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舞い踊る彼女に引き込まれた日のことは、今でもよく憶えている。
その日は雪だった。
何度目かもわからない、女に振られた親友を励ますために待ち合わせた、バーでのことである。
励ますため、というよりは、無理矢理呼ばれたと表現した方が正しいだろうか。
そのバーは愛する我が娘の職場でもあった。
娘の勇姿を見届け、21時も半ばを回った頃だろうか。
薄暗い店内に一際目立つ明るいライトが、ステージを照らした。
一本のポールがステージから天井へと伸びている。
「おっ、くるぞ!ビビルバー名物・ポールダンス!」
「ポールダンス?そんなの初めて聞いたんだけど」
「オマエなぁ〜。仮にも娘の働いてる職場だろ?スゲェんだぜ!」
「だからビックリしてるんだよ」
ポールダンスを実際に見たことがあるわけではないが、テレビや雑誌などの影響でどうしてもいかがわしいものを想像してしまう。
娘はまだ12歳。
健全だと思っていたバーだが、保護者としてあまりそういった傾向のある店は、教育上よろしくないのではないか、と考え始める。
いやしかしここはみぬきが自分で選んだ職場でもありーーー
と、一人の世界に入り娘の今後について考え込んでいると、
どこかで耳にしたことのあるアップテンポな洋楽が流れ始めた。
リズムに合わせて綺麗な女性が出てきて、ポールと一体化する。
もう一人、別の女性が出てきて、ダンスは本格的に始まる。
率直に言おう。
格好良い。そして魅力的だ。
ボクの想像していたそれとは大きく異なっていた。
もちろん露出は普通より多いし、男性の性的感情をくすぐるという点では同じだ。
しかしこれはきっと、誰がどう見ても口を揃えて言うだろう。
素晴らしい、素敵だ、と。
彼女らは人を引き込む何かを持っていた。
きっと同じダンスを他のダンサーがやっても、ここまで魅せることはできないだろう。
それくらい、魅せられるものだった。
ダンスを終えた彼女らは一言も言葉を発することなく笑顔で礼をし、扉の向こうへと消えていった。
「な?な!?スゲェだろ!?カッコイイだろ!?」
「落ち着けよ。確かにかっこよかったけど」
「ヤバイよなァ〜もう最高!特に名前ちゃん!」
「名前ちゃん?」
「メインで踊ってた方だよ。あの子まだ23だぜ?若いっていいよなァ」
「なに、もう立ち直ったの?」
「振られて落ち込んでる時はいつもここに来てるぜ。なんたってかわいい名前ちゃんがオレを癒して…はァーオレやっぱり名前ちゃん狙おうかなァー…」
「あら、矢張さんまた振られたの?」
矢張が妄想を膨らませていると、ボクの後方から女性の声がした。
「あッッ!!名前ちゃん!いやー今日も最高だった!オレと付き合ってください!!」
「うふふ。残念ね、元カノさんへの未練がその程度なら、わたしも付き合ってもすぐ捨てられちゃうかもね?」
「い、いや!そんなことねェぞ!大事にするって!!」
「早くイイヒトを見つけることね」
「ちくしょー…また振られた…」
「こちらはお友達さんですか?」
ドキッとした。
ステージで舞い踊っていた彼女が自分に意識を向けると思っていなかったからだ。
芸能事務所の所長が聞いて呆れる。
「オウ。親友の成歩堂だ」
「成歩堂龍一です」
ボクは口角を上げて軽く頭を下げた。
「ご丁寧にどうも。苗字名前です、以後お見知りおきを」
彼女もまた笑みを浮かべながらボクに手を差し出してきた。
握手だ。
女性の手を握るなんていつぶりだろう、なんてことを考えながらボクはその手を握った。
女性らしい華奢な手を、男らしいボクの手が包む。
またドキリ、と胸が鳴った。
握手程度でこんなに緊張するなんてどうかしている。
名残惜しくも手を離すと、それじゃあ、と言って他の席へと行ってしまった。
常連への挨拶だろう。
矢張に呼び出されて良かった、と少しだけ思った。