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わたしのお父さん、どうしようもない人だったんです。
お母さんには毎日暴力をふるって。
わたしを毎日のように犯して。
ギャンブルで負けては、酒を飲んで罵倒を浴びせてきた。
耐えきれなくなったお母さんはわたしを残して家をでていった。
その日からお父さんは激しさを増して、働いてなくてお金が足りないから、わたしに売春をさせた。
それでもお金が足りなくて、お父さんはついに闇金にも手を出し始めた。
でもそんなのあたりまえに返せるわけがなくて、取り立てを怖がったお父さんは、わたしが高校を卒業するくらいにどこかへと消えてしまった。
それから一ヶ月たったくらいのある日のことだった。
闇金業者はお父さんからわたしへとターゲットを変えた。
オマエ、風俗で働けよ。
若いんだから稼げるだろ。
有無を言わせない彼らに、されるがままに風俗へ落とされた。
最初の頃はお客さんなんてついてないから、全然稼げなかった。
でも徐々に稼げるようになって、毎日毎日働いては返しの繰り返しをしていた。
そして、昨日の話だ。
毎月40万ってなんだよ。もう少し増やさないと風俗やめられないぞ。
そう言われた。
彼女はボロボロと涙を流しながらボクに話をしてくれた。
あまりにも見てるのが可哀想で、途中「無理に話さなくてもいい」と言ったが、彼女は首を横に振り、話を続けた。
「風俗やめたいのにっ…このペースじゃ、いつまでたっても、ひっく…」
彼女は涙声でそう訴えかけてきた。
「普通の女の子に戻りたいのに」
「もういや、ぜんぶいや」
「しにたい」
しにたい、その単語を聞いて、ボクは思わず彼女を抱きしめた。
悔しかった。彼女にそんな思いをさせて、何も知らなくて、苦しんでいた彼女を救ってあげられなかった自分に、とても腹が立った。
「キミは普通の女の子に決まってるだろ。死にたいなんて言っちゃいけないよ」
「わ、たし、ふつうなんかじゃ、」
「次ボクの前で死にたいなんて言ったら、許さないからね」
「っふぅ……う」
「そんな悲しいこと、言わないでくれよ…」
ボクはかつて近しい人を失ったことを思い出した。
死んだらもう何もできないのだから。
*
「落ち着いた?」
「ごめんなさい…」
「いいよ、もう。で、はい、これ」
「これは…?」
「ホワイトデーのお返しだよ」
「あ…まさか、これをくれるために…?」
そうだよ、と返すと、謝罪と感謝の言葉が返ってきた。
甘いもの好きなんです、と箱を開けてチョコを食べ始める彼女を見て、ホッとした。ボクも気が気じゃなかったんだろう。
「さて、落ち着いたところで大事な話をするけど」
「んぐっ」
「大丈夫?」
「あ、は、はい…(こ、告白かと思ったけど違うよね…)」
「債務整理をしよう」
「債務整理…?」
「うん。聞いたことはあるでしょ?」
「はい」
「簡単にいえば借金を減額したり帳消ししたりすることだね。まあ、債務整理以前に、相手は闇金だから返す必要もないんだけどね」
「え!そうなんですか?」
「うん。ごめんね、借金だって知ってたらもっと早くに…」
「い、いいえ、気にしないでください。言わなかったわたしが悪いんですから…」
「闇金っていうのは普通の消費者金融と違って、違法な金利で貸付していたり、そもそも消費者金融として登録しないで貸付してたりするから、法律的には無効になるし、返さなくてもいいものなんだよ」
「知りませんでした…」
「むしろ今まで渡してた分が返ってくるかもしれない」
「!!」
「そこでね。だからといっていきなり返さなくなったら彼らもエスカレートするだろうから、ボクが話をつけに行くよ」
「で、でもそんな…」
「大丈夫。債務整理は知識さえあれば、弁護士や司法書士の資格がなくてもできるんだよ」
「そこまで…迷惑かけられません…」
「…じゃあ、お礼といってはなんだけど、今度ボクとデートして。これでどう?相殺じゃない?」
「デート...!?そ、そんなものでいいんですか…?」
「ボクにとっては重要だよ。ビビルバーの人気者がボクとデートしてくれるんだからね」
「わたしは構いませんけど…」
よし!!と心の中でガッツポーズをした。
「じゃあ、決まりだね」
「すみません。よろしくお願いします」
「まかせて」
数年ぶりに、青いスーツをクリーニングに出そうと決めた。