海辺の街のお伽話@


ある休日の朝。新鮮な空気を吸おうと思い立ち、山辺直人(やまべ なおと)は適当に身仕度を整えると外に出た。
中学三年の直人は、もうすぐ受験。クラスメートも勉強に本腰を入れ始め、以前のように遊びに行く機会は目に見えて減った。
「ちょっと遠出してみようかな」
ほんの少しの散歩のつもりだった筈が、久々にしっかりと見る街の景色に誘われてしまって。鼻歌混じりに足を進め、家から少し離れた海岸近くまで来てしまった。

風が吹いている。潮の香りを含んだ心地の良い風は、直人の疲れた気分を払拭してくれるようだ。
気分良く海辺の街を散歩していると、広い公園に人だかりを見つけた。何の気なしに立ち寄ってみると、蚤の市のようだ。直人が見るとは無しに様々な商品の間を歩いていると、ふと一人の初老の男性に目が止まった。
皆が様々な物を並べている中、彼の前には何も無い。
「何も売っていないんですか?」
不思議に思い尋ねると、男性はにっこり笑いこう答えた。
「はい、私は売る物を持っとらんのですよ。その代わり…」
そこまで言うと一旦言葉を切り、ポケットから何かを取り出した。
「何も売らない代わりに、私に一番に声を掛けた人にコレを譲ろうと思っとったんです」
そう言って皺のある手を開いてみせた。掌の上には、小さな星の形をしたペンダントが乗っていた。
「これには、不思議な魔力が宿っておるんだよ」
「魔力、ですか?」
うさん臭いと感じながらも、直人はそのペンダントに興味が湧いた。それこそ、不思議な魔力によって惹きつけられているかのように。
「そう、魔力じゃ。人を魅了する魔力。これを持っているだけで、人から好かれるようになる」
「……人を、魅了する…」
男性は直人の手を取ると、その手にペンダントを握らせた。
「今からこれは、君の物だ。これが不要だと心から思った時には、捨てるなり人に譲るなり好きにしたらよかろう」

半ば無理矢理渡されたペンダントを暫く眺め、ふと顔を上げた時には彼の姿は既に無かった。
直人は男性の最後の言葉を思い出していた。
「使い方一つで、君を幸せにも不幸にもさせる事の出来る魔力だ。くれぐれも使い方を間違えるで無いぞ」



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