8:胸が高鳴る
白、白、白。
天井も白、シーツも白、壁も白。
名前は今病院のベッドで横たわっていた。
個室のため話し声や人がいる気配もなく、部屋の中は静寂に包まれていた。
こうなってしまったきっかけは、つい昨日のことだった。
「う...いたた...」
その日はバラエティ番組の収録だった。
頑固親父に扮した芸人に振り回され投げ飛ばされるという番組のオチを撮影した時だった。
投げ飛ばされた先には柔らかい素材のクッションが敷いてあったが、運悪く腹部をクッションから外れたところにぶつけてしまい、収録が終わった後もずっと腹部が痛むのだ。
「名前ちゃん大丈夫?」
「マネージャーさん...なんか、痛みが治まらなくて...」
「今日はもう病院あいてないけど...明日はオフだし病院行ってみたら?」
「うう...そうします...」
そうして病院に行ってみた結果、見事に肋骨が骨折していたのだ。
念のために1日入院ということになった。
「どうしよ、仕事」
マネージャーに連絡はしたがまだ返事は返ってこない。
できれば長く休むことはしたくない。
“コンコン”
病室の扉を誰かがノックした。
「はい、どうぞ」
ガラガラと扉が開けられた先にいたのは、マキと鬼灯だった。
「マキちゃ....え、なんで鬼灯様?」
「名前さんのお見舞いに行くのにお花を買ってたらたまたま会いまして...」
マキは少し顔を青くしている。
「ありがとうマキちゃん。すみません鬼灯様わざわざ...」
「こちらこそ急にすみません」
名前は近くの椅子を勧めて、二人を座らせた。
なんとも言いがたいメンバーで沈黙が走る。
先に口を開いたのは鬼灯だった。
「投げ飛ばされたと聞きました」
「あ、...ええ、あの、バラエティの撮影で...」
「体張ってますね名前さん...私にはできないわ...」
「わたしは基本お仕事はなんでも受けちゃうからね...」
名前は苦笑いして言った。
マキは居心地が悪くなったのか、花を花瓶に挿すと私は先に失礼しますね!と慌ただしく出て行った。
「マキちゃん何をそんなに急いでるんだろう...」
「さぁ...」
鬼灯は持ってきたフルーツの中からリンゴを取り出して、ナイフで皮を剥き始めた。
二人の間に再び沈黙が続く。
シャリシャリとリンゴの皮を剥く音だけが部屋の中に流れた。
名前は何を話そうかと悩んでいると、鬼灯が口を開いた。
「あまり無理をしないで下さい」
「...すみません...」
「頑張るのは素晴らしいことですし、私は頑張っている名前さんが好きですが、怪我をされると心配します」
「...はい」
鬼灯が剥き終わったリンゴを一口サイズに切って、爪楊枝を刺すと口元に持ってきた。
「え、」
「はい、あーん」
「いっ、いやいや、自分で食べれますから!」
真顔かつバリトンボイスで言われる「あーん」はあまりにもミスマッチだった。
恥ずかしいので拒否したが、鬼灯は更にリンゴを押し付けてきた。
名前は仕方なく口を開き、リンゴを食べた。
「...美味しいです」
「それは良かったです」
そのあとも鬼灯は何個かリンゴを食べさせてくれた。
「小動物に餌付けしている気分です」
「喜ぶべきなのか悲しむべきなのか」
鬼灯は手を洗って戻ってくると、名前の頭を撫でた。
「私、諦めるつもりはありませんから」
「えっ」
「名前さんを落とします。...ので、覚悟しておいてくださいね」
「.........は、い」
胸が高鳴る
(あと鬼灯様って呼ぶのやめてください。私は貴女の上司ではありません)
(えぇっ...?では何とお呼びすれば...?)
(鬼灯でいいです)
(いやそれはちょっと...せめて鬼灯さん...)
(...まぁ、よしとしましょう)