君と僕とエトセトラ
((こんなに好きなのに…っ!))
思えば、出掛けた事はあってもデートなんて初めてだった。
でも、蛍はいつも通り。
もしかして緊張してるの私だけなんだろうか。
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『いいな、これ』
『デザインかっこいいね!』
『どっちが良いと思う?』
『どっちも好きなら蛍の履き心地じゃない?』
『…うん、』
どきどきしてたのも少しの間で、ショップに着く頃には割と普通に会話出来た。
ずらりと並ぶ靴から、蛍はいくつか気に入ったのを履き試ししている。
ゆっくり決められる様に、私は少し離れてお店の中を見て回った。
あ、バレーボールだ。
バスケットボールやサッカーボールに並んで置いてあるバレーボールを一つ手に取る。
しゅるる、影山君がサーブとかの前に回すのを真似してみるけどあんな綺麗に回らないね。
苦笑いでボールを元の位置に戻すと、目の前に張り紙があった。
「ボールの空気無料でお入れします。」
私の部屋にも一つ、空気が抜けてしまったボールがある。
もう何年も、そのボールは触ってない。
部屋にぽつり、と存在しているそれは。
わたしの…―――、
『欲しいの?』
『ぇっ!?』
『…いや、ボール欲しいのかなって』
『えっ、あ…、そう言う訳じゃないから、大丈夫…デス…、』
『?』
なるべく悟られないように笑って誤魔化して、靴は決まったのかと問えばこれにすると見せられた。
かっこいいデザイン。
蛍はこう言うのが好みなのか。
『お金払ってくる』
『うん、入り口で待ってるね』
踵を返して蛍とは逆方向に歩き出す。
蛍が来るまでに、このもやもやした気持ちを押さえ込まないと。
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名前の様子が、可笑しい。
僕との"デート"を意識しているのも有るみたいだけど、多分厳密に言うと東峰さんが復帰した辺りから。
本人は明るく振る舞ってるつもりだろう。
けれど、物心付いた頃から伊達に名前ばかり見てないよ、僕は。
何を考えているのか…何となく分かるから少し腹が立つ。
名前が言わないなら僕も何も言わないつもりだった。
でもいい加減、僕を見て欲しい。
最近そう言う欲が…出てきた。
『はい、これ』
『?』
『今日はアリガト』
名前を家まで送って、お礼と一緒に袋を渡す。
中身を見た名前は、少し驚いて僕を見上げた。
なんで?
掠れた小さな声が聞こえて。
『欲しかったんじゃないの?ボール』
『え…あ…、』
少し困ったように、ありがとうと言った。
すごく、胸の奥がもやもやする。
『名前さぁ、要らないなら要らないって言いなよ』
『いらなく、ないもん…』
『…名前が欲しいのは、新しいのなんかじゃないもんね?』
『…け、い?』
名前が怯えた目をしてそれに僕を映した。
心臓が、冷たくなっていく感じがする。
玄関のドアを開けて中に無理やり入り、そのまま締めたドアに名前を縫い付ける。
逃げられないように、両手を顔の横に付けば名前は涙を浮かべた。
『けい…?』
『名前の彼氏は僕だよ、分かってる?』
『なに、言ってるの?分かってるよ…!』
何でそんなこと言うの?と、涙がポロリとこぼれる。
そしてそのまま、首に腕が回ってきてぎゅうっと抱きしめられた。
『名前…』
『こんなに好きなのに…っ!何でそんなこと言うのよばかぁっ!!』
『ご、ごめん…?』
『ばか蛍!ばかっ』
泣き出した名前を抱きしめる。
あーあ、結構楽しい一日だったのに。
と、台無しにした自分が言うのも変だけれど。
今ので少し冷えた心臓が熱を取り戻したようで…。
なんだか、少し軽くなった気がした。
『キスしていい…?』
『う…』
『嫌?』
『…嫌じゃないよ…』
恥ずかしいの、と俯く名前の頬に手を添えて目尻をなぞる。
涙で濡れた瞳を見つめると、真っ赤になりながらもそっと目を閉じた。
ちゅ、
唇と唇がくっついて、名前の身体が少し強張る。
僕はと言うと、初めて触れたそれに妙に興奮してしまって何度も角度を変えて名前を確かめた。
くち、開かないかな…そう思ったけれど名前は唇を閉じたまま。どうやら、この先はまだだめらしい。
『名前…』
『ん…』
『ごめんね…』
『ん…?』
『今度は、どこか遊びに行こう』
海とかさ。
二人だけで、恋人らしく。
そう言ったら名前は何度も頷いていた。
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ちとながくなっちまいました。
不安は残ったままですね。
ですがやっとちっすしましたよ!!←
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