さよなら 2

俺が先生と初めて会ったのは、実は高校生の時じゃない。
先生は覚えていないだろうけど、俺が小学生の時に通っていた塾に、先生は居た。
あの頃の先生は大学生のバイトとして塾講師をしていて、落ちこぼれだった俺にも凄く優しく勉強を教えてくれた。
先生の教え方は本当に分かりやすく頭に入ってきて、まるで魔法使いだと思っていた。
……だけど、ある時、突然別れがやってきた。学校の先生になるんだと、嬉しそうに笑っていた。

俺、めちゃくちゃ頑張ったんだ。落ちこぼれだった俺が、必死に勉強して、先生の居る高校に合格したんだ。
だからあの頃みたいに、褒めて欲しかった。
「よく頑張ったな」って、目がなくなるくらい微笑んで、頭を撫でて欲しかった。
……先生は、バイトで受け持っただけの生徒の事なんて、忘れてしまってたみたいだけど。

「先生、好きだよ…好き、好き……」
俺は、壊れた玩具みたいに何度も好きと繰り返した。
どこかのネジが、取れてしまったのかもしれない。涙が止めどなく溢れては教卓を濡らしていく。
「……麻疹のこと、知りたいんだっけ?」
ずっと黙っていた先生が、重い口を開けた。
「……っ…」
違う、と言いたかった。そんな事が知りたいわけじゃない。ただ、あなたの事が好きで好きで仕方ないだけなんだ。
「麻疹っていうのはね、とても強いウイルスなんだ」
話を逸らそうとしてるのか?そんなに、俺の想いは迷惑?
「とても強い上に、感染力も高い」
だから何だって言うんだよ。
「……迷惑なら、はっきり、言ってよ……」
そんな言葉で誤魔化さないでよ。
「先生の話は最後まで聞きなさい」
……誤魔化さないで欲しいのに、優しく諭されるように言われてしまったら。先生に逆らう事も出来ずに、俺は黙って耳を傾けた。

「本当に参ったよ。まさかこんなに、感染力が強いとは思ってもいなかった」
「せん、せい?」
「まさか、キミに移ってしまうなんてね」
キミに初めて会った時、まだキミは小学生だったよね。あんまり勉強が出来なくて、でも一生懸命に僕の説明に耳を傾けてくれた。
僕の教え方を褒めてくれて、いつも笑顔を向けてくれた。
キミに見付けてもらったんだ、先生になるという夢を。惰性で大学に通っていた俺に、色を与えてくれたのはキミなんだ。
「だけど、キミはまだ子供だったから、この気持ちは間違いなんだと思おうとした」
気の迷いだと、信じていた。まさか、キミがこの高校に入学してくるなんて。
僕がまた、キミに勉強を教える日がくるなんて。
「キミは生徒で僕は先生だ。だから、麻疹みたいなものだと思い込もうとした。キミへの想いを、消そうとしたんだ」
「なに、言って……?」
「麻疹は感染力が強いって忘れてたよ。ごめんね。キミにまで、この想いを移してしまった」
好きだよ、ずっと。何年も前から。
本当はキミに告白された時、凄く凄く嬉しかった。泣きそうな位、感動した。
それと同時に、怖くなった。キミへの気持ちを告げた途端に、キミが離れてしまう気がして。
だって僕は、お世辞にも格好良いとは言えない容姿だ。からかっているだけなんじゃないかって、とても怖くなったんだ。
「僕も好きだよ」
「……本当?先生、ほんとに……?」
「麻疹にかかったのは、僕が先なんだ」
キミと二人で、この麻疹を永遠に患い続けたいと願ってしまうほど。それほどに、キミだけを想ってるよ。

想いの詰まった教室は、明日には取り壊されてしまうけれど。
明日からも、この気持ちは消えないだろう。
消えるどころか、ますます強くなってしまっているのだから。



★あとがき★
麻疹って怖いよねっていう物語。



2010/1/30




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