10


翌朝。
名前が目を覚ますと既に鬼灯は起きていて、じっと名前を見つめながら頭を撫でていた。

「おはようございます」
「...ん...おはよ...」
「目、すごいですよ」
「......学校やすむ」
「いけません」
「お兄ちゃん見送りたいしこんな目じゃ無理だよ」
「......。私が行った後、目を冷やして昼からでもいいから行きなさい」
「......はい」
「朝食を作ってきます」

ちゅ、と名前の頬に口付け、鬼灯は一階に下りて行った。
名前はぼーっとしながら、口付けられた頬を手で触ってみた。
そして昨夜鬼灯とキスをした事を思い出し、かああ、と顔が熱くなった。

「(お兄ちゃんは...何を考えているんだろう...全然分からない)」
「(どうしてキスするのか聞いても「大人になれば分かる」って言うだけで答えてくれない)」

モヤモヤと一人で考えていると、一階から何かを焼いているような良い香りが漂ってきて、名前のお腹からきゅるる、と音が鳴った。

その後朝食を二人で食べ、名前が歯を磨きに行っているうちに鬼灯は服を着替え、ベッドで一緒にゴロゴロしながら引越し屋を待った。
やがてピンポーン、と軽快な音が家の中に鳴り響き、名前はびくりと体を震わせ、やってきて欲しくなかった瞬間を迎えて悲しい顔をした。
鬼灯はそんな名前をひと撫でしてから一階へと降りて行った。
一階が騒がしくなり、次々と荷物が運ばれて行く様子にズキズキと名前の心が痛んだ。
漸く全て運び出されると、じゃあお願いしますと鬼灯が言って引越し屋は去って行った。
鬼灯が二階の自室に戻ってくると、名前は布団を被って縮こまっていた。

「名前」
「.........」

鬼灯が腕時計を確認すると11時を回ったところだった。

「昼にはここを出ます」
「......ん」
「何かやりたい事はありますか?早めの昼食でも...」
「......ちゅーして」
「はい?」
「お昼はいいからちゅーして」
「.........」

鬼灯が布団を捲ると、名前は口をへの字にしながら少し目を潤ませてこちらを見ていた。

「いつの間にそんなおねだりの仕方を覚えたんですか」
「だって...」
「その前にやる事がありますよ。携帯を出しなさい」
「?」

名前が?マークを浮かべながらポケットからスマホを取り出すと、鬼灯がスマホを差し出してきた。
鬼灯のスマホを覗くとQRコードが映し出されている。

「連絡先、知らなかったでしょう」

そう言うと名前はぱああ、と顔を明るくさせた。

「分かりやすっ」
「だって...!も、もう...!好き!!」
「はいはい。スタンプか何か送っておいて下さい」

名前がQRを読み取ってぽちぽちと操作すると、鬼灯のスマホからピロンと音が鳴って可愛いスタンプが送られてきた。

「毎日鬼電しちゃうよ?」
「どうぞ」
「えっいいの?」
「私は構いませんよ」
「うう...好き...」
「貴女そればっかですね。...で、ちゅーしたいんでしたっけ?」
「っ......!」

名前は自分で言っておいて恥ずかしくなり、声には出さずこくりと頷いた。
鬼灯がベッドに乗り顔を近付けると、名前は下を向いて恥ずかしそうに身を引いた。

「自分で言っておいて照れてるじゃないですか」
「...あ、当たり前じゃん......」

鬼灯はそんな名前の頬を包んで優しく口付けた。
相変わらず強張っている名前の唇を解すように何度も口付け、時折吸う。

「、まっ...て...」
「?」
「ドキドキして死んじゃいそう...ちょっとタンマ...」

名前は鬼灯の胸を押してそう言った。
顔を赤らめてそう言う名前に鬼灯はグッと何かが込み上げる感覚がしたが、理性でなんとか抑え込んだ。

「(...JKにキスして何興奮しているんだ。変態か)」

くん、と服の裾が引っ張られ、名前がもう一回、と再びキスをせがんできた。

「(ダメだ、可愛い)」

相変わらず恥ずかしがる名前の後頭部に手を当て、唇を食んだ。
名前がもう少し早くに生まれていたら、自分がもう少し遅くに生まれていたら、などとどうにもできない事ばかり考え、早く名前が欲しい、と口付ければ口付けるほどその想いは強くなっていった。

結局時間が来るまで恋人のようにイチャつき、泣きじゃくる名前を置いて鬼灯は住み慣れたそこを後にした。


そして数日後。

名前がベッドでゴロゴロしていると突然スマホの着信音が鳴った。
画面を見ると鬼灯からだった。
名前はベッドから飛び起きて慌てたように通話ボタンを押し、スマホを耳に当てた。

「も、もしもし」
「ああ、起きていましたか。こんばんは」
「う、うん...」
「鬼電するとか言ってたから待っていたんですけど」
「え、あ...ごめん...引っ越したばっかで忙しいかなって...」

というのは半分建前で、本音はなんとなく電話をしづらかったのだ。
迷惑になってしまわないか、嫌がられないか、と。

「私がいなくなってちゃんと眠れてますか?」
「子供じゃないんだから大丈夫だよっ!」

名前は久々に聞いた鬼灯の声に嬉しくなり、夜遅い時間まで話し続けた。

「...名前?」
「...すぅ......すぅ......」

途中から声が途絶えた代わりに電話の向こう側から規則的な呼吸音が聞こえてきた。
そんな名前の寝息に鬼灯は可愛い、と思い、通話は切らずに自身も寝る準備をした。

翌朝、いつの間にか寝落ちていた名前が目を覚まし、今は何時なのかとスマホの画面を見ると、まだ通話の画面が映っていた事に驚いた。
通話の時間を見ると昨夜電話をしてから数時間が経っている。

「...も、もしもし...?」

名前は返答があるか分からないが一応声をかけてみた。

「はい、起きてますよ」

向こう側からはシュルシュルと服を着ているような音が聞こえる。

「お、おはよう...」
「おはようございます。やっと起きましたか」
「な、なんで切らなかったの...?」
「可愛くてつい。寝言言ってましたよ」
「えっ!?なんて!?」
「お兄ちゃん大好きって」
「......!!」
「まぁ嘘なんですけど」
「ちょっと!もう!」
「ところで貴女もう家出る時間じゃないですか?」
「えっ!?あっ...!ほんとだ!やだもう!ごめんね切るね!」
「はいはい。行ってらっしゃい」

ピロン、と音が鳴って長時間続いていた通話が切れた。

「さ、私も仕事頑張りますかね」

鬼灯は朝から気分が良い自分に心の中で笑い、準備をして社宅を出て行った。



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