1:サインをください
『名前ちゃんは好みのタイプとかってあるのー?』
『え〜好みのタイプですか?恥ずかしいから秘密ですっ』
『そんなこと言わずに、ファンの子達も聞きたがってると思うよ?』
『えーっとそうですねぇ...んー...わたしのことが大好きなことが第一条件ですね』
「最近この子よく見るよねぇ」
大きなシーラカンス丼を目前に構えて、テレビ番組を見た閻魔大王はそう言った。
「いえ、結構前からいますよ」
「そうなの?鬼灯くん知ってるの?」
「ええ、まあ。一方的にですが」
その向かいに座る鬼灯は、エビフライ定食を食しながらそう言った。
昼時で混み合う食堂の中二人が見ていたのは、人気沸騰中のアイドルをゲストに迎えたトーク番組だ。
「鬼灯くんもアイドルとか興味あるんだねぇ。マキちゃんとも仲良いみたいだし」
「いえ、仲がいいというほどでは...ですが、そうですね」
彼女とは是非仲良くなりたいですね、と、画面の中のアイドルを見ながら鬼灯は言った。
*
ガタンゴトン、と電車が揺れる。
不喜処地獄へと向かうため、鬼灯は電車に乗り込んで指定された席を探していた。
切符に書かれている”E-2“という文字と、同じ番号の座席を見つけた。
鬼灯がそこへ座ると、隣に座っていた女性が少しそわそわした後、声をかけてきた。
「あの、もしかして、鬼灯様ですか?」
「はい、そうですが....」
サングラスをかけた黒髪の女性は、パァァ、と嬉しんだような興奮しているかのような様子を見せた。
「すみませんがどちら様でしょうか」
「あっ、あの、わたし...面識はないのですが...こういう者です」
女性はさっと懐から名刺を取り出した。
「鬼プロ所属、鬼川....っ」
「しっ」
鬼川の続きを読み上げようとすると、隣にいる彼女の手によって口を塞がれた。
渡された名刺に書いてあったのは、今人気沸騰中のアイドルの名だった。
周囲の乗客に知られたくないということか、と鬼灯は理解し、自分が好きなアイドルであるということを知って鬼灯もまた少し興奮した。
「わたし、獄卒ではないのですが地獄にとても興味があって。一度鬼灯様にお会いしてみたかったんです。お会いできてとっても光栄です。」
「いえ、こちらこそ。いつも拝見しております」
二人は自然に握手を交わした。
「ありがとうございます。嬉しいです」
鬼灯はよく電車でアイドルに会いますねぇ、と思いつつ、好きなアイドルに出会えた自分の運に感謝した。
「お一人なんですか?」
「あ、はい。今日はオフなんですが、最近ずっと仕事漬けでして...たまに気晴らしで地獄巡りをするんです。今日は不喜処へ行こうかと」
「気晴らしで地獄巡りですか?」
「はい。拷問されている亡者を見ているとすごく楽しくなるというか、すっきりするというか...不喜処はかわいい動物もたくさん見れますし」
柔らかい笑みを浮かべながら彼女はそう言った。
「それはそれは...なかなかいい趣味をお持ちで」
可愛らしい、そして実にいい趣味をしている、と思いながら鬼灯は彼女を眺めた。
*
”不喜処前〜 不喜処前〜“
談笑をしていると時間はあっという間に過ぎ、電車は二人の目的地に到着した。
「降ります」
「あっ、わたしも降ります」
鬼灯に続いて名前もホームに降りると、名前はホームに立ち止まったまま地獄を見渡した。
不思議に思った鬼灯は名前に尋ねた。
「...?どうしたんですか?」
「ああいえ、ここ以外でよく見れる所を知らなくて。だからいつもこうしてホームで眺めてから帰るんです」
「あなた面白いですね」
確かに門の中は関係者以外立ち入り禁止だ。
しかしホームに立ちずっと景色を眺める彼女は少し異質だった。
「これも何かの縁です、特別に私がご案内しましょう」
「えっ...!?本当ですか?わぁ、とっても嬉しいです!」
「ただし一つお願いがあります」
「はい!わたしにできることでしたら何なりと!」
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