13:本気だと思いたい
ガラガラ
「こんばんはー...」
名前は小声で扉を開けた。
「ごめんね、今日はもう終わり...って名前ちゃん!どうぞ入って入って」
閉店ギリギリの時間に入って申し訳ない気持ちを持ちつつ、白澤に許可され店内に入った。
「どうしたのこんな時間に?」
「すみません遅い時間に...あまり目立ちたくないもので...」
普段は白澤に薬を持ってきてもらっているが、薬が切れてしまっているのに気付いたのがつい先程。
骨折をしてから痛み止めがないと少々辛い。
時間的に呼ぶのも申し訳ないと思い、自らの足でやってきたのだった。
「この前と同じ薬で大丈夫かな?」
「はい、お願いします」
「今パパッと作っちゃうからちょっと待っててね」
そう言うと白澤は桃太郎に指示を出し、温かいお茶を出してくれた。
「それでどう?この間のこと。考えてくれた?」
この間とはなんだったかと名前は考えて、そういえば「僕にしなよ」みたいなことを言われた気がする、と思い出した。
「今のところ間に合ってます」
「結局ソイツとはどうなったの?」
「ええと...結論から言うとわたしの早とちりでした」
「良かったね〜って喜ぶべきなのか、落ち込むべきなのか」
「ふふふ」
「名前ちゃん、ソイツとなんかあったでしょ」
「えぇっ!?」
名前は図星を突かれ、先日同じ部屋に泊まった時のことを思い出してボボボッと一瞬で顔を赤くした。
「えーなになに?教えてよ〜」
「いや...聞かなくていいですよ...」
「ヤっちゃった?」
「ばっ......!!そんなわけないでしょう!!」
「でもキスくらいはした?」
「しっ...、...............」
顔を更に赤くして俯く名前を、白澤は分かりやす〜いとからかった。
「僕とはキスしてくれないの?」
「しませんよっ」
「ソイツはいいのに?」
そう言って名前に迫る白澤を、突然大きな音と共に飛んできたドアが阻止した。
こんなことをする奴は一人しかいない。
「毎度毎度普通に入ってこれないのかよお前はッッ!!」
「お客様ですよ」
ドアを壊した張本人である鬼灯が、そう言って後ろにいた女性を案内した。
「リリスちゃん!」
「こんばんはァ。夫が出張だからつい来ちゃったわ」
ぱちり、と名前とリリスの目が合った。
名前は綺麗だ、と思ったが、以前鬼灯と腕を組んでいた人だと認識すると、無意識のうちに眉根を寄せてしまった。
「かわいい子ね」
「っ......」
嫉妬してしまった自分の器の小ささと彼女の余裕さを比べ恥ずかしくなり、名前は会釈をしたまま俯いた。
「はい、できたよ名前ちゃん」
「あ、ありがとうございます」
お代を払って白澤から薬を受け取った。
あまり長居をしたくなくて、白澤にお礼を言ってから出口の方へと向かった。
後ろからまたいつでもおいでねーと声が聞こえた。
外に出ると、そこにはまだ鬼灯が立っていた。
「一緒に帰りましょうか」
「...いいんですか?」
名前はちら、と店の方を見た。
「私はたまたまいらっしゃったリリスさんのご希望でここまで送りにきただけですので。白豚には何もされていませんか?」
「大丈夫ですよ」
少し落ち着いた名前は鬼灯と共に地獄へと歩みを進めた。
「名前さんって意外と嫉妬深いんですね」
「なっ...べつに嫉妬なんて...」
「そういうことにしておきますね」
ぽん、と頭に手を置かれ、そのまま優しく撫でられた。
「そういえば写真集買いましたよ」
「え”っ!?まじですか」
「水着姿がとてもセクシーでした」
「み、見ないでくださいよう...」
「下着姿を見せてくださるなら」
「それもダメです!」
「爆売れらしいじゃないですか」
「...まぁ、おかげさまで...」
マネージャーに聞いたが、確かにかなりの売上みたいだ。
所属事務所の過去の最高売り上げ部数を超えたらしい。
ありがたいが、写真としてはやはり少し恥ずかしい。
雑談をしながら帰路に就いていると、あっという間に家の近所へと景色が変わっていた。
いつの間にか距離が近くなっていて、時々互いの手が触れ合う。
触れ合うたびに名前は胸に高鳴りを覚えた。
まさか自分から手を取るわけにもいかずなんともいえない気持ちになっていると、鬼灯が名前の手をそっと握った。
「.........」
「.........」
「......アイドルだから狙ってるだけだ、とでも思っていますか?」
「.........」
名前はなんと言えば良いかわからなくなってしまい、再び黙った。
「確かに、私は貴女のファンですし大変私の好みです。...ですがそれだけではないということは、どうか分かっていてほしいです」
「...はい」
「...ここまでですね」
自宅前に着いた。
名前は名残惜しく思ったが手を離した。
「ありがとうございました、送ってくださって」
「気にしないでください」
「...では、」
くるりと背を向け名前は家に入っていった。
鬼灯はその姿が見えなくなるまで見つめていたのだった。
本気だと思いたい
(信じるべきなのかやめておくべきなのか)
(あれ、そういえば何もしてこなかったな)