目の前の男を見て、名前は何かの間違いだと思いたかった。


本格的な寒さが押し寄せる2月。
先日のあのホテル街での出来事から、一週間が過ぎた頃だろうか。
一般的にも閑散期と呼ばれるこの時期だが、わたしは関係なく忙しい。
むしろ、3年も在籍しておきながら暇だったのならばいささか自信を失くす。

本日最後のお客さんの元へと向かうと、先日揉めたあのホテルだった。
はあ、と溜息をつくと、白い息が空中に舞って消えた。
パン、と頬を叩き、仕事モードに切り替えて中に入る。
フロントにあらかじめ指定された部屋番号を伝え、エレベーターで5階へ上がった。
扉のすぐ横に設置されている呼び鈴を鳴らすと、中から足音がした後、ガチャリと扉が開いた。


成歩堂さんが立っていたのだ。


そして、冒頭に戻るのである。


仕事モードに入ったわたしは、そう簡単に心の内がばれるような顔をしたり、ましてや態度になんて絶対に出さない。
だが一つだけ例外というものがある。
過去に経験はないが、呼んでくれたお客さんが知り合いだった時である。


石のように固まった。
そして失礼とは思いながらも徐々に口元を歪めるのだった。
…もちろん悪い意味で。


「…とりあえず、入ったら?」
「え…いや…」


呼んでくれたお客さんが知り合いだった時の対処法など、そういった場面に出くわしたことのないわたしには全くわからない。

固まったまま考え込んでいると、グイ、と部屋の中へと引き込まれ、
真後ろでガチャン、と自動ロックがかかる音がした。
袋の鼠になった気分だ。


ヒールを脱ぎ、そのまま手を引かれて部屋の中のソファーへと座らされた。
柔らかくて座り心地の良いソファーだ。ここのホテルの良い所の一つである。


「わ、わたし、知り合いにはサービスしませんから…」
「ふぅん。今、ボクを知り合いだって認めたね?」
「!!あっ…」
「…どうして、こんなこと」
「あ、あなたには、関係ないです…」


彼にだけは知られたくなかった。
たとえ妻帯者で叶わない恋だとしても、軽蔑されたくなかったのだ。
こんなはしたない仕事をする女だと。


「もうほっといて下さい…帰ります」
「お金払ってるのにサービスしないで帰るの?キミはそれでもナンバー1なのかな」
「な…!」
「今ここにいるキミとボクは、知り合い以前に男と女だ。お金を対価に夢を売る仕事を選んだのはキミでしょ」
「………」


そう言われて、
ああそうだ、自分は今「名前」ではなく「源氏名」なのだ
と、薄れかけていた「源氏名であるという意識」が戻ってきた。

どうせ成歩堂さんも、そういう男なんだ。

そんな意識を振り捨てて、わたしは源氏名の顔に戻った。



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