3:不謹慎だが、
きらきらと、綺麗な黒髪を纏めた簪が揺れてきらめく。
唇には紅が引かれ、少々派手な化粧と、目を引く着物。
名前は撮影のためにそういった姿へと変えられ、文字通り周囲の目を引いていた。
「いいねェー!名前ちゃん!そうだよォーカワイイよォー!世界一カワイイ!」
パシャパシャと、カメラマンの男性はかん高い声を上げながら彼女を撮っていく。
「確認入りまーす」
スタッフの一声をきっかけに、他のスタッフも持参したであろうノートパソコンの周囲に集まり撮影した写真の具合を見始めた。
名前も確認をしようとノートパソコンの近くに寄ろうとした。
すると、遠目ではあるが見覚えのある黒い姿を見つけた。
「あ、......」
彼女は挨拶をしに行こうか迷ったが、仕事中であることと、今の自分の少々派手な格好を恥ずかしく思い、見られまいとノートパソコン周辺にいる群衆の中に無理矢理入り込んだ。
「名前ちゃんはどう?」
「あ、あぁ、はい、わたしは良いと思います」
「じゃ、とりあえずここはオッケーだね。じゃあ次に行く準備をしよう」
プロデューサーにそう言われて、周りにいたスタッフ達は片付けを始めた。
もう去ったかな...?と周囲を見渡し、姿がないことを確認すると名前はほっと息をついた。
「撮影ですか」
「ひぎゃあ!」
真後ろで聞き覚えのあるバリトンボイスが聞こえ、思わず声を上げた。
後ろをゆっくり振り返るとそこには、金棒を肩にかついだ鬼灯が立っていた。
「ほ、鬼灯様...びっくりさせないでください...」
「見て見ぬフリをされたように感じたのでつい」
「あ...いえ...すみません」
気付かれていたか、と更に後ろめたい気持ちになった名前は思わず俯いた。
「どうしたんですか?」
ひょい、と顔を覗き込んできた鬼灯に心臓が跳ねた。
「その、少し恥ずかしいといいますか」
「...?......あぁ、」
その格好のことですか、と図星を突かれ、名前はますます恥ずかしくなった。
「確かに私は普段の貴女の方が好きですが、そういった格好も似合ってますよ」
「そうでしょうか。そう言っていただけると嬉しいです。あまり似合ってる自信がないもので、声をかけるのをやめてしまいました」
「貴女もアイドルなのですから、もう少し自信を持ってもいいと思いますよ」
眉を下げて困ったように笑う名前を見て、鬼灯は可愛らしい、と思った。
すると突然、後ろの方でガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。
「ほ、鬼灯様〜〜!!」
振り返ると、獄卒らしき鬼が亡者を追いかけている様子が確認できた。
「何事ですか!!」
「も、亡者がっ!!はぁ、はぁ....ソイツ捕まえてください!!」
また亡者が逃げ出したか、と溜息をつくと、肩に担いでいた金棒を下ろし、走ってくる亡者を迎え撃つ体勢を構えた。
「あっ...!?」
と亡者が声を上げると、なんと鬼灯を素通りし、後ろにいた彼女から「きゃっ!?」と声が上がった。
「名前!なあ、俺だよ!覚えてるよな!?忘れるわけないよな!?」
「あな、たは...」
「地獄に来ちまったがお前に会えるなんて!なあもう一回やり直そう!一緒に暮らそう!」
名前の腹あたりに抱きついて叫ぶ亡者を見て、名前はどんどん顔色が悪くなっていき、冷や汗までかきはじめた。
「っどのツラ下げて...!」
名前は怒りが感情を支配したのか、思わず手を振り上げた。
が、はた、と我に返り、周りには自分を知る一般市民もスタッフもいることに気付くと、悔しそうに手を下ろした。
「悪かったって!な?もう水に流せよ!」
「や、めて...あなたとはもう...」
「いい加減になさい」
ガズン、と鈍い音を立てて鬼灯の金棒が亡者の頭へ直撃し、亡者は血を流しながら崩れ落ちた。
「名前さんの何だか知りませんけど、どちらにせよ門の外は貴方の来る所ではありませんよ、身の程を知りなさい」
「う、ぁ...名前...助け...」
名前に手を伸ばそうとする亡者に、鬼灯は再び金棒を振り下ろし、亡者は気絶した。
「そうやってしつこいから嫌われるんですよ」
*
「鬼灯様、ご迷惑をおかけしてすみません...助かりました」
「いえ、こちらこそ獄卒の不手際で亡者を逃してしまい申し訳ありません。.........大丈夫ですか?」
名前は震える手を腹あたりでギュッと握っていた。
鬼灯がその手を両手で優しく包むと、名前ははっとした顔をして、「すみません大丈夫です、」とそっと自分の手だけを引いた。
「大丈夫ではないように思えますが」
未だ少し震える名前の顔を覗き込む。
「この後予定はありますか」
「はい、獄卒のお姉様方に少し取材を」
「では、それが終わったら飲みに行きませんか」
えっ、と彼女が顔を上げた。
「いいんですか?」
「はい。ぜひ」
「わかり、ました。仕事が終わり次第連絡しますね」
「お待ちしてます」
不謹慎だが、
(あの亡者に感謝せねば)