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空は黒い雲で覆われ、ゴロゴロと雷が鳴り、土砂降りのような雨が降り注いでいた。
名前と鬼灯はベランダの窓をぼんやりと眺めていた。

「...今日、帰るかもしれませんね」
「...うん、そんな気がする」

ピカッと窓の先で光り、数秒してゴロゴロと音が鳴り響いた。

「...寂しい、な...」
「...そうですね」

鬼灯は名前の現状を助けられなかったことを悔やんでいた。
学校でのことはもちろん手を出せないし、父親とのことだって一時的に殴って阻止することしかできず、根本的な解決にはなっていない。
だが鬼灯にその環境を変えられるような力など当然のようになかった。

「何かやり残したこととかある?」
「...沢山ありますけど。そうですねぇ...」

鬼灯はうーんと考えた。

「あぁ。じゃあ何か思い出の品をください」
「思い出の品??」
「あちらに戻っても貴女と過ごした時間が嘘じゃなかったと思いたいんです」
「...可愛いこと言うじゃん」

名前は何かあったかと考えた後ハッと閃き、立ち上がって勉強机の引き出しを漁りカラフルな紐を何本か取り出した。

「ミサンガ作ってあげる!」
「...ミサンガ?」
「中学の頃流行ってたの。手首や足首につける組紐でね、紐が自然に切れたら願い事が叶うっていうジンクスがあるんだよ」
「いいですね。それなら邪魔にならなそうですし」

名前は簡単には切れなそうな輪結びで作ることにした。
玉を結んでからセロテープで机に固定し、黙々と編んでいく。
鬼灯は意外と手先が器用なんだなと名前を見ていて思った。
数分して、できた!と名前が声をあげた。

「どんな願い事を込めたんですか?」
「言っちゃったら面白くないでしょ。もし次会えたら教えてあげるよ」

鬼灯は利き手でない方の手を差し出し、名前は鬼灯の手を取って外れないようしっかりと結んだ。

「(...手を触るのは大丈夫なんですね)」

鬼灯は先日抱きしめた時に拒否されたことを思い出した。

「(あれは地味に傷つきましたねぇ...)」
「どう?かわいいでしょ」
「はい。ありがとうございます」
「んー...お昼ご飯、食べる?」
「食べますか。最後の晩餐です」
「よく知ってるね最後の晩餐て...」
「テレビでやってました」
「テレビっ子だね〜」
「作るところ、見ていてもいいですか?」
「えっ...いいけど...別に面白くないよ?」
「いいんです」

二人は1階へ降りキッチンへ向かった。
鬼灯はそういえば以前クッキーを作っていたのに食べれずに帰ってしまったな、と昔のことを思い出した。

「鶏そぼろ丼作るか」

そう言い名前は冷凍の挽肉を取り出し焼いて味をつけた。
そして炒り卵を作ればもう完成だ。

「短い時間で簡単に作れる良い料理ですね」
「でしょ?考えた人すごい...よ、ね...」

名前は鬼灯の手元を見て語尾を弱くした。
鬼灯が何かと思い自分の手を見てみると、半透明になって透けていた。

「...そういえば、前もこんな感じだったことを思い出しました」
「そうなんだ...」

名前は鬼灯の手に触れようとしたが、手を通り過ぎてふわっと空気を掴んでしまった。

「...鶏そぼろ丼、食べれないね」
「...食べさせてください」

名前はきょとんとした顔をした後、意を決したように丼からスプーンで一口掬って鬼灯の口へ運んであげた。

「......うん、美味しいですね」
「ほんと?よかったぁ」
「...そんな泣きそうな顔しないでください」
「だ、ってぇ...寂しいんだもん...っ」

そう言うと名前は堰を切ったようにボロボロと泣き始めた。
鬼灯はその涙を拭えないことを悔しく思った。

「...また、会いましょう」
「うんっ...絶対だよ!」

そして鬼灯は完全に消えてしまった。
名前はその場でうずくまり、静かに泣いた。

「...鶏そぼろ丼、一人で食べろってか...」





「...ここは...」
「鬼灯くん!?よかったァ〜起きて!君3日間も眠ってたんだよ!?」

目を開けると閻魔大王が鬼灯を覗き込んでいた。
大王はわたわたと人を呼びに出て行ってしまった。
鬼灯が起き上がってふと左手首を見ると、しっかりとミサンガが結んであった。
やはり夢ではないのだなと安心して、次会える時を楽しみにしながらまた元の忙しない日々に戻ったのだった。



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