最寄駅に到着し、5分程歩いたところに名前の家はあった。
5階建てのマンションで最上階の角部屋だ。
名前が鍵を開け扉を開いてどうぞと招くと、ふわりと女性の部屋の香りがした。

「お風呂、先入ってきていいよ?」
「申し訳ないですがそうさせてもらいます」

鬼灯は自分が汗臭いのが耐えられなかった。
さっさと身を綺麗にし、名前に触れ...

「(......今何を考えた...?)」

作業着を脱ぎ上半身裸になったところでピタリと固まった。
顎に手を当て考え込んでいると、コンコンとノックが聞こえた後返事を待たずに脱衣所の扉が開いた。

「鬼灯くん、服......」

名前は鬼灯の筋肉質な上半身を目にするとうわぁ!と言って扉を閉めた。

「ご、ごめん!まだ脱いでないかと思って!!」
「...大丈夫ですよ。服がなんですか?」

そう問うと名前は扉を少しだけ開け、中が見えないよう扉に隠れて先程の続きを訊いた。

「...服、洗う?乾燥機あるからすぐ乾くし...」
「有り難いです。洗濯機に入れておけばいいですか?」
「うん。後で新しい服も置いとくね」
「ありがとうございます」

名前は扉を再度閉め、元彼の置きっ放しだったTシャツとハーフパンツと、未使用のボクサーパンツを手に取った。
鬼灯が浴室に入ったのを音で確認してから中に入り、着替えをカゴに置いて、ついでにお急ぎモードで洗濯機のスイッチも入れた。
よし、と一息つくと、名前は冷蔵庫の中身を確認した。

「(簡単だけど栄養があって美味しいもの...)」

瞬時に献立を考え、鬼灯が出てくる前に素早く作り上げた。

鬼灯が風呂から出ると、ご飯のいい香りが部屋に充満していてお腹が鳴った。

「お風呂ありがとうございました」
「いえいえー。さ、ご飯食べよ?」
「...これ、作ってくれたんですか?」

ダイニングテーブルに並ぶ料理はどれも美味しそうだった。
ホカホカのご飯、昨日の残りのお味噌汁、作り置きしておいたささみとほうれん草の胡麻和え、焼き鮭、そして肉じゃが。
久々に見た和食、しかも人の手料理に鬼灯は感動して思わず手で目元を覆った。

「あ、もしかしてもう夕飯食べちゃった?」
「...食べましたけど、食べたうちに入りません。作ってくれてありがとうございます」
「鬼灯くん、どうせコンビニ飯とかしか食べてないんだろうな〜と思って。ご飯もお味噌汁もおかわりあるからいっぱい食べてね!」
「コンビニ飯のがまだマシですよ...」
「え?どういうこと?」
「まぁそれはまた後で話します」

いただきます、ときちんと手を合わせ、鬼灯は料理を美味しそうに頬張り、無我夢中になって食べた。

「(そんなにお腹すいてたのかぁ...)」

名前は鬼灯がまだ丁だった頃のことを思い出した。
あの頃は出てくる食べ物なんにでも感動して、がつがつと食べていたっけ、と。
鬼灯はそんな名前の視線を気にすることなく、お味噌汁とご飯を一度おかわりしてから全て平らげた。

名前は食器を片付け、二人分のコーヒーを入れて再び椅子に座った。

「会うのすごい久しぶりだねぇ」
「そうですね。こちらでは何年くらい経ったんですか?」
「最後に来たのが私が高2の時だったから...8年前かな?」
「かなり経っていますね。今は仕事を?」
「うん。高校卒業して貯めてたお金ですぐ家を出て、仕事始めてそれからずっと同じ仕事してる」
「えらいですね」
「そんなことないよ。鬼灯くんは...目つきというか...なんかオーラが変わったよね」
「官吏になって結構経ちますからね」
「官吏!?」
「はい」
「はええ...すげえや...」

名前は鬼灯がかなり偉いであろう立場にいることに驚いた。
鬼灯はそんな名前に手を伸ばし、髪に優しく触れた。
やっと触れられた、と無意識に思い、胸にとくんと甘いものが広がるのを感じた。

「...髪、切ってしまったんですね。せっかく綺麗な髪だったのに」
「あー...邪魔だったのもあるけど、仕事で髪を結ばなきゃいけないのが嫌で...」

鬼灯が名前の髪でくるくると遊ぶと、名前は少し照れてほんのり頬を赤く染めた。

「そ、それにしてもいい食べっぷりだったねぇ!」
「まともにご飯を食べたのがものすごく久しぶりでして」
「普段何食べてるの...?」

鬼灯は名前に今の自分の状況を話した。
この世界に訪れたところから始まり、仕事を見つけ、働けたのはいいものの劣悪な環境というところまで。
名前は聞いている途中から眉を下げ目に涙を浮かべ始め、全て聞き終わる頃にはボロボロと泣いていた。

「よく泣きますねぇ」
「だってぇ...」

鬼灯は名前の頬に手をやり親指で涙を拭ってやった。
ああ、やっと涙を拭うことができた、と鬼灯は思った。
名前は鬼灯の手を取り手のひらを見遣った。

「こんなに手をボロボロにしてぇ...うっ...」
「母ちゃんですか」
「姉ちゃんだよぉ!」
「手のかかるお姉さんですね」

鬼灯は名前の頭をよしよしと撫でた。
そんな良い雰囲気の中に、乾燥機が終了した合図が鳴り響いた。

「...もう戻らないと」
「え...戻る、の...?」
「働かないとこの世界では生きていけません」
「なんで...?私のところにいればいいじゃん...」
「そういうわけにも...」
「お願い...面倒見てあげるからっ...!そんなとこ戻らないでぇ...」
「.........」
「これ以上鬼灯くんが辛い思いするの見ていたくないよ...っ!」

そう言って再度泣き始める名前に、鬼灯は溜息をついた。

「あのですね、もうお互い子供ではないんですよ。男と住むということがどういうことかわかってますか?」
「...わかってるけど...鬼灯くんは絶対そんなことしないもん...」
「(ほう...)」

鬼灯はそれを聞いて目を細め、腕を組んだ。

「...あまりこういうことは言いたくないですけど。そういう危機感の無さのせいで今まで痛い目を見ていたこと、分からないですか?」
「っ......」
「絶対にそんなことしないと、父親に対しても思っていませんでしたか?」
「っ......やめて...」

名前は恐怖感を思い出し怯えたのか、顔を覆って縮こまってしまった。
鬼灯は小さく溜息をついた後、脱衣所に行き乾燥機から作業着を取り出して着替えた。
染み付いた汗臭さは消えていた。
再びリビングに戻り、縮こまっている名前の頭をポンポンと撫でた。

「食事とお風呂と服、ありがとうございました」

そう言って頭から手を離し、玄関の方へと向かった。
気持ちを切り替えながら揃えられた靴を履いていると、背中に軽い衝撃があった。
名前が鬼灯の背中に額を当て、裾を掴んでいる。

「......それでも、やっぱり...やだよ......」
「.........」

鬼灯は再び何度目かの溜息をついた。
くるりと後ろを向き名前の濡れた頬を指で拭ってやった。

「わかりましたよ」

名前が顔を上げた。

「ただし、今日は帰ります」
「...なんで?」
「荷物が置きっ放しです。...あと、このままでは貴女にまで被害が及びそうなので...ケジメをつけてきます」
「ケジメって...やだ、死んじゃ...」
「私を誰だと思ってるんですか?今すぐ貴女を組み敷いて無理矢理することだってできるんですよ」

それを聞くと名前は少し後ずさった。

「...冗談ですよ。明日の夜、また来ます」

そう言い残し鬼灯は扉の向こうへと行ってしまった。


鬼灯が名前の家から歩いてプレハブ小屋へ戻ると、皆寝静まっていた。
音を立てないよう自分の寝床へ戻り、来た時に着ていた着物に着替えた。
所持品をチェックし、少ない給与を懐に仕舞って、そっとプレハブ小屋を出た。

「どこ行くんだよ」
「...おや。探す手間が省けました」
「...なんだァ?その耳と角は」

鬼灯が帰ってこないという報告を受けていたのか、外で現場責任者が待ち伏せしていた。

「このまま大人しく寝るんだったら見逃してやろうかと思ったけどよ、」
「あぁ、私今日付で辞めます」
「ふざけてんのか?」
「ふざけてません」
「簡単に逃げられるとでもっ....」

鬼灯は殴りかかって来た相手を避け、バランスを崩した相手をそのまま組み敷いた。
そして両手を片方の手でガッチリと拘束し、もう片方の手で首を絞めた。
現場責任者は全くびくともしない力に恐怖心を覚えた。

「このまま死ぬか、私を辞めさせるか、どちらがいいですか?」
「っ...っ....!」

現場責任者は首を絞められていて上手く話せないようだ。
そうしている間にもどんどん頭に回る血は薄れていく。

「っ、...めて、い...っ」
「聞こえませんねぇ」

現場責任者は頭に血が回らなくなってきたのか、段々と意識が薄れてきた。
鬼灯が少し力を緩めると、苦しそうな声を出して意識を取り戻した。
そして再度力を入れる。

「や...めて、いっ...い....」
「私の周りの人間に手を出したら、どうなるか分かってますね?」

現場責任者はコクコクと頷いた。
鬼灯はそれを確認すると手を離して立ち上がった。
現場責任者はゲホゲホと必死に呼吸をし、苦しんでいる。
もう襲いかかって来る様子はない。

「お世話になりました」

そう言って鬼灯はホモサピエンス擬態薬を飲み、街中へと消えていった。



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