「はぁ...」

名前は今日、遅い時間まで部活に付き合わされた。
部活自体は通常通り終えたのだが、監督とコーチが真面目な話をし始めたのだ。
最近部員の風紀が乱れている、と。
彼氏もいない名前にとっては「へぇそうなんだ」程度にしか思えなかったが、マネージャーである以上先に帰るわけにもいかず、一緒に話を聞くはめになった。

「明日休みだからいいけどさぁ...」

てくてくと家までの道を歩いていると、向かい側から小太りの男性が歩いてくるのが見えた。

「(こんな時間に駅方面に...?変なの)」

違和感はあったが特に気にはせず、そのまま擦れ違おうとした、瞬間。
ガッと腕を掴まれて、ひた、と手のひらに何か硬いものが当たった。
ちら、とその手の方を見ると、コートのボタンを全て外し裸を晒している男性の、いきり立ったモノを触らせられていた。

「ひっ.........!!」

何とか抵抗し手を振り払うと、手にはぬとぬとしたものが付着していた。
ぶわ、と恐怖から涙を溢れさせ、明かりの多い駅方面へと踵を返して全速力で走った。
助けて、助けて、助けて。
そうは思うものの声が上手く出ず、ひたすら走った。
走りながら後ろを振り返ると男性が走って追いかけてくる。

「も...やだぁ...」

更に涙を溢れさせて走っていると、前を見ていなかったせいで人と思い切りぶつかった。
相手はなんとか踏みとどまり名前を支えてくれた。

「すみませっ...」

名前が前を向いて顔を上げると、よく見知った鬼灯の顔がそこにあった。

「どうしたんですかそんなに走っ...て...」

鬼灯はそんな名前の泣き顔を見てギョッとした。

「た、すけ、て...!」

鬼灯がふと後ろに目をやると、全裸にコートだけ羽織った男が立っていた。
鬼灯は心の奥底から憎しみと怒りの感情が湧き上がるのを感じ、名前をそこに置いたまま男の方へと向かい思い切り殴った。

「警察を呼びます」

鬼灯はスマホを取り出して警察に電話をし、逃げようとしている男をもう一度殴った。


駅からそう遠くないそこへ警察はすぐにやって来て、男を連れて行った。
警察としては署に来て詳しい話を聞きたいようだったが、名前があまりにも取り乱していたため、後日にするという事で軽く事情聴取をしてから鬼灯と共に帰る事になった。
家の前に着くと、名前の家の電気は消えていた。

「...あ......今日、二人でご飯食べに行くって言ってた......」
「そうなんですか...」

名前は震えたまま家に入ろうとしない。
今一人になるのが怖いのだろう。
やがて名前は再び涙を流し始めた。

「...うちに来ますか?」

鬼灯が優しくそう問いかけると、名前はこくこくと首を縦に振った。
鍵を開けて家に入り、部屋に名前を待たせて、キッチンでホットミルクを作ってから部屋に持って行った。
名前は座ったまま呆然と手を見つめている。

「どうしたんですか?」
「......手.........」
「手?」

再びじわじわと涙を浮かべた。

「手、掴まれ、て......っあそこ、触らされて......ぬるぬるしたの、が、......っ」

鬼灯は眉を寄せて歯をギリ、と強く噛んだ。

「...洗いましょう」

名前の手を引いて洗面所まで連れて行き、ハンドソープを使って手をよく洗わせた。
洗っている間もひっくひっくと泣いているので、鬼灯はよしよしと頭をずっと撫でていた。

「温かいお風呂に入ってちょっと落ち着きましょうか。お湯を張ってくるので部屋でホットミルクを飲んで待っていてください」

すんすんと泣く名前を部屋に入れ、お湯を張りに行った。
給湯の準備をして部屋に戻れば、名前は座ってホットミルクを飲んでいた。

「少し落ち着きましたか?」
「.........ちょっと」
「何もな...くはないですけど、貴女の身に何もなくて良かったです」
「...ごめんね」
「何故謝るんです?」
「迷惑、かけちゃって...」
「迷惑だとは思っていません。むしろ助けが遅れてすみません」

名前はローテーブルにマグカップを置くと、隣にいる鬼灯に寄りかかってきた。

「......!」

そんな名前に驚きつつも拒否する事はできず、そのまま抱きしめて頭を撫でてやった。
名前はとくん、と胸が高鳴るのを感じた。

「(落ち着く、けどなんだろう、この感じ...)」
「(お兄ちゃんの匂いが近い)」
「(顔が、熱い)」

しばらくそうしていると風呂が沸いた音が聞こえ、鬼灯が体を離した。

「ゆっくり入ってらっしゃい」
「.........」
「.........?」

名前はそこから動かずに眉を下げてじっと鬼灯を見つめた。

「......まさか、一緒にとか言いませんよね?」
「......言ったら?」
「いやいやいや、流石にそれはいけません」
「どうして?タオル巻いてれば良くない?」
「ハァ......」

先程怖い目に遭ったばかりなのにどうしてこうなのか、と鬼灯は溜息をついた。
自分が恐怖の対象として見られていないことに喜ぶべきなのか、男として見られていないことに悲しむべきなのか。

「...貴女をこれ以上怖がらせたくはないんですが、私も男だということを分かってください...」
「お兄ちゃんは私が嫌がる事はしてこないって思ってるんだけど...違うの?」
「いえ、しないですよ。しませんけども。ですが私だって男なんです、裸の女性がそこにいればいやらしい気持ちにだってなるんですよ」
「そう...なの...?」
「そうです。...裸なら誰でもいいという訳ではないですけど」
「私は?私の裸でいやらしい気持ちになるの?」
「っ......」

鬼灯はそう聞かれて何も言えなくなった。
ならないと言えばそれは嘘である上に失礼になるだろうし、なると言えば女子高生相手に何考えてるんだと自分でも思うし名前からも思われそうだ。

「お兄ちゃん?」
「...あんまり私を困らせないでください...」
「......ごめん。でも一人で入るのが寂しいの...」
「......分かりました。タオルは巻いてください。あと私は脱ぎません。それでいいですか?」
「...うん。ありがとう」


ちゃぷん、と名前が湯船に入ったのを音で確認してから、鬼灯も中に入った。
名前は浴槽の縁に腕を置いてこちらを見ている。

「(こっちを見るな...)」

鬼灯はそれを無視して椅子に腰掛け、名前に背中を向けた。

「...ありがとね」
「...どういたしまして」

背中越しに名前の視線を感じる。
今すぐに振り向いて頭を撫でてキスをしてやりたい。
一緒に入って抱きしめてやりたい。

「(だから嫌だと言ったのに)」

鬼灯は自身の湧き上がる気持ちに溜息をついた。
この気持ちをこれ以上暴走させないために、やろうと思えば名前を突き放す事もできる。
もう寄るな、嫌いだ、と。
だがそうしたら名前は絶対に傷付くし泣くし、何よりお兄ちゃんお兄ちゃんと笑顔で寄って来る名前がいなくなってしまうのが寂しい。
そして自分勝手な都合で名前を突き放すのはあまりにも心が痛む。

「(彼女でも作って欲の発散場所を作っておくべきか...)」

また懲りずに好きでもない女と付き合うのか。

「......ハァ」
「お兄ちゃん最近溜息多いね。何かあったの?」
「......まぁちょっと、悩み事です」

貴女の事なんですけどね、とは言わずに。

「私で良ければ聞くよ?」
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「...またお酒に走っちゃダメだよ?」
「大丈夫ですよ、多分」
「多分って...」
「今は他人よりも自分の事を気にしなさい」
「.........」
「私はすぐ外にいますから、体洗ってきなさい」
「...わかった」

言った通りに一人で体を洗う名前に鬼灯は安堵し、脱衣所で名前を待った。
名前が出てきて着替えた後髪を乾かしてあげて、鬼灯もサッとシャワーを浴び、一人が怖いと言う名前と一緒に布団に入った。
自身と同じ香りをさせる名前が愛おしくなり、後ろから少しだけ抱き締めた。
名前は眠っているのか特に抵抗もしなかった。



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