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「お疲れ様でーす」
「お疲れ様〜」
「......まじか」
バイト先の先輩に挨拶をして裏口の扉を開けると、外は雷雨だった。
仕事中は少し雨が降っているだけだったのに、帰る時間になってこうだ。
ついてない、と名前は思った。
「(この時期の雷雨がくると、毎年丁くんを思い出しちゃうな。元気かな)」
そんなことを考えながら、念のため持ってきていた小さな折り畳み傘を開いた。
そう遠くない自宅へ歩いて帰っていると、あの公園に差し掛かった。
「(今日もいたりして、なーんて...)」
毎年雷雨が来るたびにこうして帰り際にドームを覗くのが日課になっていた。
今日もそんな軽い気持ちでチラッとドームを覗いた。
「こんばんは」
「ぎゃぁぁぁ!」
黒ずくめの何かと目が合って、思わず奇声を上げて後ずさった。
「色気のない声ですね」
「や、え?不審者...!?」
「失礼な。覚えてないんですか?」
ドームから出てきた黒ずくめの人は、名前が見上げるほど長身で、頭に角が生えていて、耳も尖っていた。
だがその顔には確かに見覚えがあった。
「.........ちょ、...丁......くん...?」
「はい」
「あ、濡れちゃう...」
サッと名前は長身の丁に傘をさした。
「ここにいれば貴女に会えるかと思いまして」
「えーっと...とりあえず、うちくる?」
「そうしていただけると嬉しいです」
そうして二人は名前の自宅を目指して歩き、家に着くと名前が風呂を勧めてきた。
「先に入ってきていいよ」
「名前さんが先に入ってください」
「私は大丈夫だから...」
「それとも、また一緒に入りますか?」
名前はぐっと言葉に詰まった。
幼き頃の丁とは確かに毎度一緒に入って洗ってあげていたが、こうもお互いに成長してしまってはそういうわけにもいかなかった。
「...わかったよ...」
「私は貴女の部屋にいますね」
パタン、と脱衣所の扉を閉めた。
「(どういうことなんだろう...めっちゃ大きくなってる...)」
名前は様々な疑問を抱きながらシャワーを浴びた。
二人ともシャワーを浴び終え、二人は名前の部屋でローテーブルを挟んで座っていた。
「大きくなったねぇー、丁くん」
そう言って成長した丁の頭を撫でようとしたが、腕を掴まれて阻止されてしまった。
「私の今の名前は丁ではなく鬼灯です」
「鬼灯くん?なんで?」
「くん付けはやめてください」
「だってぇー...」
「...色々あって新しく名前をもらったんです」
ふぅん、と納得した後、鬼灯の角と耳を見て気になっていたことを訊いた。
「...その耳と角はどうしたの?」
「私、鬼になりました」
「えぇぇ??ちょっと頭がついていけないんだけど...」
鬼灯は丁だった頃から今までの経緯をざっと話した。
「...ということで、今は地獄の制度を整えるためにあれやこれやしています」
「へぇー...なんか大変そうだねぇ...」
「ええ。なので一刻も早く帰りたいのですが...」
「そんなこと言わないでよ〜せっかく久々に会えたんだし」
名前は久々に血の繋がらない弟に出会えたことにとても喜んでいた。
「まあでも確かに、私は会えて嬉しいけど...鬼灯くんの状況からしたら困るよね」
「前回元の世界に帰った時は3日経ってました」
「3日!?一ヶ月くらいいたのに!?」
「はい。かと思えば、あの頃から何百年と経っているのに貴女はまだ...成人していないようですし」
「鬼灯くんいくつよ...」
「少なくとも貴女の倍以上生きてます」
名前は頭がついていけず目眩がした。
「...とりあえず、そこ使う?」
そこ、と言って名前はクローゼットを指した。
「...狭いかもしれないけど」
「...いえ、衣食住を提供していただけるだけ有難いので」
その日からまた、名前と鬼灯の秘密の生活が始まったのだった。