4
※R15くらい
土曜の朝、鬼灯が目を覚ますといつものように名前が隣に眠っていた。
今まで朝目覚めた時に隣で恋人が眠っているという状況は多々あったが、こんなにも幸せな気持ちになった事はなかった。
恋人ではないにせよ朝目覚めた時隣に名前が眠っていると、たったそれだけでああ今日はいい朝だ、と寝ぼけた頭で考えるのだ。
可愛らしい寝顔を見つめて、その可愛らしい唇にキスしてやりたい、と思う。
だが大切な名前にそんな事が出来るわけもなく、せめてもと散らばっている艶やかな髪を割いた。
ちら、と時計に目をやるとそろそろ起きなければならない時間だった。
今日は休日出勤だ。
名前を起こさないようそっと起き、洗面台で身を整え、パンを二枚焼いてコーヒーを二人分淹れた。
トレーにそれらを乗せて再び自身の部屋に戻り、ローテーブルにトレーを置いてから、未だに眠りこけている名前を布団の上からポンポンと叩いた。
「んん...もうちょっと......」
「私午後から出掛けちゃいますよ」
「......えっ!?」
がばっと名前が布団を捲って起き上がった。
あちこちに寝癖がついている。
「なんですか。何か用事でもありましたか?」
「水族館連れてってって言おうとした......」
「すみません。今日は午後から仕事なんです」
「えええぇーー......」
名前はとても残念そうな顔をしてから再び布団に潜ってしまった。
「そんなに行きたかったんですか?」
「どうしても見てみたい生き物がいるの......」
「なんですか?」
「ダイオウグソクムシ...」
「.........」
それを聞いてほとんどの人間は怪訝そうな顔をするかもしれないが、鬼灯にとってはそれすら「可愛い」で片付いてしまう。
「分かりましたよ。明日でもいいですか?」
「やったー!」
名前は再びがばっと布団から起きて、ベッドから降りてローテーブル前に座った。
「こら、顔くらい洗ってきなさい」
「えへへ。はーい」
二人で朝食を食べ、名前が片付けると言うので鬼灯は食器を名前に任せ、その間に服を脱いで着替え始めた。
「終わっ......」
「もう終わったんですか。早いですね」
部屋に入ろうとした名前が着替え中の鬼灯を見てピタリと止まった。
「......腹筋、すご」
「何見てるんですか。エッチ」
「う、うるさい!」
そう言って名前はくるりと後ろを向いた。
鬼灯はその反応を見て、“ただの兄”ではなく“男”として意識してくれた事に嬉しくなった。
そして翌日。
鬼灯が前夜の仕事疲れで眠りこけていると、「起きて〜〜」という声と共に体をゆさゆさと揺さ振られる感覚がして意識が浮上した。
重い目蓋を薄っすらと開けると、既に準備万端な名前が目に入った。
「もう10時だよ〜〜」
「......昼まで寝かせてください.........」
「なんで?昨日遅かったの?」
「終電に間に合わずタクシーで帰ってきました......3時くらいに......」
「え!?」
鬼灯は再び目蓋を閉じて眠りの体勢に入った。
「寝たの、4時なんですよ......」
「ま...まじか...」
「すみません...昼になったらまた起こしてください......」
そう言うと鬼灯は静かな寝息を立てて再び眠り始めた。
それを見て名前は寂しいような申し訳ないような気持ちになり、かといってお粧しした状態で眠るのもどうか、と考え、結局ベッドに背をもたれかけさせながら、静かにスマートフォンを眺める事にしたのだった。
次に鬼灯が目を覚ました時、空は朱色に染まっていた。
それを理解するとハッと起き上がり、部屋を見回した。
すぐ近くに、ベッドにもたれ掛かりながら眠る名前がいた。
「名前」
「ん...んん......?」
静かに肩を揺さぶると、名前は直ぐに目を覚ました。
「どうして起こさなかったんですか」
「...お兄ちゃん、疲れてるんだと思って...」
「ハァ.........バカ.........」
鬼灯がベッドから降りてパチ、と部屋の明かりを点けると、名前が眩しそうに手で顔を覆った。
そのうちシュルシュルと衣擦れの音が聞こえてきて、名前は顔の前の手を退けた。
「...え、何してんの」
「何って、これから行くんですよ」
「え!?今から!?」
「行きたかったんでしょう」
名前はパンツ一枚になって私服を取り出す鬼灯を見ていられなくなって視線を外した。
そんな名前の反応に鬼灯はまた嬉しさがこみ上げた。
「恥ずかしいんですか?」
「ちょっ...寄らないで早く着替えてよ!」
「可愛いですね」
うりうりと名前の頬を撫でてから、鬼灯は服を着た。
「お腹空きましたよね。何か食べてから行きましょう。ちょっと早いですが」
「わかった。靴履いてくる」
「外で待ってますね」
名前は窓を伝って自分の家へと戻って行った。
鬼灯は洗面所へ行ききちんと身を整えてから、下へ降りて靴を履き、玄関の扉をしっかりと施錠してから名前と落ち合った。
名前が行きたがっていた水族館は家からそう遠くない所にあった。
着いた途端はしゃいでどこかへ行きそうな名前の手を掴み、日曜の閉館前ということでそこまで人もおらず、ゆっくりと見回ることができた。
「わぁー!」
見たいと言っていたダイオウグソクムシがいるガラス前に来ると、名前は感嘆の声を上げてじっとその得体の知れない生き物を眺めた。
「...あんまり動かないんだね」
「そういう生き物ですからね」
「写メ撮っとこ」
そう言ってスマホを取り出して写真を撮る名前が可愛くて、鬼灯もまたスマホを取り出して名前を撮った。
「ん?なに?撮った?」
「はい」
「お兄ちゃんもダイオウグソクムシ見たかったの?まったく〜素直じゃないんだから〜」
えいえいと肘でつついてくる名前を見て、ああ連れてきてよかったなと鬼灯は思ったのだった。
一通り見終わった後お土産の売店に立ち寄り、どうしても欲しいと言う名前のために鬼灯はダイオウグソクムシのぬいぐるみを買ってあげた。
「それどうするんですか...?」
「枕元に置いて一緒に寝ようかな」
「.........」
「ちょっと。何引いてんの。可愛いじゃん」
ぺしぺしと名前が鬼灯の腕を叩いた。
もう閉館の時間ですと職員に声を掛けられ、二人は水族館を後にした。
「こういうのは友達や好きな男の子と行ったらどうですか?」
「友達は彼氏と行っちゃったんだよぉ...。好きな男の子も別にいないしなぁ...」
「.........」
「まあでも、お兄ちゃんと一緒に来れて良かったよ!」
「下げておいて上げますね」
「ほんとのことだもん」
お零れか、と思った鬼灯も単純だったようで、一緒に来れて良かったの一言で嬉しさが増した。
「お兄ちゃん、疲れてるのにありがとね」
「沢山寝たのでもう疲れてないですよ。明日も学校でしょう、今日は早く寝なさい」
「はーい。お兄ちゃんも明日頑張ってね!」
「はいはいどうも。おやすみなさい」
なでなで、と名前のさらさらな髪を撫でてから、家へと入っていく名前を見送った。
無邪気で可愛いな、という気持ちが更に溢れた。
そして鬼灯も家に入って自身の部屋に戻り、ベッドに腰掛けた。
ああいう子、と言うより名前と付き合ったらどこへ行くにも楽しいんだろうか。
いや楽しいだろう。
現に今日は、いや今日も、楽しかった。
そして変に大人びている女性と違って、情事の際は死ぬほど恥ずかしがるんだろうか。
「(......可愛い...)」
名前との情事を想像して、恥ずかしがる名前を想像して、ムラムラとした気持ちが湧き上がり、股間が膨らむのを感じた。
高校生相手に欲情している自分にドン引きしつつも、鬼灯は欲に抗う事なく、ベルトを外して自身を取り出した。
自分自身に落胆して深い賢者タイムに入るまで、あと数分。