2
「パパ!たまにはみぬきのお迎え来てよ!」
夕方、みぬきがそろそろ家を出る時間だという時に、突然部屋に入ってきて何を言い出すのかと思えば。
来年からもう中学生になるというのにかわいい娘である。
「ごめんね、寂しかった?」
「一人で帰るのって結構心細いんだから!!今日お迎え来てくれなかったらみぬきパパのこと嫌いになっちゃうからね!!」
「!!」
そ、それはマズイ。
かわいい一人娘に嫌われたりなんてしたらボクは、ボクは…
「ごめん。ごめんよ…今日は絶対迎えに行くから」
「本当!?ありがとうパパ大好き!」
ちゅ、と頬に軽いキスをされる。
ボクも頬にキスを返す。
「いってらっしゃい、みぬき」
「いってきます、パパ!」
*
20時40分。
予定より早くに着いてしまったが、約束通りみぬきを迎えにビビルバーへやってきた。
矢張と飲みに来た日以来、何度か顔を出しては彼女と話すということを繰り返していた。
パパこんな時間からどこへ行くの、なんて問い詰められたこともある。本当の理由は話していないけれど。
極寒の中、身を固めて裏口で待機していると、前から見覚えのある女性が歩いてきた。
イヤホンをつけて音楽を聴いていた彼女は、残り数メートルというところでやっとボクに気付いたようだ。
「成歩堂さん」
「こんばんは」
「こんばんは。こんなところでどうしたんですか?」
「ちょっと人を待っていてね」
「そうですか。よろしければ中に入りますか?風邪をひいてしまいますよ」
「えっ。でも、いいのかなぁ。ボク従業員ってわけでもないし」
「関係者なら大丈夫だと思いますよ。あの、まさか、出待ちとかではないですよね…?」
「はっはっは。そんなんじゃないよ」
「ふふ。じゃあ、どうぞ」
ふわり、と風にのって彼女の香りが流れてきて、また胸が鳴る。
控えめな香水の香りと、彼女の甘い体臭が混じり合って良い香りがする。
ふと抱きしめたくなった。
ボクは薄々気付きはじめているこの気持ちにそっとフタをした。
*
「パパ!」
「みぬき!お疲れ様」
「今日も大ウケだったよ!みぬきのぼうしクン!」
「はっはっは。アレはすごいからねぇ」
何せあの男の子供だし、な。
みぬきのマジックは年々技術とファンを増し、この若さでもうプロだ。
血筋には叶わないな。
「みぬきね、紹介したい人がいるの」
「何だい?ボーイフレンドなら受け付けないよ」
「もー違うよ!ちょっと連れてくるから待ってて」
少し照れながらみぬきは扉の向こうへ消えて行った。
どうして照れてるんだいみぬき。
もし本当に男だったらーー
あら、みぬきちゃん。どうしたの
紹介したい人がいるの!ちょっと来てくれる?
うん。いいわよ。だぁれ?紹介したい人って
来てみればわかるよー
みぬきと女性の声が聞こえる。
聞き覚えのある声…まさかーー
「パパ!お待たせ!」
「えっ、パパ??」
予想通りだった。
「紹介します。わたしのパパです!
パパ、お友達の名前さんです!」
「「あ…」」
「え?二人とも知り合いなの?」
「まあ…知り合いっていうか…」
「あの、みぬきちゃんのお父さんだったんですね…」
「ま、まあ…」
「みぬきちゃんとはいつも仲良くさせていただいてます」
「そうなんだ、みぬきをいつもありがとうね」
「いえ…とんでもないです…」
「……」
「……」
どうしてこんな微妙な空気になるのだろうか。もしかして…とみぬきは考えるが、女性の声がそれを遮った。
「じゃ、じゃあわたし、そろそろ準備をしないといけないので…」
「あ、がんばってね名前さん!わたしもいつか名前さんのショー見てみたいなぁ」
「ありがとうみぬきちゃん。でも、みぬきちゃんにはまだちょっと早いかな?」
「いっつもそう言うんだからー!でも、いいもん!みぬきが大人になったら絶対見るんだから!」
「うふふ、みぬきちゃんが大人になるのを楽しみにしてるね。成歩堂さんも、またいつでも遊びにいらして下さいね」
「うん。また遊びに行くよ」
「それでは」
*
帰り道、みぬきは言った。
名前さん、どうして悲しんでたのかなぁ。
ボクはその些細な変化には気付けなかったが、みぬきにはそう見えたみたいだ。
さあ、どうしてだろうね、と答えておいた。
だってボクにもわからないのだから。