ある日、いつも遅い時間に帰ってくる名前がいつもより早く帰ってきた。

「おかえりなさい。早いですね」
「うん...具合悪いから定時で上がってきた...」

名前は眉根を寄せてフラフラとしている。
フラフラと頼りない足で寝室へ行くと、扉を閉めるのも忘れてスーツを脱ぎ始めたので鬼灯が思わず扉を閉めた。
少し経った後ガラッと扉が開くと、名前は暑い時期にも関わらずスウェットを着ていた。

「寒いんですか?」
「うん...寒い...」

鬼灯は名前に近寄り額に手を当てた。

「熱いですね」
「ご飯いらない...食欲ない...」
「まだ作ってないですけど、何か口にした方がいいですよ。お粥作るので少し寝ててください」
「うん...」

名前は返事をするとまたフラフラと歩いて寝室へ戻っていった。
鬼灯はキッチンに立ちお粥を作り始めた。
そういえば昔看病されたことがあったな、と昔のことを思い出しながら。
サッとお粥を作り終え、テーブルに器を置いて名前を呼びに行った。
名前は席に着いたが、器を見つめるだけで食べ進める様子がない。
鬼灯はその器を手に取り、レンゲで一口掬って名前の口元に持っていった。

「っ、ちょ、自分で...」
「自分で食べ始めそうにないのでこうしてるんです。早く口を開けなさい」

優しくない、と名前は思ったが、観念して口を開けた。
もぐもぐと口を動かし咀嚼した後、目を見開いて美味しい、と感動したように言った。
それでも食欲はなかったようだが、なんとか半人前程度のお粥を完食した。

「美味しかった。ごちそうさま」
「よかったです」
「あぁ......明日仕事に響いたらどうしよう......」
「明日も行くつもりなんですか?」
「当たり前だよ...風邪くらいで休んでらんないよ」

名前は体がだるいのか机にうなだれた。

「寝るならベッドで寝なさい」
「お風呂...入んないと...」
「そんな状態で何言ってるんですか」
「だって明日も仕事だもん...」

名前ははぁ、と溜息をついたあと、意を決したように立ち上がりのそのそとお風呂場へ歩いて行った。
いつもより少し遅く風呂場を出てくると、名前は体をさすりながら歩いてきた。

「お風呂入ったのに寒い...!」
「もう薬飲んで早く寝なさい」

名前はお風呂に入って体力を使ったのか、寝室まで辿り着けずソファに寝転んでしまった。
鬼灯は名前に近寄った。

「薬はどこにありますか?」
「テレビの下の...救急箱...黄色い粒の...」

鬼灯は名前に言われた通りその薬を探し出し、キッチンから水の入ったコップを持ってきてソファの前のローテーブルに置いた。
そしてうつ伏せに寝ている名前を起こし、薬を名前の口に入れて水を手渡した。
なんとか薬と水を飲み込んだが、疲れているのか支えてくれている鬼灯に寄りかかった。
鬼灯はそんな名前の頭を撫でてやった。

「...昔看病してくれた時はあなたがお姉さんでしたが、今ではもう私の方がお兄さんですね」
「うう...そんなことないもん...」

鬼灯はそのまま名前を横抱きにし、寝室のベッドへ下ろした。
布団をかけてやると寒いのか潜ってしまった。

その後鬼灯も食事と風呂を終え寝る準備をし、リビングの電気を消して寝室へ入った。
名前は相変わらず潜っており、鬼灯の分まで掛け布団を巻き取っていた。
鬼灯は起こすのは気がひけるのでゆっくりと掛け布団を引っ張った。

「......んん...」
「すみません、起こしてしまいましたか」
「ん...大丈夫...」

名前は掛け布団に気付くと巻き付くのをやめて鬼灯にかかる分を返した。

「......さむい...」
「大丈夫ですか?」

鬼灯はベッドに膝をついて名前の首元に手を当てた。まだ熱い。
鬼灯は確認を終え手を引こうとしたが、名前がその手を掴み、自らの頬へ引き寄せた。

「...あったかい...」

鬼灯はこの状況はあまり良くないと思い、もう寝なさいと告げて今度こそ手を引いた。
名前の隣に寝転び、名前に背を向けた。
名前はしばらくもぞもぞとしていたようだが、やがて後ろから静かな寝息が聞こえてきた。
鬼灯は仰向けになりちら、と名前を見て、やはり良くないと思って再度背を向けた。
弱っている女性、しかも好いた女性を見ているとつい手を伸ばし抱きしめたくなるのだ。
もちろんいやらしい意味ではないが、いやらしいものに変わってしまう可能性もなくはない。

鬼灯は再度この世界に来て、名前と再会してから自分の名前に対する想いに確信を持ってしまった。
高校生だった名前と別れて帰ってきてからは、ちょっと好きかも?程度にしか思っていなかったが、いざ会ってみたらその想いは一気に膨れ上がった。

「(なのに人の気も知らないでこの状況ですよ)」

鬼灯はあまりにも呑気すぎる名前に呆れていた。
名前は前に会った時から良い意味でも悪い意味でも変わっていない。
いっそ無理矢理にでも犯してしまえば警戒心を持つようになってくれるだろうかとも考えたが、名前を傷付けるのも嫌だし名前に嫌われることも嫌だった。

「(まぁ、一カ月の辛抱ですね...)」

鬼灯はそう考えて寝る努力をした。


鬼灯がうとうととしてきた頃、鬼灯は名前が起きる気配を感じた。
知らないうちに布団がめくれて寒かったのか、布団を引き寄せ再び寝る体勢に入った。
鬼灯は落ちかけていた意識が一瞬浮上したが、名前が眠ったと感じると再びうとうとし始めた。
そのまま意識を手放そうとすると、再び名前が動く気配がし、鬼灯の腰あたりに手が伸びてきた。

「!?」

鬼灯は驚いて目を見開いた。
名前はそのまま手を鬼灯の前に回し、きゅっと抱きついて鬼灯の背中に頭を擦りつけた。

「......名前、さん...?」

返事はなかった。
寒いと言っていたから寝ぼけて暖を取りに擦り寄ってきたのだろうと予測できた。

「(本当に危機感のない人ですね...)」

起こして注意することもできたが、それはできなかった。
起こすのが可哀想だというのが建前で、満更でもないというのが本音だった。
鬼灯は名前が眠っているのをいいことに、腹にある名前の手の上に自分の手を重ねた。
明日が休日であることに感謝し、鬼灯は眠ることを諦めた。

翌朝。
いつのまにか意識を手放していた鬼灯が起きると、もう名前は離れていた。
時計を見ると6時30分を回ったところだ。
名前を見ると暑そうに布団を剥ぎほんのりと汗をかいていた。
鬼灯は起き上がって身を整えると朝食を作り始め、食べ物のいい香りがしてきた頃、名前は目を覚ました。

「......あっつ...」

名前は布団を剥いで起き上がった。
スウェットの下は汗だくだ。
ガラリとリビングへ通ずる扉を開けると鬼灯が朝食の用意をしていた。
きちんと新聞まで置いてある。

「(秘書かな??)」
「おはようございます、具合はどうですか?」
「おはよう。熱っぽいしだるいけど、寒いのはなくなった。汗やばいから先シャワー浴びてくる」

そう言って名前はシャワーを浴びに行った。
鬼灯は椅子に掛け、昨夜のことをぼんやりと思い出していた。
...もしあのまま、自分が彼女を組み敷いて、あの可愛らしい唇にキスをして、その続きまでしていたら...?

「(泣いて嫌がるのがオチ、ですね...)」

鬼灯はふぅと溜息をついて、自分の辛抱強さを褒め讃えた。
好いた女性ができること自体かなり久しいのだ。
もし名前に過去のトラウマがなかったらこんな状況だ、とっくに手を出しているであろう。
鬼灯はありがたいと思え、と身勝手なことを考えた。
その後シャワーから出てきた名前と共に朝食を取った。

「私、鬼灯くんみたいな旦那ほしいなぁ」
「なんですか藪から棒に」
「ご飯美味しいし、面倒見いいし」
「私は主夫は嫌ですよ」
「あーそっかぁ...」
「あとその男性嫌いをなんとかしないと結婚は難しいですよ」
「ぐっ...ですよねぇ...でもどうしようもないんだもん...どうしろってのさ...」

名前は器用に朝食を食べながら新聞を読み、鬼灯と会話している。
行儀が悪いからやめなさい、と注意したかったが、おそらくこれが彼女の日課なのだろうと思い黙っておいた。

「嫌いな食べ物と同じで慣れるしかないですよ」
「そんな気長に慣れさせてくれる人実際にいないって〜」
「(私がそれに付き合ってやると言ったところで挑戦するとも思えないですけどね...)」

鬼灯はそれについて具体的な解決策を提示することなく、身支度をした名前を見送った。



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