15


毎月末鬼灯が名前に会いに来る。
そんな月が毎月続き、名前の努力は実り、とうとう志望校への入学が確定したのだ。
想いは薄れるどころか日に日に大きくなってゆき、卒業式は泣くどころか上機嫌だった。

「普通卒業式って泣かない?」

ぐすぐすと鼻をすすりながら友達が上機嫌な名前に話しかけた。

「まあ色々あって卒業が嬉しいんだよ!」
「あぁ...例の“お兄ちゃん”?」
「うふふ。そ。」
「付き合えるといいね」
「うん。頑張る」
「違う大学だけどちゃんと連絡してよね!進捗教えてね!」
「わかったよ〜」

名前がるんるんと鼻歌を歌いながら自宅に帰れば、両親が卒業を盛大に祝ってくれた。
寝る前に好きな人に電話をすれば、その大好きな声で「おめでとう」と返ってきた。
こんな幸せな日はないと名前は今更涙ぐんだ。

「うぇ...っひっく...」
『何泣いてるんですか。何泣きですか?』
「幸せ泣き...」
『それは良かったですね。卒業祝いでもしましょうか、週末』
「え、ほんと!?やったぁ!」
『どこ行きたいですか?』
「じゃあお洒落な所連れてって?ファミレスしか行ったことないし」
『分かりました、探しておきます。でもお酒はダメですよ』
「わかってるよー!」

鬼灯は月末でないにも関わらず、卒業祝いという名目で会いに来てくれると言うのだ。
お洒落な所に連れてって、と自分から言った以上、いつも以上にお洒落をしなければならないと思い、名前はわざわざ大人っぽいワンピースを買いに行った。

「子供っぽく...ないかな...」

全身鏡の前でくるくる回りながら何度も姿を確認しつつ、ソワソワしながら到着の連絡を待った。
ピロン、と着信音が鳴り即座に画面を見ると、到着したとのメッセージが入っていた。
ガラ、と窓を開けると中にいる鬼灯と目が合い、名前はそのまま窓を渡ろうとした。

「こら、待て」
「?」
「そんな格好で窓渡ろうとするんじゃありません。汚れるしパンツ見えますよ」
「っ......」
「玄関から入って来なさい」

名前は女性として扱ってもらえた事に嬉しくなり、頬を赤らめながら「は、はい」と返事をして窓を閉めた。
ヒールを履いて外に出て、鬼灯の家のインターホンを鳴らすとガチャリと鬼灯が扉を開けた。

「どう?可愛い?」

変ではないか、不安な気持ちになりながら少しおちゃらけてそう言うと、鬼灯は黙ったまま名前の手を引いて中に引き入れた。

「おに、んっ...」

ガチャリ、と扉が閉まる音が聴こえてすぐに、唇に温かいものが触れた。
すぐにキスされていると理解すると、かああ、と頬が熱くなった。
やっと唇が離れたかと思うと、「可愛すぎて食べちゃいたいくらいです」と耳元で囁かれ、耳まで真っ赤に染め上げた。

「18時に予約してあるので、それまでゆっくりしましょうか」
「...う、うん...」
「耳まで真っ赤ですよ」
「うるさいっ!もー部屋いこ!」

名前は手で頬を冷やしながら、鬼灯と一緒に部屋へと上がった。
時間が来るまでだらだらし、時間が来ると一緒に外へ出て予約していた店へと向かった。
夜景の見える席へ通され、名前はわああ、と感嘆の声を上げた。

「デートみたい...!」
「そうですね」
「お酒飲まないの?」
「外ですし一応未成年といるので」

コースで予約したのか次々と運ばれてくるお洒落な料理にドキドキワクワクしながら、名前は美味しそうに頬張った。

「は〜美味しかった!」
「それは良かったです」

帰り道以前と同じようにコンビニに寄り、アイスや酒やお菓子等を買って外に出た。
鬼灯が持っている少し大きいコンビニ袋を見て、名前はすっと手を差し出した。

「持つよ?」
「いやいいです」
「だっていつも出してもらっちゃってるしせめて...」
「貴女はこっちです」

そう言って鬼灯は差し出されている名前の手を、指と指を絡めて握った。

「っ!?」
「途中までですよ」
「っ......う、うんっ...!」

きゅっと名前も遠慮がちに握り、二人は恋人繋ぎをしたまま家の方へと歩き始めた。
だが家に着く数メートル前で手を離されてしまい、名前は少し悲しくなった。

「何露骨に落ち込んでるんですか」
「だって...」
「アイス溶けますよ」
「あっ...待ってよー!」

鬼灯を追いかけて名前も家に入り、二人で鬼灯の部屋へと戻って来た。
プシュ、とビールの缶を開けて飲む鬼灯を見て名前は口を開いた。

「ねぇねぇ、大人のデートってこんな感じ?」
「どうでしょうね。大人だって遊園地行きますし人それぞれですよ」
「...そっか」

お兄ちゃんは付き合ってる人とどんな所行くのかな、とアイスを食べながら考えたが、自分がしたいデートばかりが浮かんでしまって全く想像がつかなかった。

「...ねぇ」
「はい」
「私、卒業したよ」
「そうですね。おめでとうございます」
「そうじゃなーい!!」
「なんですか...」
「私はお兄ちゃんに、私のこと女として見てほしい、妹じゃなくて」
「お兄ちゃんと呼んでいる矛盾」
「っ...ほ、鬼灯」
「.........」
「鬼灯、」

ふ、と鬼灯は名前から目を逸らした。

「ほ、」
「......人の気も知らないで」
「え......?」
「好きですはいそうですかじゃあ付き合いましょうなんてそうやすやすと進められる関係ではないんですよ」
「......なんで...?」

名前は眉を下げて不安そうに訊いた。

「こっちがどれだけ貴女を大切に想ってきたと思ってるんです?」
「......、え...?」

驚いて目を見開く名前を見据えたまま、鬼灯は続けた。

「最初は可愛い妹としてしか見てませんでしたよ、ええ。笑って下さい、言い寄ってくる貴女が可愛くて勘違いをしてしまったんですよ私は。高校生相手に」

鬼灯は自嘲するようにそう言った。
そう口にしてから、自分気持ち悪いな、ロリコンか、と再度心の中で自身を罵った。

「...もう高校生じゃない」
「だからそういう話じゃない」
「じゃあどういう話」

鬼灯は目元を手で覆って深い溜息をついた。

「大切な存在なんです。手を出していいのかどうか分からないんです...意気地無しと思ってもらって結構ですよ」

目を逸らしてそう言う鬼灯に、名前は何と言ったらいいのか分からなくなった。
部屋に沈黙が流れる。
だがしばらく沈黙が続いた後、名前は鬼灯の隣に行き、きゅっと鬼灯の手を握った。
そしてしっかりと鬼灯と目を合わせ、真剣な声で言った。

「それでもやっぱり、私はお兄ちゃんが好きだよ」
「.........」

鬼灯の後ろ首に遠慮がちに手を回し、黙り込んでいる鬼灯の唇に自身の唇を近付けた。

「(嫌がってない...よね?)」

一瞬止まってそう考えた後、拒否しない鬼灯を見て名前は唇と唇を重ね合わせた。
名前が唇を離すと、鬼灯はまだ躊躇ってるような顔をしていた。

「男という生き物は、貴女が思っている程綺麗な生き物ではないんです」

そう、鬼灯は引かれるのが怖いのだ。

「どういうこと?」
「欲望に忠実で隙あらば女性を食べようとします。以前の露出狂のような変態だっているんですよ」
「...お兄ちゃんも露出好きなの?」
「私にそういう趣味はありません」
「...でも、お兄ちゃんになら何されてもいいよ」
「何も知らないのにどうしてそう言えるんです?」
「...だって、好きだから」
「大人をナメたらいけませんよ」
「......っ」

名前はじわ、と目に涙を浮かべ始めた。

「...すみません、泣かせるつもりは...」
「じゃあ、私が他の男の人とそういうことして経験積んだらいい?」
「っ......それは...」
「私頑張って大人になるから...っ、お、おやすみ、」
「こら待ちなさい」

そのまま部屋を出て行こうとする名前を引き止め、後ろからぎゅう、と抱き締めた。
どくん、と名前の心臓が高鳴った。

「なによぉ...ばかぁ...ううぅ...」
「分かりましたよ。また来月来ますから、それまで時間をくれますか?」
「......、うん...」
「ゆっくり考えさせて下さい」

くるりと名前を振り返らせ、軽くキスをした。

「......すき」
「はいはい、今日はもう寝ましょうか」
「一緒に寝ていいの?」
「ダメと言っても聞かないくせに」
「よく分かってるじゃん」
「どれだけ貴女の事見てきたと思ってるんですか」

寝る支度を済ませ、二人は眠りについた。



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