5話





『いい加減にしなさい!』


足下に落ちた教科書を拾い、争う彼らに向かって。

『今日は数学!後、モノは粗末に扱わない!!』


筒状に丸めて頭を小突いた。
彼らが何か言いたそうだったけど、にっこり笑ったら口を閉じた。








帝国学園のシード達は雷門中との対戦後、謹慎と言う名の監禁を受けていた。
流石にあの鬼道総帥も退学にまではしなかったらしく、雷門の革命が終わるまで学園の寮の一角に閉じこめた様だ。

閉じこめた、と言っても酷いものじゃない。
寮内の決められたエリアなら自由に行き来出来るし、勿論寮内だからご飯も出る。

ただ、学校に行って学べないだけ。
ただ、フィールドに出てサッカーが出来ないだけ。

他の地区のシードの子達に比べたら、まだ幾分かマシな"対処"だった。



けれどやっぱり不安やストレスは溜まっていくもので、私が来た時一瞬空気が揺らいだ。
怒りや不安、警戒心、やり場の無い憤りが渦巻いている。
また、ストレスのピークを過ぎたのか縋りたそうな目でこちらを伺う子も居た。

何て声を掛けようか?とふと思って、色んな言葉が脳内を巡ったけれどやっぱり安心させるにはこれしか思い付かなくて。
おいで、と微笑み両手を広げると彼らは泣きそうになりながら寄ってきて。


『姉さん…っ、』


今までみたいにそう呼んでくれて、泣いては無いけれど…抱きつかれて胸が熱くなった。
やっぱり彼らもまだ中学生。
抱える不安の大きさに、心がズキリと痛む。


『久しぶりだね、』
『何で、姉さんが?』
『あなた達の事が心配だったのよ』
『俺ら、帝国で失敗して…』
『再教育されるんですか』
『ちょっと、落ち着いて』


詰め寄られて部屋の端まで来てしまった。
なんか皇児や春馬、背が凄く伸びてる上に身体の造りが凄くなってるんだけど。
帝国って凄いって聞いたけど、本当に凄いのね。どんな特訓したらこうなるのかしら。


『島での再教育はとりあえず無いから安心して。あなた達は"停学"になってるだけよ』
『…本当に?』
『本当に』


『姉さん、嘘は良くないな』


冷たい声がした。
声の主は皇児。隣で春馬が俯いている。

『嘘?』
『停学で済む筈が無いだろ…』
『俺たちは総帥のご機嫌を損ねたんだ』
『ご機嫌、って…』
『だから総帥は帝国を辞め雷門に…』
『そ、それは違うわ!』


やっぱり、変な解釈をしていた。
確かにこの子達を閉じ込めた後に雷門へ行ったから…理由を知らない者はそう思うだろう。
私だって詳しい内容は知らない。
けれど私は…鬼道有人がそんな人間じゃないって知ってる。


『すべてが終われば理由が分かる筈よ…』


それまで少しの辛抱だからね。と、笑いかければ少し安心したのか納得は行ってないようだけど頷いた。

さて、ところで諸君。
『勉強はしているかな?』

春馬以外がたじろいだ。






『数学』
『英語』
『数学』
『英語』
『どっちでも良いから、決めて』

さっきから皇児と久仁彦が言い合っている。
時間は少しあるからと私が教えてあげるよと言った矢先の出来事だ。
二人はにらみ合い数学英語と言い合っている。

『朔也は?』
『数学…』
『どれ?』

さっと出された問題集を覗く。
なんだ、ある程度出来てるじゃないと分からないと言う部分を説明すると、流石帝国に通うだけあって直ぐに理解したのかさらさらと解いてしまった。

『すごいじゃない朔也!正解!』
『ありがとう、姉さん!』

どうやら朔也にとってそこが止まっていた原因だったらしい。後は応用でさらりと進めていくのが見えた。

『ねぇ、数学始めちゃったから数学しよう、今日は』
『化学!』
『日本史!』
『…』

朔也が数学を進めると同時に、言い合いは違う教科にまで進んでいたようだ。
春馬が呆れたようにため息を吐いた。

『ちょっと、二人とも…』
『止めようか?』
『いい、私が止める』

春馬が教科書を閉じようとしたのでそれを制して席を立つ。
ちょっと、と二人に近寄った所で飛んできた教科書が頭に被さった。
瞬間、ぷちんと脳内の何かが切れた。

『いい加減に…しなさいっ!』
『『!!』』

パカン!パカァン!
何て良い音がするんだろうってくらいに乾いた音がした。
丸めた教科書を元に戻す。
二人は目を点にして私を見上げた。

『今日は数学。分かった?』
『は、い…』
『後、モノは粗末に扱わない』
『はい…』

二人が私と私が丸めた教科書を交互に見て何か言いたげだったけれど、私が何?と笑えばごめんなさいと謝って投げ散らかした教科書や文具を片付け始めた。
分かれば良いのよ分かれば、と席に戻れば春馬に、


『矛盾している』

と言われて苦笑いするしか無かった。



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帝国って一番分からん。

6/7

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