髪留め(仁王雅治)

蝉も鳴き始めた初夏。

「暑い…」

教室は座っているだけでも汗がにじむ暑さだった。
仕方がないので下敷きを使ってパタパタと仰いでみるが、
自分の髪が揺れるだけであまり涼しくならなかった。

長い髪は夏場はやってられないなぁとため息をついて、左手首に触れた。

「…ん?」

髪を結ぶゴムをいつも左手首に着けているのだが、どうにも感触がない。
手首に視線を移せば、案の定ゴムは消えている。

(あれ?さっきまで手首にあったのに!)

辺りの床を見たが何処にも見あたらなかった。

(はぁ〜最悪…)

一気に何もする気が無くなり、机にダラーっと俯せて目を閉じると、
外から必死に鳴いている蝉の声が聞こえてきた。

「…暑い…」

「海」

「ひっ!?」

近くに誰も居ないと思っていたから、急に名前を呼ばれて心臓が飛び跳ねた。
驚きのあまり、勢いよく体を机から起こしてしまった。

「に、仁王か…びっくりしたぁ」

仁王も私の反応にびっくりしたのか驚いた表情をしていたが、
暫くしてフッと笑うと、

「ずいぶん元気じゃな」

と言いながら、手に持っていたゴムを人差し指でクルクルと回し始めた。

「ま、まぁね。元気だけが取り柄だから!」

恥ずかしさを隠すために精一杯の強がりを言った。

(…ん?)

ふと、仁王の指をクルクル回っているゴムに目が止まる。

(どこかで見覚えがあるような…)

「あーっ!それ私の!!」

指を差して叫ぶ私を見た仁王は、
やっと気づいたかとでもいうような目をしてニヤリと笑った。

「ほーう、お前さんのなのか?だけど、どこにも名前が書いてないぜよ」

完全に遊ばれてると理解した。
仁王の目はいつになくとても楽しそうだった。

「もーっ!返してよ!」

「こっちのほうがお前さんには似合うと思うんだが…」

そう言って、後ろで結っていた髪留めをほどき始めた。

「あ…」

仁王の髪を下ろしてる姿を初めて見た。
悔しいけど、その姿はつい見惚れてしまう程とても綺麗だった。

「何、見惚れてるんか?」

「別に見とれてた訳じゃないし!!」

仁王は反論する私を見て苦笑すると、私に後ろを向くよう指で合図をした。

「え?何で?」

「いいから向きんしゃい」

訳が分からなかったが、渋々と命令通りに後ろを向くと、
首に少しひんやりとしたものが当たった。

「っ!!ちょ、ちょ、何するの!?」

「ん?お前さんの髪を結んどる」

「いや、その…それはわかるんだけど…」

仁王の手が私の髪に触れる度に心臓が高鳴った。
恥ずかしくて目をつぶって俯いた。

「…お前さんの髪はいい匂いがするな」

「っ!?」

自分の顔がカッと熱くなった。
これ以上私の心臓を驚かせないで!!と心の中で叫びながら、
私は更に目をぎゅっとつぶって、手もぎゅっと握った。

「…ほら、出来たぜよ」

そう言ってポンポンと頭を撫でると、仁王は私に鏡を差し出してくれた。
鏡を覗けば、仁王がいつも使っている髪留めで私の髪が綺麗にまとまっていた。

「うわぁ!上手いね!!」

「いつもやっとるからの」

仁王は私のゴムで自分の髪を結いながら答えた。

「私もこれくらい上手く出来たら良いのになぁ」

「海の髪だったらいつでも俺がやってやるぜよ…」

「…え?」

驚いて顔を上げた時には、もう既に仁王はどこかへ行ってしまっていた。

「…ありがとう」

照れ笑いしている私が写っている鏡を見ながら、彼の髪留めにそっと触れた。



*END*

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