「あ、おはよう」
「おはようございます」

名前はいつも通り、朝練の為に朝早くに家を出た。
いつも鬼灯よりも名前の方が早く、朝鉢合わせする事はないのだが、今日は何故か出るタイミングが一緒だったようだ。
名前は鬼灯の隣に並んで一緒に駅に向かって歩き始めた。

「あの、この前はありがとね」
「いいえ。元気は出ましたか?」
「うん、おかげさまで」
「なら良かったです」

鬼灯がポンポンと名前の頭を撫でると、名前は心臓がきゅっとするのを感じ、それを誤魔化すように話を続けた。

「きょ、今日は早いね」
「今日は出張なんですよ」
「そうなの?どこに?」
「大阪です」
「いつ帰ってくるの?」
「今日帰れれば帰ってきます。遅くなるでしょうけど」
「部屋行ってもいい?」
「起きていられるならどうぞ」

電車に乗ると、鬼灯は新幹線の通っている駅まで乗るようで、名前だけがいつもの駅で降りた。


授業中、名前はぼーっとしながら窓の外を眺めた。
先生が一生懸命何かを説明しているが、考え事をしている名前の耳には何も入ってこない。

「(...初めて男の人に抱きしめられた)」

名前は鬼灯に抱きしめられた時の感覚を思い出した。
いい匂いがして、暖かくて、自分よりも大きくて、そのうち顔が熱くなってきて、ずっとそのままでいてほしくて......

「.........」

再び顔が熱くなる感覚がした。

『人によって解釈は異なると思いますが、世間一般的には、その人を見ていると胸がドキドキするだとか、一日中その人の事を考えているとか、キスがしたいだとか、そういうのじゃないですかね』

「(お兄ちゃんの事を考えると、胸がどきどき、する...)」
「(最近はお兄ちゃんの事ばかり考えてる)」
「(キスが......したい...?)」

名前はそっと自分の唇を指で触った。

「(お兄ちゃんがもし、私にキスをしてきたら...)」

鬼灯にキスをされる想像をして、名前はぶわわと更に顔が熱くなるのを感じた。
カシャン、と持っていたシャーペンが床に落ちる音でハッと我に返った。
顔が赤いのを誤魔化すように、顔を髪の毛で隠しながら落としたシャーペンを拾った。

「(私、お兄ちゃんの事、好きなんだぁ...)」

そう自覚すると、とくん、とまた胸が甘く高鳴った。


そしてその夜。
名前は自身のベッドに入りながらこくりこくりとうたた寝をし、ハッと起きては窓の向こう側に明かりが点いていないか確認して、点いていないと分かると落胆してまたうたた寝する、といった事を繰り返していた。
時計を見るともう23時を回っている。

「(お兄ちゃん、遅いなぁ)」
「(お兄ちゃんの匂いが恋しい)」

ベッドから起き上がって、ちょっとだけ、と手を掛けた隣家の窓は簡単に開いてしまった。
そしてきっちり整えられている布団に潜れば、ふわりと香る好きな人の匂い。
その匂いに包まれて名前は心臓の鼓動が早まるのを感じ、昼間のように顔が熱くなった。

「(また、抱きしめてほしい)」

あんな事がしたい、こんな事がしたいなどと、色々な事を考えては更に顔を熱くし、最終的に思考がまとまらなくなった名前は寝る決心をした。


その後1時過ぎにやっと帰宅した鬼灯は、布団の山を見て少し驚いた。

「(いたのか...)」

規則正しく上下する布団を少し捲ると、相変わらず可愛らしい顔で眠る名前がそこにいた。

「(...可愛い)」

仕事疲れのせいか名前の存在が堪らなく愛おしくなり、その綺麗な髪を撫でてから、髪をかきあげて現れた額にちゅ、とキスを落とした。

「!!?」

その直後、ハッと我に返り思わず名前から身を引いた。

「(何を...)」

はぁぁと顔を手で覆って深い溜息をつき、きっと疲れているんだ、さっさと寝よう、と思い、寝る支度をしてベッドに入った。
こちらに背を向けて眠る名前を後ろから包み込むようにして優しく抱きしめ、いい香りのする髪に顔を埋めて目を閉じた。

「(変態か...)」

そんなことを考えながら、すぐに襲ってきた眠気に抗うことなく眠りについた。


「ん......」

翌朝、カーテンの隙間から差し込む光の眩しさで、名前は目を覚ました。
まだぼんやりとしている頭で、ああ背中が温かいなぁ、お兄ちゃんいつの間に帰ってきたんだ、と考えていると、自身の腹に回る男らしい腕に気が付いた。

「......え...?」

そしていつもよりも体が密着している感覚が背中越しに伝わってきた。

「え、え、」

抱き締められている、そう理解すると一気に顔が熱くなった。

「おっ......おおおおにっ...えっ......えぇっ......!?」

混乱しすぎて上手く言葉にならず、どうしたらいいのかも分からずとりあえず鬼灯の腕をぺしぺしと叩いてみた。

「んん......なんですかうるさい......」
「や、え、...だ、だって...」

鬼灯は寝起きのぼんやりとしている頭でああそういえば抱き締めながら寝たんだっけか、ということを思い出し、かといって特に起きることもせず、何か言われたら寝惚けていることにしてしまえと思いながら抱き締める腕に力を込めた。

「おおおおおにいちゃっ...!?」
「貴女が勝手に人の部屋に入って勝手に人の布団で寝てたんでしょう...」
「そうだけどそんなのいつも...」
「もう少し寝かせてください...」

鬼灯はベストポジションを探すかのように頭を動かし、名前の髪に顔を埋めて再び眠りについた。
名前のうなじに鬼灯の温かい寝息が当たり、名前はぞわぞわと背筋に何かが走る感覚がした。

その日以来、名前は鬼灯を強く意識するようになってしまった。



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