少年時代‐玉川編‐A

「……荒木?」
目の前を、荒木が歩いてくる。あの頃より温和な顔になっていたし、老けているけれど。それでも、間違えるわけがない。荒木……荒木だ……。
「……荒木ッ!」
衝動、というやつだろうか。俺は荒木に駆け寄ると、あいつの身体に思わず腕を回した。
「た……まが、わ」
戸惑う荒木の声に我に返る。俺は何をやっているんだ。いきなり抱き付いたりして、荒木が困惑しているじゃないか。
「悪い悪い、なんか懐かしくってさぁ」
あの頃のようにヘラヘラ笑って、何とか誤魔化してみる。変に警戒されないように、この再会を無駄にしないように。
昔のように荒木の隣りに立ち、世間話をした。離れていた間の荒木の事を知りたくて色々と話した気がするけれど、荒木がまだ結婚していないという事実が嬉しすぎて、他にどんな事を喋ったのか、ほとんど耳に入らなかった。
有頂天になりながら荒木と歩いていると、ふと小さなゲームセンターが目に止まった。
トクン、と胸が鳴る。荒木と映るプリクラ欲しさに、よく昔はゲームセンターに通ったっけ。そんな記憶が鮮やかに蘇ってきて。気付いたら、荒木の腕を引っ張りプリクラ機の前に立っていた。
「久し振りにプリクラ撮ろうぜ」
名案だとばかりに告げ、「この年齢でプリクラかよ」とか何とか言って呆れている荒木に気付かない振りをして、俺は機械を操作していった。
この機会を逃したら、次はいつこいつと会えるか分からない。もしかしたら、二度と再会出来ないかもしれないのだ。
だから、せめて再会の証拠を残しておきたい。荒木を好きだった俺の、十年間の想いにケリを付けるためにも……。
「ほら荒木、笑って!」
だからさ、せめてこのプリクラの中のお前には笑っていて欲しいんだ。ギクシャクしたまま卒業してしまった俺たちの関係に、馬鹿みたいにお前だけを想っていたこの気持ちに、終止符を打つためにも。
なのに、何でお前は笑ってくれない?そんなに俺とプリクラ撮るのが嫌なのか。
分かったよ、本当にこれで最後にするから……もう、お前と会わないようにするから……。だから最後に一度だけ、一つだけ俺の願望を叶えさせて……。
「荒木、こっち向いて」
グイッと荒木の身体を引き寄せキスをして、その直後にパシャリとシャッター音が小さく鳴った。


「懐かしいなぁ」
荒木との初キスを果たしたプリクラを眺め、俺は作業していた手を休めた。
大学を卒業してからずっと暮らしてきたアパートを、俺は今日、出て行く。
一人暮らしをしながら荒木との思い出に縋り、時には涙していたこの部屋とは今日でお別れ。
「何サボってんだよ、片付け終わったのか?」
「悪い悪い、あともう少し」
記念のプリクラを段ボールに入れ、ガランとした部屋に別れを告げた。
今日から俺は、もう少し大きなアパートで、荒木と二人で新しい思い出を作っていく。二人が味わった十年間の苦しい片思いは、もう終わったのだ。



★あとがき★
少年時代の玉川視点。再会してから一年後くらい、って感じをイメージして書きました。


2009/11/22



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