12
「そういえばさー」
相変わらず毎日のように通話をしている二人。
そして毎日、夜から朝二人が起きるまで、寝ている間もずっと通話を繋げたままで過ごす。
そんなある日の夜。
「親御さん、海外勤務だったよね?家の掃除とかどうするの?」
「非常に面倒かつお金がかかるのですが、月に一回帰って掃除する予定です」
「え、交通費高いしめんどくさくない...?」
「そうですね。郵便物等の整理もありますが、正直ハウスキーパーに頼んだ方が割安です」
「じゃあなんで...?」
「...貴女に会いたいからって言ったらどうします?」
「っ...」
名前はそれを聞いてぶわわっと顔を赤く染めた。
そしてなんと言ったらいいか分からず黙り込んでしまった。
「もしもし?」
「う...えぇ...っと...、あ...っ」
名前は照れながら髪を触って言葉を探したが、上手く言葉が出てこない。
「露骨に照れてるじゃないですか。かわいい奴め」
「ば...ばか...すき...」
「はいはい」
「今月はいつ来るの...?」
「月末の土曜に行って、日曜の夕方には東京を出る予定です」
「じゃあお泊り?」
「そうですね」
「い、一緒に寝てもいい...?」
恐る恐るそう聞くと、電話越しにふっと小さく笑う声が聞こえてきた。
「(わ、笑った...!?)」
「今更それ聞きますか。あんなに一緒に寝た仲なのに」
「言い方っ...」
今月の楽しみができた、それまで学校と勉強頑張ろう、名前はそう思って月末までの毎日を過ごした。
そしてやって来た月末の土曜日。
着いたら連絡しますと言われまだかまだかとベッドでゴロゴロしながら待つ名前。
通知が来る度に飛び起きて画面を確認し、友達からのメッセージや公式アカウントからの通知だと言うことを知って落胆してまた寝る、といった事をずっと繰り返していた。
そうして昼過ぎに何度目かの通知が鳴った時、漸く待ち望んでいた相手から「着きました」とメッセージが届いた。
名前は飛び起きて窓に手を掛け、自宅の窓を開けて向かいの窓も開けて、するりと隣家の部屋へと降り立った。
「早」
部屋の主はスマホを片手に立ったままこちらを見てそう言った。
「待機してた」
「どんだけ私の事好きなんですか」
「いっぱい」
名前はそう言うと鬼灯に抱きついて頬擦りをした。
「会いたかったぁ...」
猫のように甘えて来る名前が愛おしくなった鬼灯は、低い位置にある名前の頭をポンポンと撫で、ぎゅっと抱きしめ返した。
名前はきゅうう、と心臓が縮む感覚を捉え、顔が次第に熱くなっていった。
「(好き、好き好き)」
大好きな人のぬくもりと匂いに包まれ名前は大変幸せな気持ちになった。
「掃除、手伝うよ」
「いいですよ、そんなに汚れてはいないでしょうし。勉強してたらどうですか」
「...じゃあ、お言葉に甘えて」
名前は勉強セットを鬼灯の部屋に持ち込み、鬼灯が掃除をしている間、部屋で黙々と勉強をしていた。
やがて掃除が終わった鬼灯が名前の隣に腰を下ろした。
名前の手元を覗くとどうやら過去問を解いているようだ。
「終わったの?」
「ええ。...分からないところがあれば指導しましょうか?」
「え、本当?じゃあここ教えて」
「......。ああ、これは...」
そう言って指を差しながら解説する鬼灯の近さに名前はたじろいだ。
鬼灯が真面目に教えてくれているようだが、名前の耳にはそれが入ってこないようで、顔を赤らめて照れているのを誤魔化そうと目を伏せた。
「...聞いてますか?」
「あっ...ごめん...もう一回...」
「ハァ...。きちんと全部解けたらご褒美あげますから」
「...!!がんばる!!」
名前はご褒美=キスしてもらえるかも、という安直な考えと期待を膨らませ、真剣に取り組んだ。
数十分経ち漸く過去問を解き終え、名前はんんーと伸びをした。
答え合わせをすると正答率は80%、といったところだった。
「100点目指さないとキツいですよ」
「うう...もっと勉強頑張るよ...」
よしよし、と応援の気持ちを込めて鬼灯は名前の頭を撫でた。
「あっねえご褒美は?」
「ああ、これどうぞ」
鬼灯がそう言ってローテーブルにペットボトルのジュースとお菓子を置くと、名前は不服そうな顔で鬼灯をじっと見た。
「なんですかその不満そうな顔は。いらないなら私が...」
「い、いる!いるけど!」
「けど?」
「...うぅぅ...分かってるくせに...私をからかって遊んで...!」
「人聞きの悪い。勝手にキスされる想像を膨らませたスケベな女子高生はどこの誰ですか」
「〜〜っ!!ばか!!もう知らない!!」
図星を突かれて恥ずかしくなった名前はプイッと顔を逸らしてペットボトルの蓋を開けた。
「私は外に夕飯食べに行きますけどどうしますか?」
「行くよ!!もう!!」
「何をそんなに怒ってるんですか。行くなら支度して親御さんに言ってきなさい」
鬼灯は拗ねる名前を見送ってから自身も支度をして外に出た。