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「ぶはっ...!」
白澤は目を覚ました途端鼻と口に水が入り、苦しくなって水を吐き出した。
「ゲホッゲホッ...!」
死にものぐるいでバスタブ(おそらく)から這い出ると、真っ暗闇の中足に鎖が付いていることに気が付いた。
「なんだよこれっ...!おい!誰か!助けてくれ!」
室内に自分の声が響き渡り、床のタイルの感触からもここはバスルームのような所だと気が付いた。
だが自身の声が響くだけで他は何も聞こえない。
「誰かいないのか!?」
誰もいないという事に失望し、ハァ...と溜息をついて白澤は座り込んだ。
「僕は死んだのか...?」
「いえ」
いきなり聞こえた男の呟くような声にびくりと体を震わせた。
「誰だ!」
「叫んでも無駄ですよ」
「明かりをつけろよ!」
「そりゃ私もつけたいですけど...」
「どうなってる!ここは...?」
「私にも分かりません。...あぁ、スイッチがありました」
パチン、と音がした後少し遅れて室内の蛍光灯が光を放ち、白澤はその眩しさに慣れず思わず腕で顔を覆った。
やっと少し目が慣れてきた頃、先程の声の主が向かい側に立っているのが見えた。
「ウソだろ...どこだよここ...!くそが!助けてくれ!!」
白澤は監禁されているという事実を知り狼狽えた後、叫びながら鎖を取ろうと暴れ始めた。
「叫んでも誰にも聞こえません」
「何だよこれ!!」
「落ち着きなさい」
「...っお前、もしかして...」
「はい?」
「...名前ちゃんの...」
白澤は以前、友人である名前に写真を見せられた事があるのを思い出した。
二人で仲良さそうに肩を組んでピースをしている写真だ。
その写真の、名前の隣に写っていた男だ。
名前が自慢気に写真を見せてきたのを覚えている。
「はい?何で貴方が名前を...というか誰ですか貴方」
「名前なんかどうだっていいだろ!お前は!?これはどういうことだ!?」
「私は鬼灯。医者です。私も貴方と同じ状況ですよ。ここで目覚めました」
白澤は鬼灯が助けてくれそうな人間ではないと知ると、再び鎖を取ろうと躍起になった。
鬼灯はそれを座りながら静かに見つめた。
「何故ここに来たんです?どうやって?」
「知るかよ!」
「最後の記憶は?」
「何、も!部屋で眠ったらこんな所で目が覚めたんだッ!」
白澤は鎖がどう頑張っても外れないと分かると悔しそうに叩きつけて諦めた。
「...お前は?」
「話すほどの事は何も。病院から家に帰ろうとして、気付いたらここにいました。あとは覚えていません」
白澤はしばらく座り込んで項垂れていたが、ハッとした表情をすると、急に立ち上がった。
「傷跡はないか!?臓器売買のために腎臓を取られたかもしれない!」
「それはないですよ」
「何でわかる!?」
「腎臓を切除すると猛烈に苦しむか死んでますよ」
「はは。何?外科医かなんか?」
「そうです」
白澤はウロウロしながら何かを考え、鬼灯もまた座り込んだまま顎に手を添えてどうしたらいいか考えた。
「...名前を教えてくれませんか」
「...白澤だ」
「よし、白澤」
「呼び捨てかよ」
「考えるんです、なぜ連れてこられたのか。殺されても不思議ではないのにまだ生きています。私達をどうする気なのか、何が目的なのか...」
鬼灯はバスルームを見回していると、壁に丸い時計が掛かっている事に気が付いた。
傷1つない綺麗な時計だ。
時間は10時を少し過ぎたところを指していた。
「時計...まだ新品ですね」
「だから?」
白澤は苛立ったような声で白澤に尋ねた。
「私達に時間を教えたいんですよ」
「ドアは?開かないのか?」
そう言われた鬼灯は近くにある大きな鉄の扉を押してみるが、びくともしない。
「...ハァ。開きませんね」
白澤は何か持ってなかったか、と自身のポケットを漁り始めた。
するとポケットの中から丁寧にビニールに包まれた手紙が一通出てきた。
乱暴にビリビリと破くと、中から小さなカセットテープが出てきた。
「それは?」
「テープだ」
「どこにあったんですか」
「ポケットに」
そして鬼灯も同じようにポケットを漁ると確かに手紙が入っており、それを破くとカセットテープと小さな鍵が出てきた。
「!」
サイズ的に違うかもしれない、と思ったが念のため鎖の南京錠に挿してみた。
だが当然、南京錠は取れなかった。
「僕に投げろ」
後ろを振り向くと早く寄越せといったジェスチャーをしながら白澤がこちらを見ていた。
鬼灯は白澤に向かって鍵を投げ、白澤も同じように鎖の南京錠に鍵を挿してみたが、これもまた同じように開く事はなかった。
白澤は溜息をついて鍵をその辺に放った。
「...ダメですか」
鬼灯もハァ、と溜息をついて再び座り込んだ。