7:交わらぬ想い

風呂から出ると、メールが一件入っていた。
鬼灯からだ。

「久々に飲みに...行きません...か.........えっ」

名前はメールを読んで数秒固まった後、濡れた髪のままベッドへダイブした。

「(どうしよう嬉しい)」

がば、と再び起き、携帯を手に取って文字を打ち始めた。

「ぜひ、行きましょう、と」

震える手で送信ボタンを押した。
送ってしまった、と名前は思った。
名前はここ最近、鬼灯に対し少し特別な感情を持っていることに気づき始めていた。
初めはただの尊敬だった。
優秀でイケメンと有名な官吏殿にお会いしてみたいなぁと思っていただけだった。
出会ってしまってから何か彼に対する気持ちが変わってしまったのだ。
だが自覚するたびに、いやいや、と気持ちを押し込めている。
相手は官吏であり、自分はアイドルだからだ。
そう思っているのに、喜んで誘いに乗ってしまう自分に小さなため息をついた。


翌日待ち合わせ場所に行くと、既に鬼灯が待っていた。

「鬼灯様!お待たせしました」
「私も今来たばかりですよ。行きましょうか」

今回案内されたのは、和風のお店だった。
魚料理が売りのようで、入り口には鮮魚がたくさん飾られている。
そして全室個室のようで、個室の障子を引いて中に入った。掘りごたつだ。

「いつも気を遣って個室にしていただいてありがとうございます」
「いえ、個室の方がお話もしやすいですし」

この前と同じように自然に上座へと誘導され、メニューを開いて酒と食事を注文した。

「最近忙しそうですね」
「ええ、まあ、おかげさまで」
「体調を崩していないか心配です。先日もフードファイトしていたようですし」
「ああ、見てくださったんですね。生放送なのでとても緊張しましたよ」

話していると、すぐに飲み物が届いた。

「では、乾杯」

カチンとグラスが鳴った。

「わたしは元々たくさん食べても大丈夫なタイプなのですが、いくら好物とはいえあんなにたくさん食べるとなると少しキツかったですねぇ...ま、おかげさまで存分にアピールと宣伝ができたんですけれど」
「私でもあの量はキツいです。よく頑張りましたね」
「うふふ、ありがとうございます」
「そういった地道な努力が今の名前さんを作り上げているのですよ。...あと、獄卒マガジンも新人獄卒みんなが読んでいるようで、とても好評でした」
「読んでいただけてるんですねぇ。嬉しいです」
「衆合地獄のページで皆さん喜んでましたよ」
「いやだ、恥ずかしいです」

名前は照れ笑いをしながら誤魔化すようにお酒を飲んだ。
食事も届き、近況や仕事の話などをしながら二人で盛り上がった。
そこでふと、普段から気になっていることを聞きたくなった。

「あの、気になっていることがあるのですがお聞きしてもよろしいですか?」
「はい、なんでしょう」
「鬼灯様って、どんな女性がお好みとかってあるんですか?」

そう質問した後に、これって自分からあなたのことが気になっていますと言ってるようなものでは...?と思い、少し恥ずかしくなった。

「すみません、やっぱり今のは聞かなかったことに...」
「色々ありますが、私の作った脳味噌汁を笑顔で飲める方となら結婚してもいいくらいですね」
「脳味噌汁...」
「名前さんは、自分のことが大好きな人、でしたっけ」
「よくご存知でいらっしゃいますね」

名前は恥ずかしそうに笑った。

「ええ。以前テレビで。他には何かあるんですか?」
「他にですか。そうですねぇ...優しい人、とか?」
「名前さんはあれですね、いつか悪い男に引っかかりそうですね」
「えぇっ!?...ってまぁ、元彼でまさにそうだったんですけどね...。鬼灯様は悪い女には引っかからなそうです、というかあまり女性とお付き合いしているイメージがないのですが...」
「今は誰とも付き合っていませんが、興味がないというわけではありませんよ」
「そう、なんですか」

気になる女性とかいらっしゃるのかな、と名前は思ったが、そこまで聞くのも恥ずかしいと思いやめた。

「(それに気になる女性がいたところで別にわたしと付き合うわけでもないし...)」
「そろそろ帰りますか?」

変な沈黙が流れた後、鬼灯が言った。
現在23時、そろそろいい時間だ。
名前はそうですね、と答えると鬼灯と共に帰り支度を始めた。
もちろん会計は支払われてしまった。


「気分は悪くないですか?」

鬼灯はいつのまにか購入したミネラルウォーターを名前に渡してきた。

「顔が少し赤いので...」
「お気遣いをすみません...ありがとうございます」

名前は受け取ったそれを一口飲んでから、鬼灯と歩き出した。

「いつも送っていただいてすみません」
「当然ですよ。こんな時間に女性一人で歩かせられません。貴女は獄卒でもないですし」

とはいえ今日は家の近くだったため、そんなに距離もない。
優しいなぁ素敵だなぁと思いながら、名前は鬼灯の後ろ姿をぼーっと眺めた。
他愛もない話をしながら歩き続けていると、すぐに自宅に着いてしまった。
楽しいと思う時間はなぜ過ぎるのが早いのか。
名前は少し寂しく思っていたが、長居させても悪いと思い「ここまでで大丈夫です」と声をかけた。
くるりと鬼灯が後ろを向いて、目が合った。
鬼灯は真っ直ぐこちらを見据えている。

「.........」
「.........?」

鬼灯は名前をじっと見つめている。
二人の間に沈黙が続く。

「鬼灯、様?」
「.........先程の続きですが、」

鬼灯の名を呼ぶと、意を決したかのように口を開いた。

「私は名前さんのことが大好きですよ」
「.........え?」
「アイドルとしてではなく、ひとりの女性として」
「えっ......、」
「それに好きな女性には優しいです」
「...............」
「名前さんのタイプの条件には合ってると思ってるんですが、いかがでしょうか」
「い、いかがとは......」
「私とお付き合いしてくれませんか」

頭の中が真っ白になった。
まさか、まさかだ。
憧れている方から告白されるなんて思ってもいなかった。
名前は酔いが覚めて平常色に戻った頬を再び赤く染めた。

「ぁ....、ありがとう、ございます...。とても嬉しいです。

......でも、ごめんなさい」

鬼灯は少し目を見開いた。
名前は申し訳なくなってしまい、眉を下げて顔を俯かせた。

「すみません、男としては見れなかったですか」
「そういうわけでは...!....あ、いえ...その...」

名前は歯切れが悪い様子で少し迷った後、口を開いた。

「鬼灯様はひとりの女性として好きだと仰ってくださいました。ですが、やはりわたしはアイドルです。そして、鬼灯様は官吏です」
「......」
「立場的に釣り合わないという思いもあります。ですが何より...わたしは、恋愛はしないと決めているんです」
「...アイドルだから、ですか?」
「そうです。なので鬼灯様のお気持ちには応えられません。ごめんなさい」

そう言って名前は深く頭を下げた。

「...頭を上げてください」

名前はおずおずと頭を上げて鬼灯を見た。
少し悲しげな雰囲気を纏って鬼灯もまたこちらを見ていた。

「こちらこそそういった事に気付くことができずに申し訳ありませんでした」
「そんな...」
「私の気持ちを知っていてくださるだけで十分です。これからも、仲良くしてくださいね」
「...はい、よろしくお願いします」


交わらぬ想い



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