12


その日の晩。

ボクはスーツ姿のまま、みぬきを迎えに来た。
勝手に中に入るわけにはいかないので、再び裏口に立つ。
それに、ここに立っていれば出勤するはずの彼女に会えるかもしれない。
もうあの日のような震える寒さは残っていなかった。


20時40分。
彼女はあの日と同じように、イヤホンで音楽を聴きながら歩いてきた。
こちらに気付くと、驚いた表情で、イヤホンを外しながら近付いてきた。


「な…るほどう…さん?ですよね?」
「うん。お久しぶり」
「ど、どうしてそんな格好」
「ああ。今日ね、この前話した債務整理に行ってきたんだよ」
「!あの、どうでしたか…?」


ボクは口角を上げて言った。


「大成功、だよ」
「!!!!!」


彼女は口元を両手でおさえて、みるみるうちに涙を浮かべた。
そんな彼女が愛おしくなって、ボクは彼女を抱きしめた。


「きっとお金も返ってくるし、もう借金のためにあんなことする必要ないんだよ」
「〜〜ごめんなさ、スーツ汚れちゃうから離してっ…」
「はは。君こそ。あんまり泣くとお化粧とれちゃうよ?」


スーツが汚れることなんてどうでもいいボクは、彼女をさらに抱きしめてそっと髪を撫でた。
スーツなんて当分着ないんだし、またクリーニングに出せばいい。


「本当に、なんて言ったらいいか…」
「言葉はいらないよ。デートするって約束したでしょ?」
「ううっ…、ほんとに、ありがとうございます…!」
「うん」


しばらく泣いた後、彼女はそっと離れようとした。
ボクはそれを阻止して、彼女の頬に手を滑らせた。
察した彼女は顔を赤らめたが、抵抗もしなかった。
指で涙を拭ってあげてからそっと唇を重ねた。
2月のあの日以来だった。
彼女の唇は柔らかくて、ずっとキスしていたくなる。
名残惜しいが彼女も仕事なので、ボクは顔を離した。
すると彼女がボクのスーツを掴んでこう言った。


「もっと、してください」


一瞬聞き間違えたかと思ったが、頬を染めた彼女が切なそうにこちらを見上げているのを見て、ボクは我慢ならなくなってもう一度口付けた。
ちゅ、ちゅ、と音を立てて唇を合わせ、ついには舌まで絡め始めた。
これは自分へのご褒美だと思いたい。まだデートが残っているけど。
外であるということも忘れて、舌をやさしく吸い上げ、夢中で絡め合い、お互いにとろけてきたところで、ガチャリと裏口の扉が開く音がして、お互いにバッと離れた。


「あれ?パパと名前さん?」
「あ、ああみぬき、お疲れ様」
「みぬきちゃん、おはよ…う…って、も、もうそんな時間!?」
「あと5分で出勤の時間だけど、名前さんがなかなか来ないからちょっと開けてみたの…」
「じゃ、じゃあわたくしはこれで!!」


彼女は光の速さで店内へと消えて行った。
みぬきに疑いの目を向けられて、ボクは思い出したかのように背を向けて、口元のどちらのものかわからない唾液を拭った。
…前屈みというオプション付きで。


「…パパ」
「な、なんだいみぬき」
「なにしてたの」
「え、や、なにも。お話ししてただけだよ」
「名前さん泣いてたし顔赤かったけど…」
「みぬき、パパをいじめないでくれ…」
「じゃあ今日プリン買って帰ろうね!」
「ああ、いいよ…」
「やったー!みぬき、着替えてくるね!」


現金な子だ、そして気を抜くと恐ろしい子である。
後日名前ちゃんにも同じ質問がされるのだろう。

ボクは証拠を消し去るべく、もう一度口元を拭った。



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