」

名前は鼻をすすりながら時間をかけて気持ちを落ち着かせた。

「......ごめん」
「大丈夫ですよ」

慰めるように鬼灯は名前の頭を撫でた。

「鬼灯くんみたいな優しい彼氏ができたらいいのになぁ」
「...そうですね」
「なんで鬼灯くんそれで彼女いないの?」
「さぁ、なんででしょうね」

貴女が付き合ってくれるなら今すぐできるんですけどね、と心の中だけで答えた。



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