- ソ リ ス ト -






『名字さん、金賞取ったらしいよ』
『名字さんって、ピアノやってるあの子?』
『そうそう』

女の子達の声が耳に入った。
俺にはその人の記憶がまだ、鮮明に残っている。


『あの、すみません』
『何?』
『名字さんって、ヴァイオリンやって無いんですか?』
『ヴァイオリン?』
『聞いたこと無いわ』

話していた女子の先輩に訊ねてみたら、クスクス笑われて否定されてしまった。







『あ、』
『あ、どうも…』

デジャヴ。
頭を下げたら、柔らかい笑みでこんにちはと返された。
前にも有った同じようなシチュエーションなのに、彼女は俺を知らないから…あの時みたいな不信感や敵意は無い。
思わずあの、と声をかけてしまって次に何を話したら良いか考えていなくて。
思わず、

『金賞おめでとうございます』

と、口にしていた。


『ありがとう。君、一年生?』
『は、はい…』
『音楽してるの?』
『あ、えっと…俺はしてないです、けど…』

神童先輩が、と言うと彼女はああ、と納得したようだった。


『君、サッカー部なんだ』
『し、神童先輩を知ってますか?』
『知ってるよ、サッカー部のキャプテンしてたよね』

何故かその言葉に安堵して、そして違和感を覚えた。

『名字先輩は、神童先輩と仲良いんですか?』

恐る恐る訪ねると、名字先輩はキョトリとして次に優しくクスリと笑った。


『そんな質問、初めてされたわ』
『あはは…、ですよね、』
『神童君もピアノしてるらしいけど…私たちあまり話したこと無いの。ごめんなさい』

優しく笑う、その笑顔が。
俺がしたことがどんな事か…突きつけられた様で。


『名字先輩、は…ヴァイオリンはしてないんですか?』
『ヴァイオリン?』

俺があまりに的外れな事を言うからか、先輩は誰かと勘違いしてない?と苦笑い。

『私は昔からずっとピアノだけなの』
『え…』
『確か、二組の佐藤さんはヴァイオリンやってて…神童君とも仲良かったわよ』
『違っ、』
『え…』

違います。違うんです。
勢いで掴んだ彼女の手は凄く細くて驚いた。
予想通りのきれいな手に、ぽたり、と雫が落ちて。

『あの…?』

上から困った先輩の声がした。

『ご、め…さい…』
『え…?』
『ごめんなさい…っ』


これが"真実"だからこれで良いんだ。
何度も言い聞かせたけれど、改めて"何も知らない"二人を見たら…涙が止まらなくなった。

サッカーを始めた神童先輩はピアノは続けたけれどそれなりで、神童先輩と出会わなかった名字先輩はヴァイオリンには転向せずずっとピアノを続けてきたらしい。
たったそれだけの事なのに、こんなに未来が変わってしまうんだと実感した。

謝る俺を不思議に思ってるだろう名字先輩は、優しくぽんぽんと背中を撫でてくれて。


『ね、君…名前は?』
『ま、まつかぜ、てんまです…』
『天馬君ね、』

複雑そうな顔をして、先輩はハンカチで涙を拭いてくれた。

『何で天馬君が泣いてるのか分からないけど、あなたは何か悪いことしたの?』
『え…と、』
『私に泣きながら謝るような事?』
『それは、』


言葉に詰まる。なんて説明するつもりだ、俺。
「違う世界でアナタと神童先輩は恋人だったんです。」
それを伝えて、何になる?
分かってる。これは俺の勝手なエゴだ。


『…もし、ある二人が恋人同士で』
『え?』
『もし、それが偽りの世界で違う世界が本当で…でも本当の世界ではその二人は全く接点が無くて』
『天馬君?』
『もし、先輩がその偽りの世界を壊して本当の世界に戻して、それを見届ける役目だったら…先輩はその二人に伝えますか』
『…何を?』
『二人は恋人だったって…それは自分が壊したって』

なんて質問だ、馬鹿馬鹿しい。
俯いて我ながら馬鹿だなぁと思っていたら、先輩は少し考えた後苦笑いした。
そして一言。


『私、SF系の話はあまり好きじゃないの』


ごめんね。




やっぱり名字先輩は名字先輩だった。
そう思ったらやっぱり涙が滲んだ。




end


神童→天馬夢になってしまった(゜-゜)
頭悪い天馬ですみません。

天馬の例え(になってない例え)を聞いた上でのSF嫌いなの発言は、多分彼女の優しさなんだと思います。




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