彼には内緒なのです。



『…あれ?名前さんは?』
『名前さんなら、お買い物に行ってくるって言ってたわよ?』
『なんだって!?』

秋の言葉に虎丸は目を見開き、この世の終わりと言わんばかりの顔をした。

『か弱い名前さんがみんなの分のご飯の量を持てるわけ無く、街中で「やぁ、君可愛いね!俺が荷物持ったげるよ…」なんて言い出した変な男にナンパされた挙げ句いつの間にやら人気のない物陰に連れ込まれ俺の女になれとか荷物を持ったことを恩に着せイイコトしようぜオネーサンと下品かつ下劣極まりない言葉を浴びせ、潤んだ瞳の名前さんに変な気を起こした男は無理矢理名前さんの悩ましい肢体を…!あぁぁあ!俺護衛してきま』
『待て待て待て待て!』
『買い物一つでそこまで想像出来るお前をむしろ尊敬するぜ!?』

今にも走り出さんとする虎丸を、綱海と二人で止めた。
虎丸は泣きながら、はなして下さい主将!なんて言うけど…。

『つか、アイツか弱くねーし大丈夫だろ』
『飛鷹一言多いって…!』
『うわぁぁんっ飛鷹さんが昨日から「名前は俺の嫁!」発言するーっっっ!』
『してねーし!』

虎丸は名前さんの事になるといつもこうだ。
俺は宥めるように、虎丸と目を合わせて。


『だ、大丈夫だって虎丸!名前さん、豪炎寺と一緒に出てったからさ!』


すると虎丸は泣きやんで、そして。


『貴重な休みに名前さんと2人っきりでお買い物デートだとぉおお!?豪炎寺さんのムッツリスケベー!!』
『ぶはっ』

俺の味方だって信じてたのに!
そう叫んだら不動と鬼道が吹き出した。
わ、笑い事じゃないって!!
誰か止めろよ!!








 × × × × × × ×



『あの、名前さん』
『なぁに?豪炎寺君』
『少しお話があるんですが…』
『うん?』
『ここじゃちょっと…』

言葉を濁すと、名前さんは優しく微笑んで。

『じゃぁ、お買い物手伝ってくれる?』

と、外出の提案をしてくれた。
こーゆー時、みんなが彼女を慕う理由が分かる。
俺だってその中の一人に違いない。


だがしかし、虎丸は違う。
幼い故の暴走か、それとも本気か勘違いか。
アイツはこの人に恋をしている。




『豪炎寺君?』
『あ、はい?』

買い物(と言っても荷物は少ない)を済ませて、名前さんがお店に入ろうか、とテラスを指さした。


『あ、俺財布…』

話の事しか考えてなかった俺は今、財布がないと気づいてそう言うと、彼女はぷっと笑った。

『だーいじょーぶ!響木監督からお小遣い貰ってきたから』

にっと笑ってウィンクして。
驚いた俺の手を取って、店内へと入った。





 × × × × × × × ×


『虎丸の、事なんですけど』
『うん?』

口火を切ると、名前さんはキョトンと首を傾げた。


『アイツの事、どう思ってます?』
『どう、って…』
『好き、ですか?』
『好きだよ?』

モチロン、とにっこり笑う彼女。
やはり彼女も大人だ。
狡い…。

『俺や、円堂と同じ類で?』

きっと彼女は。
その言葉の後に、豪炎寺君や円堂君みんなの事も好きだよ、なんて曖昧な言葉を並べるんだ。
そう思った俺は、先手を打つ。

彼女は驚いたみたいに目を見開いて、次にあははと困ったように笑った。

『適わないなぁ豪炎寺君には』

カラン、
飲み物の氷が鳴る。

『虎丸はアナタに恋してるんです』
『…そう、なの』
『気づいているんでしょう?』

訊ねると、名前さんは目を伏せた。

『年甲斐もなく、』
『え?』
『私も、虎丸が好きよ…』
『じゃぁ、』
『でも虎丸とは年が10歳も離れてる。まだ彼は小学生なのよ、』


彼、と呼んだ事に反応してしまった。
名前さんはいつも"あの子"って、言うから。

『日本から遠く離れたこの島で、寂しさから母親や姉を慕うように私に懐いているかもしれないでしょう?』
『…』
『子供の頃って純粋だから。自分の勘違いも素直に都合良く処理しちゃうのよ』

酷い話ね。
名前さんは笑った。
何がって名前さんが一番酷いと。
彼女自信が理解している。


『でも、私は虎丸の気持ちも大切にしたいの』
『…?』
『私の所為で臆病になって欲しくない。いつか、大人になったときに良い思い出になるように、』
『虎丸の、』
『え?』
『虎丸の気持ちがその程度だと…?』
『…』
『曖昧な言葉でかわせるほど、単純でも純粋でも無い』
『…適わないなぁ、ホント』

ふぅ、と彼女は息を吐いた。
分かっているんだ。
彼女は虎丸の気持ちも、何もかも気づいている。その上で、その対処は大人故の"体裁"か。


『豪炎寺君、虎丸の事好きなんだね』

弟みたいに可愛がってるもんね、と嬉しそうに笑う名前さんは。
母親のような姉のような顔をしていて。

あぁ、何も伝わらなかったのかと滅入った。









 × × × × × × × ×

『ただい…』
『名前さぁぁぁあんっ!!』
『ど、どうしたの虎丸!?』

帰ると一番に虎丸が飛んできて彼女に抱きついた。
俺はとりあえず荷物を下ろして、後から来た円堂達に何事か目で訴えるとみんな苦笑いで。

『か、身体は…!身体は純潔ですか!?』
『はぁ?』
『豪炎寺さんにイカガワシイ事とかされませんでしたか!?』
『…』

どーゆー話になっているのか。
名前さんと目を合わせて首を傾げる。


『俺っ!心配で心配で!』
『何のだよ』

半ば呆れて言うと、不動がぼそりと「ムッツリスケベ」と呟いた。
一体どう言う話になっているのか、さっぱり分からない。


『名前さぁん!』

猫なで声で彼女の胸に顔を埋める虎丸に、彼女は困ったように笑ってそして。

『はいはい』

と、頭をなでた。



『今度は俺とデートしてください』
『はいはい』
『約束ですよ!』
『…分かったって、』

どこ行きたい?
宥める声はいつもと変わらない。
けれど、そのときの彼女の表情が見たこと無い女性の顔だったのは。




虎丸には内緒だ。



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報われないと思いつつ、意外と上手く行ってる虎丸さん(笑)
たぶん練習に支障を来したから豪炎寺さんは動いたんですよ。そうに違いない。

虎丸さんが暴走しまくりでスミマセンorz





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