後日談


後日。

彼氏にばれたと言ったが、ふざけるなと言われ辞めさせてもらえなかった事務所へ出勤したある日のこと。


「おはようございまーす」
「ああ…源氏名ちゃん…おはよう…」
「…?どうしたんですか?」


デスクの前に座って手を組んでいる店長が、顔面蒼白のまま挨拶してきた。


「源氏名ちゃん…キミ、クビね」
「えっ」
「もう来週から来なくていいから。むしろ今日ももう帰っていいから」
「えっ、わ、わたしは構わないですけど…。何かあったんですか?」
「……昨日ね、キミの彼って名乗る男が事務所に来たんだけど」


そもそも関係者しか知らないここの事務所を知ってる時点でおかしいなあと思ったんだよね。
そしたらなんて言ったと思う?
いきなり現れて一言こう言ったんだ。
「脱税してること密告されたくなかったら、ボクの彼女を今日付で辞めさせてね」
って。
冷や汗かいたよね。弁護士だとか言ってたし。
だからもうキミ来ないでいいよ。
キミの彼怖すぎ。

つらつらとそう話した店長は、大きな溜息をついた。


「はあ。いい仕事してくれてたのになぁ…」
「ふふ…ごめんなさい」
「笑い事じゃないよ。なんで法曹の人間なんかと付き合うかなぁ…」
「たまたまです」
「もういいよ。話すこともないし帰って」
「はい。お世話になりました」


店長に深く頭を下げて、わたしは5年間の風俗業に幕を閉じた。

お礼をしに行こう。
後日でもいいのだけれど、どうしても今日言いに行きたい。
借金も風俗も、嫌なことを全部振り払ってくれた成歩堂さんの元へ。
みぬきちゃんもいるかな。ケーキを買って行こうか。
そうだ、みぬきちゃん、もう小学校卒業したんだっけ。

美味しいと有名なケーキ屋さんで何切れか買った後、わたしはあの事務所へ向かった。





「成歩堂さん」
「!名前ちゃん?」
「こんばんは。いきなり来てすみません」
「どうしたの?」
「あの…お礼がしたくて…。これ、みぬきちゃんとどうぞ。卒業祝いも兼ねて」


先程買ってきたケーキの箱を、成歩堂さんに差し出した。
ありがとう、とお礼を言うと、成歩堂さんはソファーに座るよう勧めてきた。


「それであの…お店、のことなんですけど」
「うん…?ああ!」
「無事辞めさせてもらえました」
「そうかそうか。良かった。ボクも一安心だよ」
「店長に、キミの彼怖いって言われましたよ」
「はっはっは。まあ、ちょーっと脅したからね」
「でも、全額申告してたらどうするつもりだったんですか?」
「それね。危うかったよね。でも、全額申告してるようなマトモな所だったら、すんなり辞めさせてくれるんじゃない?」
「あ…たしかに」
「ああ、今お茶用意するね」


立ち上がった成歩堂さんを、待って、と引き止めて、わたしの隣に座らせた。
?マークを浮かべる成歩堂さんの頬を両手で包み、わたしから唇を軽く重ねた。
ぽかん、とする成歩堂さんを見つめながら、わたしは真剣な声で話し始めた。


「ありがとうございます、嫌なこと全部、わたしから取り除いてくれて」
「……」
「お仕事も、借金も、こんなわたしのために全部一人でどうにかしてくれて」
「いや…」
「成歩堂さんがいなかったらわたし…今どうなっていたかわかりません。本当にありがとうございました。成歩堂さんに出会えて本当に良かった…」


そこまで言ったところで、成歩堂さんはわたしを抱きしめてきた。
今度はわたしがぽかんとする番だった。


「成歩堂さん…?」
「いや…ごめんね、ちょっと嬉しくなっちゃって」
「あ…」


わたしの肩口が少し湿り気を帯びているのに気が付いて、そっと成歩堂さんを抱き返した。


「この歳になるとさ、もう、そういうこと言われるとさ…」
「……」
「ああ頑張ってよかった、って、今本当に思った。ボクのことそんな風に言ってくれる人がまだいるなんて、ね」
「…みんな、言わないだけで、絶対に同じこと思ってますよ」


ちらり、と入り口を見ると、マジシャンの格好をしたみぬきちゃんと目が合った。
きっと出勤するため「いってきます」を言いにきたのだろう。
しぃ、と唇に人差し指を添えるポーズをすると、察したみぬきちゃんはニコッと笑って頷き、そのまま扉を出て行った。

袖で目元を拭く気配がした後、そっと成歩堂さんは離れた。
目が合って、まだちょっと潤んでてかわいいなぁ、と思っていると唇を重ねられた。
目を閉じると、ゆっくり髪を割かれて、息継ぎのために少し口を開くとぬるりと熱い舌が差し込まれた。
夢中で絡め合ったあと、成歩堂さんは唇を離してわたしをソファーに組み敷いてこう言った。


「…ごめん、したくなってきた」
「なッ…!」
「最初は舌入れるつもりじゃなかったんだけどいれたらつい…」
「なっ、だ、だめです!」
「どうして。名前だってこのままじゃつらいでしょ?」
「み、見えちゃいますよ…窓…」
「ああ、じゃあ向こうの部屋行こうか」
「そ、そういう問題じゃ…きゃっ」


成歩堂さんはわたしを抱えて歩き出した。


「ちょっと!け、ケーキ!」
「あとでね」
「悪くなっちゃいます!」
「わかったわかった、冷蔵庫に入れとくよ」


ぼす、と布団の上に下ろされた。
ふわりと成歩堂さんの匂いがする。


「諦めなよ、ここはボクのテリトリーだよ」
「うう…すけべ…」
「ん?今なんて?」
「なんでもないです…」
「そのすけべが好きなすけべは誰かなぁ?」
「わ、ちょ…っ」


そのままわたし達はみぬきちゃんが帰ってくるギリギリまで交じり合った。
においが残らないかが心配だ。
それと、抱き合ってた説明もしなければ。
そのあとみんなでケーキを食べよう。



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