華の金曜日。

人でごった返す街中に鬼灯は早く帰りたい、と溜息をついた。
わいわいと騒ぐサラリーマン達の間を縫ってなんとか駅に着くと、ちょうど名前と鉢合わせした。

「またこんな遅くまで何してたんですか?」
「友達と話してたらいつの間にか暗くなってて...」
「程々にしないとダメですよ」

改札を通り抜け、そこそこ混雑している電車に二人で乗り込んだ。
キョロキョロと上を見回して吊革を探す名前の手を掴み、鬼灯のすぐ側にあった吊革に掴まらせ、鬼灯は横に少しずれてから吊革が取り付けられているバーを掴んだ。

「ありがとう」
「どういたしまして」
「お兄ちゃんって本当優しいよね...元カノさんはなんで別れたのか全然分かんないや...」
「大人になると優しいだけじゃダメなんですよ」

まあここまで優しくするのは貴女だからですけどね、と鬼灯は心の隅で思った。

「そうなの?」
「大人になったら分かりますよ」
「もー子供扱いして〜」
「十分子供でしょう」
「じゃあさ、例えば優しい以外に何が必要なの?」
「...さぁ、人によるんじゃないでしょうか」
「元カノさんは何だったの?」
「知りませんよ。こっちが聞きたいです」

遠慮せずグリグリと傷を抉ってくる名前。
鬼灯はつまんないと言われた事を思い出して顔をムッとさせた。

「怒んないでよ〜」
「別に貴女に対しては怒ってないですよ」
「まあまあ、そんな時は美味しいもの食べいこ?ね?」
「美味しいもの?」
「ご飯食べにいこうよ〜!奢るから!」
「高校生に奢らせる社会人がどこにいるんですか」

はぁ、と鬼灯は小さく溜息をついた。
人によっては世間知らずとも取れるその発言も、鬼灯には穢れを知らない純粋な性格だとしか思えず、つくづく自分は名前に甘いのだなと思った。
女性全員がそう思っているわけではないだろうが、“男が奢って当然だ”という考えを持たない名前にならいくらでも奢ってやりたいとも思った。

「いいですよ。ただし親御さんには必ず連絡を入れなさい」
「おっけー!やったね!」

にこにことそう返事をし早速スマホを取り出す名前に、ああ素直で可愛いなと思った。

家の最寄駅に着き、二人は駅前にあるファミレスに入った。
二人席に通され、鬼灯が一冊しかないメニュー表を名前に渡せば、名前はまた「優しい〜」と言いながら可愛い笑顔を見せた。

「(そんな可愛い笑顔を見せてくれるんだったらいくらでも優しくしますけどね...)」

メニュー表とにらめっこする名前を見て鬼灯はそんな事を思った。
やがて「決まったー!」と声が掛かり名前が鬼灯にメニュー表を渡してきた。
鬼灯はいくつか注文する料理を決めて、店員を呼んで注文し、二人でドリンクを持ってきて一息ついた。

「相変わらず良く食べるねぇ〜。なんで太らないの?」
「代謝がいいんじゃないですか?」
「筋肉がたくさんあるってこと?」
「そうです」
「見たい!」
「何言ってるんですか。見せませんよ」

名前の無邪気な所は好きだが、時々何を言っているんだ、と思う事もある。
気のある男に言う台詞だろうそれは、と。

「(だから私みたいな勘違い男が出来上がるんですよ...)」

鬼灯は自分の単純さに鼻で笑うしかなかった。

「最近はどう?お酒飲みすぎてない?」
「飲んでませんよ。夜はすぐ寝ます」
「よかった。あ、じゃあ久々に飲んだら?今なら私の目があるし!ハイボールとかビールとか...」
「夜遅い時間に未成年と食事してるのに飲む訳ないでしょう」
「え〜気にしなくていいのに」
「貴女が気にしなくともこちらは気にするんです」
「しっかりしてるよねぇ流石お兄ちゃん。ところで好きな人はできた?」
「......貴女今日はよく喋りますねぇ...」
「最近お兄ちゃんとあんまり話せてなかったからね。で?できた?」
「貴女には関係ないでしょう」
「あ、いるんだ〜」

顔を背けて関係ないと言えば、ニヤニヤとしながら顔を覗き込んでくる名前。

「ね、どんな人?」
「だから関係ないと言ったでしょう」
「えーなんで教えてくれないの?いつも彼女できたらどんな人か教えてくれるじゃん!」
「まず付き合ってませんし......」
「年下?」
「......年下です」
「可愛い?」
「......可愛いですね、めちゃくちゃ」
「へぇーへぇー!なんかいいなぁ!私も恋したい!」
「したらいいじゃないですか」
「うーん...だっていいなと思える人がいないんだもん...」

それを聞いた鬼灯はホッとした。
自分に脈があるとは思っていないが、名前にそういう男がいないという事に何故かとても安心した。
生涯名前と結ばれる事など無いのに。

「私、お兄ちゃんみたいな人と付き合いたいなぁ」
「何を言い出すんですか突然...」
「優しいし、かっこいいし、背高いし...」
「見た目と優しさだけで選ぶと苦労しますよ」
「じゃあどこを見たらいいの?」
「年収だとか、ギャンブルしないだとか、他人に横暴な態度を取らないだとか、色々ですよ」
「お兄ちゃんはオールクリアじゃん?」
「......何故私の年収を知っているんですか」
「いや知らないけど...お金は持ってそうだなって」
「否定はしません。基本使わないので」
「でしょ?お兄ちゃんしかいないねもうこれは」
「.........」

こっちの気も知らないで。
そう思ったが、名前のふざけた冗談だと思う事で手を出してしまいそうな衝動を抑えた。

久々の名前との食事を堪能し、私が払うと言って聞かない名前を店から追い出して、鬼灯は代金を支払ってから外に出た。

「...ありがとう。ご馳走様です」
「どういたしまして」

鬼灯がそう返すと、二人並んで家がある方向へと歩き始めた。

「ごめん結局出させちゃって...」
「最初から出させる気なかったですよ」
「体で払う?」
「は......?」

ぴた、と鬼灯が固まって歩みを止めた。
名前はニコニコと笑みを浮かべながら鬼灯を覗き込んでいる。
鬼灯はそれを怪訝そうな顔で見つめた。

「大人をからかうんじゃありません」
「バレた?」
「そしてそういう事を男の前で言わない。絶対に私以外の男に言うんじゃありませんよ。男は単純なんですからそんな事を言われたら本気にして襲ってきます」
「でもお兄ちゃんはしない。そうでしょ?」
「そういう意識の甘さの事を言っているんです。貴女は男を知らなすぎる」

そのすぐ後に、いえ知らなくていいですけど、と鬼灯は小さく呟いた。

「友達だから、兄だから、ふざけて言っただけで本当にそんな事をされるとは思っていなかった、なんていうのは男には通じません」
「えぇ...?そうなの...?」
「私が手を出さない保証がどこにあるんですか?」
「.........」

ごくり、と名前の喉が動いた。
怖がっている、鬼灯はそう捉えた。
怖がらせてしまった事に罪悪感を感じつつも、それくらい男に対して恐怖心や警戒心を持っていてほしいという気持ちもあり、何とも言えない気持ちになった。

「...怖がらせてしまったのなら謝ります。でもそれくらいの気持ちでいてほしいんです。分かりましたね?」
「...はい、ごめんなさい...」

眉を下げて申し訳なさそうに謝る名前を見て、鬼灯はよしよしと優しく頭を撫でた。

「帰りましょう」
「ちょっとそこのお兄さん」

名前の頭から手を離そうとすると、若い男の声が聞こえた。
声のした方に視線を向けると、青い制服を着た警官が一人立っていた。
鬼灯は嫌な予感がしたが逃げたら余計に立場が悪くなりそうだと悟り、大人しく職務質問を受ける事にした。

「ちょっとお話を伺いたいんですが。お兄さん何歳?」
「24です」
「この子は?まだ高校生だよね?」
「そうですね」
「こんな時間に女子高生連れ回してこれから何するつもりなの?」

鬼灯は明らかに不審者扱いをしてくる警官に腹が立ったが、穏便に済ませる為にも感情を抑え、落ち着いて話す事を心がけた。

「何するも何もこれから帰るんですが」
「とりあえず免許証出してもらえます?」
「.........」

偉そうな態度に再度腹が立ちそれを拒否しようとしたが、これ以上疑われるのも良くないと思い素直に免許証を取り出して警官に渡した。
警官が免許証を確認しているのを黙って見つめていると、ずっと黙っていた名前が小さな声で「職質されてやんの〜」と言ってきたので鬼灯は軽くデコピンしておいた。

「いたっ...なにすんの」
「誰のせいだと思ってるんです」
「私のせい?」
「貴女を連れてなければこうはなってませんでしたよ」
「え〜お兄ちゃんが不審者に見えたからだよ」
「失礼な」
「はい、どうも」

そう言って警官が免許証を鬼灯に返した。

「この子との関係は?」
「家が隣同士なんです。帰りに偶然会ったので一緒に食事をしてこれから帰るだけです」
「なるほどね。君、この人が言ってる事は本当?」
「本当ですよ〜」

名前はここで「攫われたんです!」とか言ったら面白いかなと考えたが、鬼灯に本気で怒られそうなのでやめておいた。

「分かりました。止めちゃってすいませんでしたね。お気をつけて」
「はい、どうも」

警官は何ともなさそうだと判断すると背を向けて元の道を戻って行った。
そして二人も再び家に向かって歩き始めた。

「はぁ...心臓に悪い」
「やっぱり怪しいんだよ」
「どこがですか」
「目付きの悪さ?あとでかい」
「どちらも直しようがないんですけど」
「目付きは何とかなるでしょ。ずっと笑顔を浮かべておくとか」
「それはそれで不審な気もしますけど」
「......うん、ごめん。想像したら怪しかった」
「しょうもない事言ってないでさっさと帰りますよ」
「うん。あ、一緒に寝てもいい?」
「ダメって言っても朝潜り込んで来るんでしょうどうせ」
「えへへ。まぁね」

そんな話をしているうちに家の前についた。

「部屋で待ってますからさっさと寝る準備しなさい。もう遅いんですから」
「明日休みだし余裕でしょ。じゃあまたあとでね!」

手を振って家の中に入る名前を見送り、鬼灯も早く寝る準備をしようと自分の家に入った。



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